レゾンデートル

oyama

第一章 コア・オブジェクト

 木々の間を縫いながら走る。そこは荒れた土地で、木の根が突き出ていたりしているので走りづらい。時節、飛躍してそれを避けながらただひたすらに走る。標的ターゲットを認識したのち、それを排除すべく地面を蹴った。靴にはエンジンが搭載されているため、地面を蹴った後、脳から伝令して靴から炎が噴き出す。それは煙を吐きながら徐々に加速していった。時速九十キロにも達する勢いで加速すると、標的は眼前に迫ってきた。好機チャンスだ、と思うと同時に腰に差していたでできた剣を鞘から抜き、一振りした。標的は奇妙で耳障りな声を発しながら霧散した。


 ふぅ、と息を吐く。感知できる範囲に他の生体反応は無く、今のところ標的となる物体はいなくなったようだ。それを確認したとほぼ同時に、ヘッドフォンからノイズが聞こえ、そのノイズが晴れると機械音が流れる。


 〈ミッションクリア。次の街に移動してください。次の街は、『旧都・エデン』。引き続き、標的ターゲットを殲滅してください。〉


 機械音は要件を淡々と伝えるとぶつり、と音を立てて切れた。


 国の境目は、今はもうなくなっているが、国の中央に位置し、一番栄えていた都市だ。エデンという名も、楽園のような美しい自然と共存していくという思いと、「エデン」という人間がいて、その人間から取った名前らしい。遠の昔に栄えていた都市は、長い年月の果てに荒れていた。全ては自然災害と、核爆弾と、血で血を洗う惨たらしい戦争のせいだ。きっと、栄えていた頃は美しかったであろう都は、ぼろぼろに崩れ、人間がいた痕跡さえ自然の脅威にさらされていた。建物を突き破って出てきた木々、コンクリートを割って生える雑草。街路樹に蔦を巻く花。エデンは、人間の楽園から植物の楽園に様変わりしていた。


 楽園の中を歩いていると、ヘッドフォンの猫の耳に似た部分に反応があった。遠くから音が聞こえる印だ。目を閉じて、意識をそちらに集中させる。植物を踏みつける音、浮遊する機械音、バリバリという軽快で不快な音が聞こえる。次に目を開けて、きょろきょろと辺りを見回してみる。感知できる範囲はせいぜい五キロメートル程。その範囲内に、生体反応があった。今の自分の位置から東、いや、北東の方角。


 また地面を蹴って、靴から炎が吹き出す。勢いよく噴出されるそれは体を宙に浮かすには十分な威力があった。先程感知した方角を見ると、少し地面から浮いた浮遊物体、植物に浸食された建物の周囲を這って彷徨う物体、そしてその二つの物体より明らかに違う体格をした巨大な物体が、瓦礫や、他の二つの物体と類似した物体を、軽快な音を立てながら食べていた。あれらに仲間意識はないのだろう。自らを成長させるためなら何でも食べてしまうのかもしれない。それならば、近づくのは少し難しい。


 しかし、所詮は機械だ。自我がある機械だとしても、自我が無いにしても、所詮は同じ物質で、同じはず。この剣、あるいは銃でどうにかするしかない。

 BD01はそのまま標的ターゲットに直行した。巨大な物体の周りにいる二つの小さな物体は、上から剣を振り下ろすと簡単に霧散した。


 ずさっ、と地面を滑って手をつき、着地した衝撃を緩和する。巨大な物体は01に気付いた。ゆっくりとこちらに体を向けるそれは、空に向かって咆哮した。けたたましい音が周囲一帯に響き、劣化しているコンクリートに亀裂が入り、また建物にもひびが入ったり、地盤が緩くなっている位置にある建物は地面が沈降すると同時に倒壊した。耳が聞こえないのが幸いだった。直接的に咆哮を聞けば、きっと鼓膜は簡単に壊れるだろう。


 咆哮した物体は、01に向かって瓦礫を投げ飛ばしてきた。人型に対して瓦礫の大きさは、ほぼ隕石に近い感覚だった。巨大な隕石が直接向かってくる。壊れる、と直感的に判断すると勢いよく左側へ避けた。巨大な瓦礫はコンクリートに打ち付けられて四方八方に飛散した。瓦礫が当たったコンクリートは陥没していた。あれに当たればひとたまりもないだろう。避けきることが出来たのは生身の人間じゃなかったのが幸いした。


 ふと、巨大な物体の心臓部分が太陽光で反射して輝いているのが見えた。すかさず、01は背負っていた長方形の箱についているボタンを押した。箱はたちまちその姿が、銃に変形した。


 「BD01、これよりUMP45、作動します。」


 銃の準備を整えるとそう宣言して構えた。狙いは、物体の心臓部分、「心臓コア」と思われる場所。コアは分かりやすく、心臓部分に突起があった。太陽光によって虹色に輝き、まるで宝石のように見えるのが特徴だ。その鉱物を打ち砕くのは他の物体では剣でも壊せるほど脆いが、こういった巨大な物体の持つコアは剣では壊せない。何より、接近すればこちらが壊される可能性がある。なので、安全を考えた上で、効果的であり、効率がいい銃を使う。銃ならば位置を考え、遠隔射撃でコアを破壊することは可能だろう。剣同様、ステライトで出来た銃弾を使用するので簡単に破壊することができるだろう。


 時はゆっくりと動いているように感じた。

 巨大な物体はこちらに近づこうとしている。正面を向いている今がチャンスだ。


 「発射」


 引き金トリガーを引く。それは自動的に連射されるので、二十五弾あった銃弾はあっという間に撃ち尽くした。


 巨大な物体のコアは完全に破壊されていた。コアが霧散したと同時に、物体はよろめき、そして後ろに倒れた。地震が起きたように地面が揺れ、脆い建物は次々に倒壊した。

 倒れた物体は霧散した。だが、霧散したはずの物体がいた場所を見ると何かが落ちていた。そこに01は静かに歩み寄った。


 巨大な物体が倒れたことによる地面のひび割れの隙間に、何かが挟まっている。それを抜き取ってみる。正体は鉱物だった。鉱物を空に翳してみる。光を乱反射させる鉱物は、まるで間接照明のように美しく輝き、周囲を照らした。大きさは、それほど大きくなく、長さは約八センチ程度で、少し分厚く、人工的に削り取られたような形をしている。赤みがかった透明色で、光を通してみると中の様子を見ることが出来た。中にはメモリーカードが挟まっているようだ。これは壊せるのだろうか。それにメモリーカードの中身が気になる。しかし、無理に中身を取り出そうとする行為はあまり良い判断だとは言えない。持ち帰ろう、それが得策だ。そう判断すると、胸元に鉱物をねじ込んだ。


 先程のあれは、ここ一帯のボスだったのだろうか。あの巨大な物体を動かす為の心臓である「心臓コア」があるのは、あの大きさの物体しかいない。その原理は分かっていないが、他の物体とは明らかに違っている物。


 他に生体反応は見られないが、念のために空から最終確認をしておこう。あの大きさの「心臓コア」を持つ物体は他にいないだろうが、他の物体はまだいるかもしれない。排除は早い方が良いだろう。


 01は地面を蹴って飛び上がる。炎と煙を吐き出しながら、空へと体が浮いた。

 適当に空からエデンを見下ろしていると、またノイズが聞こえてきた。


 〈ミッションクリア。コア・オブジェクトの撃破、収集物の確認をします。——収集物、メモリーカード・ミネラル。カードの中身、不明。一度、研究所に持ち帰ってください。〉


 ヘッドフォンから聞こえる機械音はそう告げるとまた音を立てて切れた。

 「BA・ミラージュ研究所」へ急ごう。



 「お帰りなさいませ、ナンバー01ゼロワン。先に収集物の確認をします。」


 ミラージュという町に、軒を連ねる場所に研究所は佇んでいる。研究所以外の建物はほぼ倒壊し、瓦礫になっているか、形を保ったままひびが入っていて、そこから植物が侵食していたりして、研究所以外は無事ではなかった。研究所も見た目はほぼ廃墟に近いが、中身は「ステライト」のお陰で無事なので、ここで働く助手の「」も何事もなかったかのように普通に


 マリアは機械音を発しながら手を伸ばした。01は言われた通り、胸の谷間に手を突っ込み、ねじ込んだ鉱物を取り出し、マリアに手渡した。


 「確認作業をします。01様は一度休憩なさっていてください。」


 表情一つ変えずにマリアは踵を返してコンピュータの前に移動した。するとキーボードを打つ音や、奇怪な音を吐く機械の作動音が辺りに響き渡る。収集物の確認と言えど、すぐに終わるだろう。


 入り口から真っ直ぐ進み、ローテーブルとソファが置かれてある休憩スペースへ向かう。休憩スペースには他に、資料本棚や入手した鉱物・ミネラルを保管する為のケースが置かれてある。01はソファに座り、ただ一点を見つめた。


 すると突然、ブザー音が鳴った。赤いランプが点灯し、部屋中を照らす。


 〈Error,Error. こちらの「メモリーカード・ミネラル」は参照出来ません。繰り返します、こちらの「メモリーカード・ミネラル」は参照出来ません。〉


 突然、機械がエラーを起こした。マリアは落ち着いた様子でメモリーカード・ミネラルを機械から取り出した。すると、赤いランプは消えた。


 「申し訳ありません、01様。エラーを起こしてしまいました。こちら、一度返却致します。」


 マリアは両掌に載せたメモリーカード・ミネラルを01に差し出した。こくり、と頷いた01はマリアの掌からそれを受け取り、また胸元にねじ込んだ。


 「次はどうしますか?」

 01は聞いた。


 「メモリーカード・ミネラルを参照するにはほかにも何か必要みたいです。なのでそれを収集してきてください。参照するためには、同じメモリーカード・ミネラルが必要です。そのために、次のコア・オブジェクト出現率を見ます。」


 マリアは傍に置いてあったタブレットをいじると、上にスライドさせた。するとタブレットから空気中に情報が映し出された。


 「次のコア・オブジェクトの出現率が九十パーセント以上の場所は『エルピア』です。二つ街を挟んだ先にある小さな港町です。よろしくお願いします、ナンバー01。」


 瞳から情報を得て、機械的な脳で情報を記憶した。マリアはタブレットをしまうと、頭を下げた。


 エルピア。エデンに比べて小規模ではあるが、かつて漁港が栄えた立派な港町だ。港町なので、まだ発見されていないオブジェクトが存在する可能性があった。マリアに情報を聞いておこう。


 「マリア、エルピアにいるオブジェクトについて何かわかりますか?」

 その場から微動だにしないマリアにそう尋ねると、「お待ちください。」と言ってまたタブレットを起動させた。しばらくタップ音が続いた後、上にスライドさせた。

 「こちらになります。」


 【港町・エルピア。オブジェクト情報:⁇コア・オブジェクト、⁇オブジェクト。数:不明。物体情報:不明。その他:建物の倒壊、町の八割は瓦礫。生体反応:不明。】


 写真や文字の羅列を先程と同じように記録する。

 「一応脳に繋げておきます。」


 マリアはコードを持ってきて、01の襟足を避けて後頭部にある差し込み口にコード・プラグを差し込む。その先をタブレットに差し込む。何かタブレットで操作をすると脳に直接的に情報がいきわたる。


 「先程の情報も念のため入れておきます。」

 脳の処理は簡単に終わった。二つの情報を入れた後、コード・プラグを抜いた。

 「他に何かありますか?」


 コードをしまい終えると、マリアは尋ねた。


 「いえ。あとは実際に行ってみないと分からないので、大丈夫です。ありがとうございます」

 感情のこもっていない感謝の言葉を述べると、マリアは会釈した。


 「装備等に異常なし。いってらっしゃいませ。」

 玄関先でマリアは会釈をする。01はマリアに見送られて研究所を発った。

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