第54話 何気ない一言が 背中を押す
程よく日差しを遮ったテラスで、ヴィバロッテは果物に彩られたアイスクリームを、夢中で口に運ぶ。
(宮廷料理長、良い仕事してます)
冷たい甘味と、果物の酸味がバランス良く、最高だ。
「ヴィ、それくらいにしておこうね? 淑女の名が泣くよ? 」
真向かいで囁くアレンの言葉に、慌てて夢見心地から舞い戻った。
「ぁ、ぁはは。ごめんなさい。とても美味しくて、 たはは」
ここがどこか思い出してあたふたするヴィバロッテに、となりの席で聖女も頷いた。
「ほんとに、美味しいです。初めて食べました」
小テーブルを挟んで苦笑するアレンのとなりで、アルカスも同じように苦笑して聖女を眺めている。
「ふたりとも楽しそうで、なによりだよ」
朗らかなアルカスに、悪意は感じられない。
「アレンと言ったか。わたしの婚約者は、繊細で、か弱い。心して接してくれよ」
「はい。わたしの婚約者は……繊細とは言えませんが、とても暖かい人柄です。特に、人を傷つける者を嫌います」
スッと目を細めたアルカスは、意味深長に笑顔を作る。
「そうか。覚えておこう」
互いに理解を深めているようにも、牽制しているようにも見えるのだが、聖女もヴィバロッテも美味しいお菓子の話で盛り上がり中だ。
冷たい菓子の後は、暖かいお茶が美味しい。ほっと息を吐いた聖女が、急に表情を消した。
「お代わりを、お持ちしましたわ。せいじょさま 」
取り皿に盛り上げ、半分溶けかけている菓子を、王女付きの専属侍女が運んでくる。
ヴィバロッテが見守る内に、侍女の持つ皿を見て聖女は青ざめた。
(大盛りなんて、普通に出すの? 下町の食堂じゃないのよって)
溶けかけのうえ常識外れの盛り付けは、悪意に満ち満ちている。
『平民の分際で厚かましい。聖女になったくらいで、尊きお方に囲まれるなど、思い上がりも甚だしい。そのうえ汚らわしい小娘と間柄を深めるなど、小賢しい! 思い知れっ 』
(ん? )
聞こえてきた副音声に、ヴィバロッテのこめかみが引きつった。
嫌な微笑みを浮かべた専属侍女の手から、スルリと菓子の皿が
「ご苦労様! ここはもう、結構よ」
とっさに立ち上がったヴィバロッテは、傾きかけた皿を両手で取り上げた。
掴んだ手のひらがクリーム塗れになるが、構っている暇はない。
「! それは、聖女さまへっ」
奪い返そうとして固まった侍女に、思い切り口元だけで笑ってやる。
「もう結構だと、わたくしは言いました。あなたは王女殿下の専属です。わたくしたちのお世話まで、して頂く必要はありません。ですから、結・構・で・す・わ」
ピリッとしたテラスの空気に、和やかな会話が静まる。
『生意気な小娘がっ! 』
歪みかけた侍女の顔は、瞬きひとつで無表情になった。
「さようでございますか」
軽く顎を引く礼を残して、何事もない様子で背中をむける。
「これだから、下々は」
捨て台詞なのか、足を止めるでもなく、テラスの扉の前で綺麗に腰を折った専属侍女のステラは、何事もなかったように退出した。
「ありがとうございます、
緊張が緩んで上目遣いの聖女に、ヴィバロッテの母性が高揚した。
「ヴィですわ。聖女さま」
皿を片したアレンにお手拭きを渡されて、ヴィバロッテは腰を下ろした。
「ヴィ。 わたしは、メアリです」
「ではメアリ、よろしくお願いしますわ」
さっきまで張り付いた微笑みだった聖女の顔に、満面の笑みが咲いた。
「はい。ぜひ、お友だちになってください」
「ぁ、えぇ喜んで」
王太子主宰のお茶会の席で、貴族とは違う気さくな間柄の友達が、ヴィバロッテにできた。
(良かったのかなぁ。おばあさまに要相談案件ね。聖教会か )
室内に移って始まった懇親会は、各家で行われるお茶会の話題に集中した。
ヴィバロッテも王立学堂へ入学するまでの準備期間、テューラやシーマ、ロウド男爵夫人に伴って、あちこちの貴族家へ訪れる事になる。
ワート公爵家を初めとして、同じ派閥の家には招待されるだろうが、
(ぅぅ。さっさと卒業して、田舎へ帰りたい)
聖女メアリのお悩み相談を受けながら、キリキリと痛み出した胃を、ヴィバロッテはそっと押さえる。
どうしてだか懐かれたようで、半ば愚痴に近い話しを聞いていた。
「やはり平民のわたしには、聖女の資格が無いような気がします」
自信の無さを指摘するのは、酷な気がした。
つい先頃まで市井に生きていた少女が、制約の多い貴族社会に躊躇う気持ちは、理解できる。
聖教会の上位を占めるのは、実家の爵位が後ろ盾にある貴族の子弟だから、ぽっと出の聖女は苦労する環境だ。
見習い修道女のように、右も左も分からない少女が、突然最高位の聖女になったのだ。
気を張って暮らすのは、厳しいと思う。
「聖女のお仕事がどんなものか、教えてくれる人は、いらっしゃるでしょう?」
大巫女か司教、司祭あたりが教育係ではないかと聞いてみる。
「皆さまは、教えてくださいます。国の安寧を祈る事が、聖女の使命だと。でも、教養も無いわたしには、漠然としか理解できなくて」
なんとなく、きな臭い。
国の安寧と言われても、何が安寧なのか、はっきりと教えてくれたのだろうか。
懇切丁寧に教える気は無いのかもしれないと、意地悪な思惑を感じた。
「難しいのですね。……それって使命じゃなくて、お仕事と捉えたらダメでしょうか? たとえば、領主は領地を豊かにするのが、お仕事だと思うのです。聖女様も、国民が豊かにって……それでは、宮廷の官吏みたいですね。実務で無いなら、精神的? 漠然と祈るのがお仕事でも、内容がはっきりしないと、やりにくいですわねぇ。いっその事『みんな元気になぁれ』とかでも良いのかしら。神様って、寛大な存在だと習いましたし」
いつの間にか、微妙に会話が脱線している。
母親の
ヴィバロッテの独り言を聞いた周りの皆は、笑いをこらえていた。まさか王太子のお茶会の席だという事も、すっかり頭から消えているのではなかろうか。。
「ヴィ、いい加減に帰ってきて」
耳元でアレンに囁かれ、周りの目に気づいた途端、ヴィバロッテは思い切り引きつって猫を被った。
「ぅ、たいへん失礼を致しました。みなさま、申し訳ございません」
「ヴィは、領地のお仕事がお好きなのですね」
王太子の婚約者アリッサ・ビルカは、好意的な雰囲気で場を繋いだ。
「はい。自分一人ではできない事が、皆で考えればできるようになったりします。できなくても、失敗しても、笑い合えるのが楽しいです」
「失敗しても、ですか? 」
メアリの問いに、ヴィバロッテは恥ずかしそうな仕草で頬を押さえた。
「はい。色んな事を考えて、皆に説明するのです。こんなものを作りたいとか、こんなものがあれば良いなとか。こういう物ができないかとか、皆に相談するのです。たくさん失敗しますけれど、失敗した中で、次の考えが出てきたりして。それが、とても楽しいのです。諦めずに続けると、楽しい事が待っていると思うので」
「何度も。 そうですか。それでも、諦めないのですね」
なにか思うところがあったのか、ほんの少し、聖女メアリの瞳に、光が灯った。
「わたしも諦めずに、朝夕の祈りを続けます。いろいろと祈る内容を変えて、神様が啓示を下さるよう、修練いたします」
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