第8話
あるところに、ある人間を探して彷徨っている神がいた。
途方もない時間と場所を行き来し探していたが、神はその人間を見つけ出すことがなかなか出来ないでいた。
一度目に見つけた‟彼”は雪に隠されていた。
二度目は人間の中に。
二度目の‟彼女”は人間によって壊されてしまった、神が彼女へとたどり着いた時にはもう遅かった。
人間の中に置いてはいけない、と神は怒りに震えたが、彼女を人間に落としてしっまったのも紛れもなく神自身だった。
無残にも空っぽにされてしまった彼女の体に、神は唯一持ち合わせていた自分の心臓を胸から抉りだして彼女の体に埋め込んだ。以来、その心臓は神を引き寄せる目印となっている。
『という訳だ。』
男はほとんど自分で喋りもせず、まさに‟天の声”みたいな音声を使ってざっくりと聞かせ終わると後ろから私のうなじに顔を埋めた。
「という訳だって…ちょいちょい、ちょいちょいちょい待ち。てことはさ、私の心臓って要はGPSってこと⁉いやいやいやいや、なんだそりゃ!引き寄せるってなんか必然みたいな感じに言ってるけど、そんな毎回私の人生に関わってくんの⁉神様⁉」
『うん。』
「‟うん”⁉うんてなに⁉いや暇か‼え、てかその話が本当だとして、なんで私をそんなに探してたんです?今だから聞きますが、なんか用ですか?」
『用?』
男を振り返る私に男は首を傾げた。
「…まさか、探してた理由も忘れちゃったとかですか?ええー、やめてくださいよ、それじゃあ私は来世も神様に振り回されるってことですか?」
『当たり前だ、私は必ずお前を見つけ出す。』
「だからなんでだよ‼」
私はすぱぁーんと自分の膝を叩いた。
(もしかしてこの人、ほんとに疫病神なんじゃ…私の先祖は代々この疫病神に憑りつかれていて…はぁ!だから私はこんな生まれながらにして不幸体質なのか!こりゃマジでなんとかせねば…。)
「ああ…神様、この心臓が神様の物というのはよく分かりました。きっと神様もそのぉー、同情心から?この尊き心臓を授けてくださったんだと理解しました。しかしですね…。」
(あれぇ~、喋り出したは良いけど心臓を返す最もな言い訳が思い付かないぞぉ~?)
この心臓が無ければたとえ神と言えど探すのに時間がかかるはず。実際それなりに苦労したようだし、最初の頃と同じ状況に戻してしまえば私はこの疫病神から逃れられるはずだ。
(……だけど、その理由が見つからないぃ~!この人を引き離すというこちらの目的を気取られることなく、あくまでもこの人が納得した上での交渉でないと意味が無い!バレたら絶対まためんどくさい、『私から逃げるのか!』とかまた始まる。絶対ある。)
疫病神がこんなにもメンヘラな神様だったなんてどの童話でも教えてくれなかった。
『‟しかし”なんだ、子豚?』
「あぁ…、あのぉ~ちょっと思ったんですけど、私が前世ケツの穴がなかったり、現在も厄介な持病があるのって、もしかしてこの神様の心臓が体に合わないからなんじゃないかなぁ~って思ったりして…。人間の体ではこの尊き神物?を抱えきれないって言うんですかね?」
私の適当な発言に男は一瞬体を強張らせた。
『…………わたしのせいか?』
「え、なんか言いました?」
『…………。』
「あのぉ~、神様?」
『そうかもそれない。』
「ん?」
『お前のそれは……紛れもなく私のせいだ、しかし、もう私にはお前をどうすることもできない。その体の時間を止めても、お前の魂は刻一刻と散っていく。魂とその体は本来、対になっていなければならないが、お前の場合は魂が器を拒絶している。だからこんなにも散りゆくのが速いのだ…。』
男は私の胸を撫で、悲しそうに眉を寄せる。
「え…、ちょっと待ってください。こんなに?ってことは…、私もうすぐで死ぬんですか?あ…れ?私の寿命設定どうなってんだぁ?魂がどうとかは別にどうでも良いんですけど、とりあえずまだ死にたくないんですけどどうにかなりませんか?」
あたふたする私を男は再び後ろから抱きしめ、か細い声で『すまない。』と呟いた。
(まぁ~じかっ☆)
「じゃぁ仕方ないっスねぇ~、私はあとどれくらいですか?」
『次の満月までだ。狂い咲いたお前の花は、その日で絶える。』
「あと一か月くらいじゃん!ヤバい!てか今そんなに私、花開いてます?」
『ああ…とても美しい。』
「え…………。」
茶化すような軽い気持ちで言ったつもりだったが、男の真っすぐに私を見つめてくる瞳に、私も思わず惹きつけられてしまう。
「って!こんな胸キュンみたいなことしてる場合じゃないんですよ‼私には時間がないんだ!やり残したことやらねば!」
『……………………。』
ガバッと立ち上がった私を見上げ、男は驚いたように微かに口を開け、何かを言おうとして止めた。
「?なんですか?言いたいことがあるなら言ってください。これから一ヶ月間、神様は私の残りの人生を謳歌する為に全力で協力してもらうんですからね。」
腰に手を当ててニヤリと不適に笑う私に男は目を見開いた。
『それだけか……?』
「は?いや、それだけかってそれが全てですよ。人生楽しいのが一番でしょうが。」
『そうではない、お前をそのようにしたのは私だ。』
そのようにって、病弱にってことかな?
「うん、みたいだね。」
『なぜ責めない?』
(何言ってんだコイツ。)
男の言葉に私は深いため息をついた。
「責めて欲しいんですか?なぜ?あなたはもう、自分の間違いに気付いてるじゃないですか。私を探していたというのも、私にそのことを謝りたかったんですよね?自分の間違いに気付いて、それを自覚してきちんと行動に移した、それで十分でしょう?ママも同じことを言っていましたが、私の不利益が全てあなたのせいだとは私には思えない。それに、神様ならよく考えてください。この世の中に私より深刻な病に苦しんでいる人はたくさんいます。そう、あなたに恨み言を言いたい人は腐るほどいるんです。それなのに私だけがちっぽけな私の不平不満をぶつけることが出来るなんて、それこそ不公平じゃないですか。」
『しかし…お前は、ただ…忘れているだけだ…。私がお前に何をしてきたのか…。』
悲しく揺れるアクアブルーの瞳が懇願するかのように私を見上げる。
この男は、それを私に思い出させたいのだろうか。
「知りませんね、私は私として生まれたこの24年間分の記憶しかないので。」
(あ、いや、正直小学三年生くらいからしか覚えてないけど。)
『そうだ、だからお前は…。』
「だからなんだと言うんですか。」
俯く男の言葉を上から遮り、我慢できなくなった私はソファーの背もたれにガンと片足を乗せた。
(んん~、これ一回やってみたかったんだよねぇ、いい女が際どいスカートとか履いてやるやつ!)
「今、あなたの前にいるこの私が‟良い”と言ったら‟良い”んです。それによく考えてみてください、悪い思い出も、いい思い出に塗り替えてしまえば良いんです。確かに?人間は比較的悪いことの方が記憶に残りやすいので、一つの悪いことを塗りつぶすのに良い思いだがいくつも必要になるでしょうが、それはもうこれからのあなたと、私の努力次第です。」
私はよっこいしょと足を降ろして立ち直す。
「そゆことで、これから最後の一ヶ月間よろしくお願いしますね、神様。」
満面の笑みを浮かべる私を、男は窓から差し込める月明かりが眩しいのか、目を細めて静かに『ああ。』と頷いた。
かわいそうな子豚と慟哭のウィンナー ださい里衣 @momopp0404
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