第3話

「コートが血で真っ赤になっちゃった。洗っても落ちなそうだな~。」


シェリルが着ている黒いコートに独特な臭いが染みつき、あまりの臭いに耐え切れず、その場で脱ぎ捨ててしまう。


「あーあ、また一着無くなっちゃった・・・さて、早く後始末をしよう。」


シェリルはシャツの袖をまくり、教会で見つけた灯油を手に、辺りに撒き散らしていく。


「こんなものか。」


手を払った後、シェリルは天井に吊るされた人々を見上げた。


「ごめんな。ちゃんと埋葬してやりたいんだがな。」


やりきれない思いを胸に教会から出ると、そこには立ち尽くしているアイザがいた。


「・・・シェリル。」

「アイザ・・・まだいたのかい。」

「その様子じゃ、あの化け物もやっつけたのね・・・。」

「ああ・・・。」

「ねぇ、シェリル。あなたはどうしてこの村に来たの?」


シェリルはポケットからタバコを取り出し、少しの間喫煙した後に話し出した。


「・・・数週間前。私の仕事仲間がこの街の禁止区域で目撃された変異体の調査に向かっていたんだ。」

「変異体?」

「教会の中にいた蜘蛛の姿をした女の様な奴らの事。変異体は人に限りなく近い外見をしているが、それは人間の中に溶け込むための偽の姿。本来の姿はこの世の者とは思えない化け物さ。おまけに人とは違う価値観を持っていて、分かり合うことは不可能に近い。そんな変異体を追って、私の仲間が調査に行ったんだけど、いくら待っても連絡に来ないもんだから、私が様子を見に来たんだ。目撃されたとされる場所には変異体の姿はなかったが、仲間のペンダントがあった。」


再びタバコを口に咥え、ゆっくりと吸い込んで大きく煙をはいた。


「それでアイザが教会に街の皆が集まると話していたのを思い出して、私は急いで向かった。教会に着くと、街の人々は奴の子供の母体にされていて、止められなかった。」

「でも、シェリルが来てくれたおかげで私は助かったよ?」

「そうだけど、私がもっと早く気づけば皆助けられたかも。」

「・・・ねぇ、天井に吊られている皆を下ろしてあげよう?時間はかかっちゃうかもしれないけど、あのままにしてるのも駄目だし、ちゃんと埋葬しないと。」


教会の中に入ろうとするアイザだったが、教会の中から灯油の臭いがする事を感じ、足を止めた。


「この臭いって・・・。」

「・・・変異体の痕跡は残しちゃいけない。だから、この教会にいた街の住人全員は火事で焼死したことにしなければならないんだ。」

「え?」


シェリルは持っていたライターに火をつけ、教会の中へ投げ込む。火は撒いていた油に引火し、教会の中が激しい炎で燃え上がる。


「あ。」


唖然とするアイザの手を引き、教会を背にアイザの村へ向かう。アイザは燃えていく教会を見ながら、黙ってシェリルに手を引かれていく。村へ着いても、黒い煙が空に向かっていくのだけが見えた。


「アイザ、君の家はどこだい?」


シェリルの声で我に返ったアイザは、自分の家へ指をさした。


「・・・ここ。ここが私の家・・・ねぇシェリル、今日は家に泊まっていってよ。」

「・・・アイザ、残念だけど私は・・・。」


断ろうとするシェリルの胸にアイザは顔を押し付け、涙声でもう一度懇願した。


「ねぇ・・・いいでしょ・・・今日は、今日だけは・・・一人にしないで。」

「・・・分かった。」

「ぐすっ・・・それじゃあ、家に入ろ?」


シェリルに涙を見せないように先に家の中に入った。泣いている所は見えなかったが、シェリルにはアイザが泣いている事が分かっていた。規則とはいえ、アイザの目の前で村の住人達を燃やした事に罪悪感を感じながら、家の中に入る。

二人は簡単に食事を済ませ、食後のコーヒーも会話する事なく飲み干した。


「・・・シェリル、疲れたんじゃない?私の部屋で休まない?」

「・・・そうだね、お言葉に甘えて休ませてもらうよ。」


アイザの部屋にシェリルが入ると、アイザはドアを閉じて、布団へシェリルを押し倒した。そのままシェリルの首を絞めるが、シェリルは抵抗する事はなく、自分の首を絞めながら涙を流しているアイザの頬に触れる。


「アイザ・・・ごめんね。」

「そんな言葉・・・そんな顔で言わないで・・・!」

「気が済むまで私を痛めつけても返せない程、私はアイザから奪ってしまった。本当にごめんね。」

「違う!シェリルは悪くない!悪く・・・ない・・・!」


アイザはシェリルの首を絞めていた手を離し、シェリルの体に抱きついた。


「けど・・・どうしても考えがよぎるの・・・もっと早くシェリルが行っていれば、みんな助かったかもしれないって・・・。」

「・・・そうだね。」


頭に優しく置かれたシェリルの手の温かさで、アイザの胸の奥に抑え込んでいた感情が溢れ出す。


「ああああああ!お母さん!お父さん!」


アイザは声を上げながら泣き出し、そんなアイザをシェリルは優しく抱きしめた。


「何で!何で私だけ!!何でみんな私を置いていくの!!!」

「・・・一人になるのは怖いよな。いつも起こしてくれた母親や、仕事に出向く父親の背中、そんなありふれた日常が突然消えてなくなる・・・せめて今は、私がアイザの傍に居てあげる。泣いて全部吐き出したら、きっとアイザは前に進めるから。」


泣き声を上げるアイザの背中をさすって体を抱きしめ続ける。眠るまでずっと。

しばらくして、泣き疲れて眠ってしまったアイザを自分の上から下ろし、その上に毛布を掛けた。


「・・・アイザ。」


眠りについたアイザの涙の跡を手でなぞり、アイザの手を握りながら、シェリルもアイザの傍で眠りについた。


次の日の早朝、アイザを起こさないように部屋から出ていき、キッチンのテーブルに手紙を置いて家から出ていく。

置いてきたアイザの事が気掛かりであったが、シェリルの仕事上、一般人を巻き込むわけにもいかず、ここにずっと居続ける事も出来ないため、こうしなければいけなかった。


「シェリル!」


名前を呼ばれ、後ろを振り向くと、そこには靴も履かずに慌てて家から出てきたアイザが、忘れてきてしまったシェリルの剣を持って立っていた。


「アイザ・・・はは、忘れ物・・・しちゃったな。」

「シェリル、帰っちゃうの・・・?」

「・・・ああ。アイザを私の仕事に巻き込むわけにはいかない。」

「・・・そっか。」


アイザは涙が出そうになったが、腕で目をこすり、シェリルが忘れていった剣を渡した。

シェリルが剣を受け取る時、間近で見たアイザの顔を見て、過去の自分がフラッシュバックする。


「・・・なぁアイザ!一緒に来ないか?」


連れて行くのは危険だと分かっていながら、過去の自分の姿や、自分を拾ってくれた男の過去を思い出し、咄嗟にそんな言葉を口にしていた。


「私の家はここから海を渡って東にあるロンドという街にあるんだ。そこで二人で暮らそう!」

「・・・シェリル。」

「一緒に、来ないか?」

「・・・私は。」


一瞬悩みかけたが、アイザには最早悩む事などなかった。


「私も、シェリルと一緒に居たい!もっとずっと!一緒に!」


すぐにアイザは家に戻り、荷造りを始めた。30分もしない内に準備が出来たアイザとシェリルは、共にロンドへと向かう。


「なぁ、アイザ。本当にいいんだね?自分で言っておきながらだけど、ここを離れてもいいのかい?」

「うん・・・それに。」


アイザが後ろを振り返ると、そこには亡くなったアイザの両親や街の人達が笑顔でアイザを見ていた。

手を伸ばそうとするが、彼らは幻のように消え、いつの間にか流れていた涙を拭い、シェリルに視線を戻す。


「ここはもう、空っぽだから。」


そう言いながらアイザは、悲しそうに微笑んだ。

                                           

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