上空から次の町を目指す。地上から向かうには時間がかかるし、効率的とは言えない。早く「メモリーカード・ミネラル」の参照を可能にするには、一刻も早く目的地とするエルピアに向かう必要があった。地上戦は厄介だ。それに、同じ個所を往復するのは大昔の人間でもしなかったことだ。


 時速九十キロの速さで上空を飛ぶ。地上にいるであろうオブジェクトの破壊は、今回のミッションに含まれていないので無視をする。


 下を見ず、ひたすら正面を見ていると、海が見えてきた。陸地が海の浸食によって狭まっているので案外早く目的地に着くことが出来た。


 すると、前方、一キロ先を温度感知が反応した。目を細め、拡大して見て見ると、何やら巨大な船舶のようだった。船舶は、宙をゆっくりと動きながらどこかへ向かっている様子だ。足から更にガスを噴出させて加速する。すぐに船舶に追いついた。


 船舶は、黒く塗り潰された体をしていて、海を移動する船より遥かに大きかった。左右にオールが八つ、均一に並んでいて、それは勝手に動いているようだ。他にも、船尾には出入り口のような長方形の窪みが見える。船舶の中にある、更に小さな船や飛行機をしまう為の物だろう。ということは、この黒光りする船舶は、戦艦の可能性が高い。


 ぐるりと船舶の周りを見てみたが、人間の気配は一切しない。それもそのはず、この世界に生きていた人間はみな、「地下帝国」で機械に繋がれているのだからいるはずがなかった。生身の人間は地上では生きていけない。それほど汚染されている世界だ。それなら、AIが動かしているのだろうか。しかし、目的が分からない。オブジェクトの破壊を目的とするのは、01を含めた四人のはずだった。01と、助手のマリアと、科学者と——。


 そこまで考えると、ヘッドフォンからノイズが聞こえてきた。これは、違う。マリアの機械音声ではない。船舶から出ている周波数とこのヘッドフォンに届く周波数が一致したのだ。


 ヘッドフォンから、耳障りなノイズが混じり合いながら、緊迫した声色で誰かが必死に訴えている声が流れ込んできた。


 〈——オートマタ104号、オートマタ104号、聞こえますか? こちら管制塔、オートマタ104号、直ちに帰還してください。——応答願いします。——こちら——〉


 01は一瞬躊躇った。もう目的地は見えている。だが、この船舶の様子がとても気になっていた。少しくらい、寄り道しても許されるだろうか。01は宙に浮かんだまますくんだ。そして、ゆっくりと船舶の甲板に降り立った。



  *



 甲板から船内へ入った。扉は歪んでいて、簡単に蹴破ることが出来た。研究所で赤いランプが点灯していた時と同じように、船内は赤い光が照らしていてとても薄暗い。光はほとんど中に入ってきていないようだ。黒光りする船舶は船内までも黒く塗りつぶされていて、扉などは影になってほとんど見えない。天上からぶら下がる赤いランプだけが頼りだった。


 温度感知はほとんど機能しないほど辺りは何もなかった。ただ、時節放送がずっと流れ続けているのが気がかりだ。ヘッドフォンに流れ込んできた声が、船内で繰り返し流れ続けているのだ。


 船が可動している音、放送の声、じりじりというランプから漏れる音、それらがこの暗い船内に響き、不気味さをより一層強め、圧迫感を感じる。


 この船は一体何の目的で今もなお動いているのだろうか。そして、放送は誰が行っているのだろうか。人間はいないはずなので録音した声だろうか。船内を歩きながらそんなことを考える。考えても埒が明かない。マリアに聞いてみようにも連絡手段はない。どうしたものかと思ったが、操舵室……。ああいう場所なら何か手掛かりがあるかもしれない。


 船内はとても広い。だがその分部屋が多いので通路は狭い、早く移動しようにも走ったり飛んだりということは出来ない。先程外周を見たが、ブリッジのようなものが見当たらなかった。ということは、きっと外からは見えないようになっているに違いない。中から攻めるしかないだろう。


 ふぅ、と息を整える。01の目を通じて、きっとマリアは確認しているはずだ。いつもそうしていたから予想はつく。なにかあちらから連絡が来ればいいが。運に身を委ねるしかないだろう。こちらから連絡できる術がないのだから。


 01は真っ直ぐ道を進んだ。景色はずっと変わらない。……そう思った瞬間、がりがりという何かを削るような音が頭上から聞こえてきた。音はだんだん大きくなっている。


 ——落ちてくる。直感的に思い後退すると同時にそれは落ちてきた。オブジェクトだ。それも、普通より少し大きいサイズ。コア・オブジェクトではないようだが、厄介な敵が廊下を塞いでいる。


 けたたましい声をあげる敵を見張りながら、剣の柄に手を置く。じりじりとオブジェクトに近づくと、屈みながら勢いよく鞘から抜き、下方から鋭く刃を上へ振るった。オブジェクトに斬り込みが入ると、そこからメキメキと音を立てながらひび割れていき、そして霧散した。


 オブジェクトが落ちてきた場所は空に通じていた。

 01は勢いを失い、床に倒れ込んだ。


 「はぁ、はぁ、」


 床に頬を擦りつけながら無理やり体を起こす。先程感じなかったオブジェクトの気配、温度感知も反応が無かった。どうやってこの船に?


 その答えは放送の声によって解かれた。


 〈——オートマタ104号、港町・エルピアに不時着します。繰り返します、オートマタ104号、港町・エルピアに不時着します。——〉


 先程嫌というほど聞いた放送の声とはまた違った声だった。今度は機械音声だった。マリアの声とほぼ同じ、AIの声だ。


 放送の音とほぼ同時に、船舶は徐々に高度を下げ、不時着の準備を整えていた。だんだんスピードも落ちていき、しばらくすると可動音が静かになった。着いたのだろう。


 外の様子も気になったが、不時着したのならしばらく動くことは無いだろうと判断して、探索を続行した。


 どれくらい時間が経っただろうか。それらしい部屋は見当たらなかった。船内は一本道のようだったので、ひたすら均一に並んでいる扉を開けては閉めるを繰り返していた。そして最後の扉。最後の扉は、一本道の突き当りにあった。他の扉より大きく両開きになっていた。きっとここが操舵室だろう。そっとドアノブに手をかけ、ゆっくりと両開きの扉を開いた。


 ようやく操舵室に入ることが出来た。操舵室には巨大なモニターとガラス張りの壁が01を出迎えた。モニターには何も映っていないが、ガラス張りの壁は窓の役目をしていて、操舵室だけ異様に明るい。操舵室の窓はマジックミラーを使用しているようだった。だから外側から見たときに気が付かなかったんだ。


 操舵室の中は至ってシンプルだった。争った形跡はないし、全て片付いている様子できれいだ。先程からずっと聞こえていた可動音はここから鳴っていたのだろう、ランプも消え、電気系統はすべて断絶された状態だった。不時着した際に断絶されたのだろうか。何にせよ、この船の目的が分かったことが幸いだった。


 この船、オートマタ104号は遠くの街にある飛行場から飛んできた戦闘機で、今はほとんど戦場等で訓練用としてたまに使用されているらしい。だが、世界中の汚染が続き、汚染洗浄を試みたがうまくいかず、結局生身の人間を「地下帝国」へ送り届けることに徹底するようになったらしい。そして現在、なぜ動いているか。それはそういう風に“組み込まれているせい”らしかった。なんでも、全人類が地下帝国へいっぺんに移動することはまず不可能で、移動に使用されたこの船舶でさえ長い時間をかけて移動を繰り返していた。その影響で、機械に人助けをする機能を搭載していたせいで人間がいなくなってもなお勝手に動いて、近辺の街、又は世界中を飛び回っていた。


 それが真実。操舵席に、しっかりとそういった旨を記載した書類がファイルに保管されていた。今では貴重な紙媒体だ、しっかり保管しておこうという計らいだろうか、しわが出来ないように整頓された棚に保管されてあった。


 なんだか拍子抜けだった。戦闘機が街の上空を移動しているのだ、何か、自分が知らない何かが起こっているのかと思ったがそういう訳では無かった。


 01は操舵室にある非常口から外へ出た。船内が暗かったせいで外はとても明るく感じた。目が慣れてから辺りを見回す。空は曇りがかっていた。もうじき雨が降るだろう。船が不時着した場所は、漁港だった。エルピアの漁港には大量の大破した船が波に打ち付けられていた。海の向こう側にも、街の明るさと同じくらいの明るさを保った船が大量に浮かんでいる。


 オートマタ104号の上に飛んで登ってから船着き場へ飛んで移動した。船着き場の近くに浜辺がある。浜辺にはたくさんの骨が打ち上げられていた。大きなものから小さいものまで、近年絶滅したであろう哺乳類や魚類の骨がそこにはあった。生物の情報はほとんど記録されていないので01は見たところで何も分からなかったが、現在生息する魚類や、深海に属しているはずの魚類。魚類を捕食する哺乳類が魚類を捕食して毒を体内に取り込んでしまい、倒れ、そのまま他の生物に喰われて結果的にほとんどの生物が死に絶えてしまったような現状だった。


 船着き場から町を一望した。見える範囲でも、やはり情報通り、ほとんどが瓦礫だった。

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