第二章 二人の愛娘

 小高い丘と、それに沿うように並んだ家屋だったであろう廃墟や瓦礫、丘の上にも廃墟が立ち並んでいる。前に行ったエデンでも似たような光景が広がっていた。この町でも、植物はまるまる飲み込んでいた。浜辺に打ち上がった船にまで蔦は絡み合って、花を咲かせている。人間がいたという痕跡はほとんど無かった。


 マリアからの情報通り、オブジェクトの反応があった。一度上空へ上がり、そこで町を見渡してみた。小さな港町なので上空から町一帯を一望できる。二体、三体、……五体、六体。計六体のオブジェクトが町全体に巣食っていた。その中にコア・オブジェクトがいた。


 すぐに処理が終わる五体のオブジェクトから先に排除しよう。


 01は急降下しつつ、剣を鞘から引き抜いた。地面に着くとほぼ同時に地面を這う四足歩行のオブジェクトを斬った。ずさっと地面を滑り、目先にいるオブジェクトを視認した。その一キロメートル離れたオブジェクトに狙いを定め、低姿勢状態で飛んだ。加速した勢いを保ったまま素早く切り裂く。瓦礫の壁に一度両足をそろえて着地、すぐに踏み込んで次の路地にいるオブジェクト二体を連続で切り裂いた。勢いを地面に着くと同時に低速させて滑り、次の路地へ走って向かう。目先にオブジェクトを発見した。視認した直後に剣を構え、勢いよく突進して斬った。


 町の端から端まで飛んで攻撃を繰り返したせいで少し疲れてしまったのか、その場で膝に手をついて息を整えた。


 「はっ、はぁ、……。」


 はっとして顔をあげると、エデンの時対立したコア・オブジェクトより一回り大きいコア・オブジェクトがそこにいた。それは大昔地球上にいた哺乳類によく似ていた。先程見た際は四つん這いだったそれは、01を認識すると、二本足で立ちあがった。五メートルは優に超えるだろう巨体だ。威嚇を意味するのか、その巨体は咆哮した。地面は揺れて地割れが発生し、脆い建物は倒壊した。圧倒され、少しの間怯んでしまった。だが立ち上がってくれたおかげでコアの場所を把握できた。エデンで見たコアと同じものが同じ場所にあった。


 01はふぅ、と息を吐いて呼吸を整え、長方形の箱についているボタンを押して銃に変形させた。


 「BD01、これよりUMP45、作動します。」


 狙いを定めていると、コア・オブジェクトはまた四つん這いに戻り、物凄い速さでこちらに向かって走ってくる。巨体なせいか、単純に運動神経が良いのか分からないが、01が飛んで逃げたとしても追いつけるだろう早さだ。


 銃では倒せないかもしれない。そう思うや否やUMP45をまた箱の形に戻した。そして剣を鞘から引き抜いた。こちらに突進してくる哺乳類型オブジェクトを剣を構えて待った。


 すぐそこまで来た瞬間、エンジンを付け、地面から少し宙に浮くと加速させた。そして巨体の腹に滑って潜りこみ、巨体の心臓部分に当たるように剣を振り上げた。金属音を響かせながら、心臓部分のコアは壊れ、悲鳴を上げるコア・オブジェクトは霧散した。


 立ち上がろうとすると、こつん、と額に何かが落ちてきた。「メモリーカード・ミネラル」だ。



 「ありがとうございます、ナンバー01。これで参照できるようになります。」

 マリアは01から「メモリーカード・ミネラル」を受け取ると機械を作動させて作業を始めた。すると、すぐに結果が出たようで、「メモリーカード・ミネラル」を参照した機械は、液晶画面に中身を映し出した。マリアは01を手招く。「こちらへどうぞ。」


 「終わりましたか?」

 「はい。こちらがその内容になります。」


 マリアは液晶画面の横に立ち、01に画面を見るように促した。01は液晶画面に近づき、内容を確認した。



  *



 ——歴、——年。神は消えた。ここに住まう生命体は、自然の脅威にさらされた。世界は混沌とし、争いは絶えず、いつしか世界で一番優れた国は、一番優れた国の中で平和に生きようとし始め、新たなスーパーコンピューターを生み出し、「仮想世界」への移住を実現させた。生き残った人類は、仮想世界へ移住することが義務付けられていた。しかし、まだそこまで進んでいない国では、ほとんどの人間が天災や戦争で命を落としていた。それでもなお生き残っていた人類は、戦闘機や旅客機などによって先進国にうつされ、そこで仮想世界へ送り出された。


 そんな中、ある一人の科学者は頭を抱えていた。最愛の妻は先日戦争によって流行った病気で死んだ。そして、愛する二人の娘も同じ病気で苦しんでいた。姉妹はお互いを想い合い、いつも二人で手を握り締めて抱き合っていた。


 いつ死んでもおかしくはない状況、姉妹はいつも笑顔を絶やさなかった。科学者はついに狂気に落ちた。


 二人の娘を生かす方法を生み出そうとしたのだ。



  *



 「——1、ナンバー01。どうされましたか?」

 気がつくと、01の目から何かが垂れていた。液体。——涙?


 「いえ、すみません」

 01は液体を拭いながらマリアに向き直った。


 「内容はこの現状になるまでの成り立ちですね。」


 画面には動画が流れていた。それに合わせて字幕で説明が書いてある。この動画はいつ作成されたものかは定かではないが、人間が作成したとは考えられない。この世界に生き残っている生身の人間はもういないのだから。


 マリアは画面を一瞥すると、01を見つめた。

 「ねえ、これはマリアが作ったのですか?」


 「はい、作りました。しかし、ミネラルに保存した覚えはありません。」

 「……え?」


 メモリーカードを作成したのはマリア。けれど、そうすると、なぜミネラルの中にカードが? それに、コア・オブジェクトとの関係は?——


 「それもミッションのうちに入れましょう。今後は敵の殲滅、及びオブジェクト系の調査を開始します。よろしくお願いします、ナンバー01。」


 マリアはただのAIだ。01を科学者が、助手という名目でプログラミングした人工知能。それが脅威を振るうオブジェクトを作り出したとは到底思えない。ならば、自然的に創造されたものなのだろうか。


 ——思考し続けるのにも限界が来ていた。ほとんど機械の体であれ元は人間である01は少し頭を抱えた。


 「休憩なさいますか?」

 マリアは心配したのか、頭を抱える01に首を傾げて聞いた。


 「いえ、大丈夫。ありがとう、……ミッションの続きをします」

 「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」


 戸に手を掛けると、マリアは両掌の上にマガジンを乗せ、01に差し出した。


 「こちら、替えの弾丸でございます。必要に応じてお使いください。」

 「ありがとう」


 01はそれを受け取ると、また胸の間にねじ込んだ。

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