第3話
「なるほど、それで今日は珍しく連絡して来た訳だ?」
春の暖かな日差しを浴びてキラキラと艶やかな金髪と琥珀色の優し気な瞳を細め、私の向かいに座る男は微笑んだ。
「…………。」
その笑顔に私はバツが悪くなり、男から目を逸らしてグラスに突き刺さったストローを咥える。
「別に怒ってないよ、仕事も上手くいってそうで良かった。それで、今そのウィンナーの袋持ってる?」
「……持ってない。」
「あれ、なんで持ってこなかったの?」
私の短い返事に男は琥珀色の瞳を一瞬パチクリとさせた。その表情のせいで近くの席の女子グループから黄色い声が上がったことなど、この男は気が付きもしない。
(ちっ。)
「いや…ほんとに、鳴き声がうるさいから…。」
ストローを咥えたままぶっきらぼうに言う私に男は「そっか。」と何がそんなに楽しいのかまたフワッと甘く微笑んだ。
(いやぁあああぁぁぁあああああああああああぁぁぁぁああああああ目ががあああああああああああぁあぁぁあぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)
キラキラと輝く男の笑顔に私はそっと目を閉じ、心の中で目を両手で押さえながら絶叫した。この男の外見の良さはもはや凶器である。
「?どうしたの?疲れちゃった?」
スンッと目を瞑って動かない私の長い髪を男はするりと指を絡めるようにして撫でる。
「いえ、なんでも。」
「ふふふ、それでどうする?ウィンナー持ってきてないならウチに行く必要もなくなったし、今日はこのままデートしようか。」
(うっわ、チャラいチャラい!これだからイケメンは!ぺっぺっ!)
男の言葉に私は内心で唾を吐きながらも「おう、実は14時からコラボカフェの予約してたところだぜ!」と髪を撫でる男の手を振り払って勢いよく立ち上がった。
「なるほど…本命はそっちね…。」
男は立ち上がる私を見上げ、はぁ…とアンニュイに目を伏せ、溜息をつきながらも私に続いて席を立つ。
『なにをしている、子豚。』
「うぇ⁉」
私達がカフェテラスから出ようとした時、春のうららかな空気をも凍り付かせる様な艶やかだが重圧感のある声が背後から聞こえてきた。私が恐る恐る振り返ると、キョトンと琥珀色の瞳を見開いて「どうかしたの?」と私を見つめる男のまた後ろにヤツはいた。
『子豚の分際で、この私を欺こうなど身の程知らずなものだ。』
その人物は陽の光で滑らかにサラサラと輝く月白色の長い髪を緩く束ね、先日無残にも奪われてしまった最愛の推しキャラの紺色の着物に身を包み、アクアブルーの瞳を怒りで冷たく光らせながらツカツカとこちらに向かって来る。
人間離れした輝きを放つその男が一歩、また一歩と歩を進める度にその男の一部を目にしてしまった人間は次々とその美しさに失神してバタバタと倒れてしまう。
「ひぃっ!お助けぇ!」
私は男に捕まりたくない一心で普段使わない足をフル活用してその場から逃げ出すが、すぐに『止まれ。』という男の声に私の足はピタリと動きを止めてしまう。
「おいいいいい‼それは反則だろ⁉この卑怯者!恥知らず!職権乱用!邪神!鬼神!悪霊!祟り神!疫病神!」
自分の意思とは反対に独りでに体は男の元へと戻っていく。
『ふっ、何が恥か。この神である私を欺こうとするお前こそが恥知らずというものだ、いいか警告しておく。今後また同じようなことをすれば、お前の身を見えない糸で縛り自力では身動き取れなくしてくれよう。分かったか、これは呪いだ。』
「はっ、出ました呪い!気に食わないと全部それだよ、これだから神様には付き合ってられないんだよ!つーかマジでこの一週間どんだけ歩き回らされたと思ってんだよ、おかげで私の足は疲労骨折だ‼」
「あの…。」
「話しかけちゃダメ!ひまわり!」
周りの人間が失神して倒れている中、金髪の男が後ろから追いかけて来たかと思うと、その美しい人の形をした邪神に声を掛けてしまった。
『ヒマワリ?』
その名前を聞いてか、男は形の良い眉を歪ませ、眉間に深いシワを作ると、アクアブルーの瞳を一瞬赤く光らせ後ろの若い男を振り返った。
「お…ダマギ…さま…。」
ひまわりは男の顔を見た瞬間、琥珀色の瞳を大きく見開き、掠れた声を出した。ひまわりの言葉に男は一瞬目をみはったが、すぐに冷静さを取り戻すと『お前も執念深いものだな、なんとも醜い。』と吐き捨てた。
(え、知り合い???????)
なんだかんだとあっという間に男の力によって舞い戻ってきてしまった私は、流れる様にそのまま男にガッチリと腰を抱かれる形となった。
(え…なんだこの空気…。)
見つめ合う顔の良い男二人の間に挟まれ、私は困惑しながらも双方を交互に見た。
男の顔を罪悪感に駆られているように琥珀色の瞳を切なげに揺らすひまわり。そしてそのひまわりをまるで卑下するような目で上から見下ろす男。
(この感じ、なんか既視感あるなぁ。)
向かい合う二人をぼーっと眺めながら考えていた私はふとあっと気が付いた。
この二人、付き合ってんだな!
※付き合ってない※
(そうだよ、どっかで見たことあるどころかいつもBL漫画で見てる光景じゃないか。ほんとはお互い好きなんだけど、かくかくしかじかですれ違ってて、片方は好きの裏返しで「もう嫌い!お前なんかしらん!」みたいな感じで突き放そうとしていて、もう一方ももう一方でそれを真に受けてめちゃくちゃ傷付いて別れた後に友達に相談しに行くやつね!でもその相談相手とカフェかなんかで話してる所を実は目撃されてしまって更にこじれてしまうと…ふむふむ。)
私は最近読んだBL漫画の流れを思い出しながら、そのシチュエーションを目の前の二人に重ねていた。
(まぁ、普通に考えて受けはひまわりだよなぁ、んで攻めがこっちか…完全に俺様攻めだな…私の好みとしては基本的に優しいロールキャベツ男子攻めが理想なのだが…ひまわりの好きになった人なのだからそこは仕方がないか…。)
うーんと考え込んでいる私を男は一瞬見ると『子豚、帰るぞ。』と私の腰を引き、歩き出す。
「あ、ああ…はい。」
言われるがままに冷たい体に引っ張られて歩き出した私だったが、心で一瞬立ち止まり、当初の目的を思い出す。
「あああ‼コラボカフェ‼」
『なんだ?』
「ちょっと神様、どうしてくれんだ!このままだと予約の時間に間に合わないじゃんかぁ!!待ちに待ったコラボイベントなのにぃ!」
急に大きな声を出し、薄っすらと涙まで浮かべて男の着物を掴む私に男は溜息を付いた。
『なんだそれは?』
「アンタが今着てる服の持ち主のキャラが出てるゲームのイベントなんだよ!」
『はぁ…だから何だと言うんだ。私にはそんなものどうでもいいことだ、なによりお前はこの神を欺いた罪を償わなければならない。私に施しを要求できる立場にないのが分からないのか?子豚。』
男の冷たく光るアクアブルーの瞳が私を見降ろす。
しかし私もここは引き下がれない。
あのゲームは紛れもなく名作だが、かといって万人受けするものでもない為、グッズはおろかイベントなどはほとんど開催されない。今回のコラボカフェは本作の最終章が11月に発売されるにあたっての記念コラボなのだ、カフェ限定グッズや対象メニューを注文するごとにちょっとしたおまけグッズも貰える、ファンにとっては行かない理由がない旨味たっぷりのイベントなのだ。
「うるせぇ!何が欺いただ、この中二病!変態コスプレ神!罪?罪だと?罪って言ったな?こっちは生まれた時から原罪ってのを背負って生きてんだよ!今更神を欺こうがなんだ、神様ならなこんな愚かな人間一人の嘘くらい見抜いてみせろよ、ぺっぺっ!私はな、原罪の上に更に罪を重ねる程に、あの人を愛してるんだよ!コラボカフェに行けないなら死んでやる!死んでやるからな!」
ギャーギャーと喚きながら私は30㎝以上上にある美しい顔に唾を飛ばす。
「柊、とりあえずここから離れよう。失神させた人達がまたこの人を見て失神を繰り返してる…。」
そっと後ろから囁くひまわりの声に私はハッと我に返った。
改めて周りを見渡すと、私とひまわり、そして元凶のこの男を除くすべての人がぐったりと伏している。カフェテラスだけでなく、室内でお茶を楽しんでいたであろう人達もこの男の姿を見てしまったが為か、だれも起き上がれそうな人は居なかった。
(……なんてヤツなんだ。)
唖然とその景色を見つめる私に、ひまわりは「人は呼んでおいたから、ね?とりあえず、ここから一旦離れよう?」と弱弱しく微笑んだ。
「う、ん。」
『待て。』
歩き出したひまわりに付いて行こうとした私の体を、それまでずっと黙っていた男がギュッと抱きしめた。
「な、んだよ!つかアンタも行くんだよ、迷惑だろ⁉」
体に引っ付く冷たくて大きな男を鬱陶しく感じながら男の顔を見上げると、男はアクアブルーの瞳を悲し気に揺らしながら『死ぬな…。』と美しい唇を微かに動かした。
「はぁ?」
『行くな…、行くな子豚…そばにいろ…。』
今までに聞いたことも無いほど弱々しく、悲し気な男の表情と声に私は一瞬戸惑い、男のガッシリとした両腕にそのままきつく抱きしめられてしまう。
(…え、なになになに?情緒不安定なの?メンヘラ?メンヘラなの?)
「分かった、分かりましたから神様、とりあえずここから離れがてらコラボカフェに向かいましょう。ひまわりが車で乗っけてってくれるから。」
『あの男は嫌だ、共にいることを禁ずる。私の傍にも、お前の傍にもだ。』
(おーおー、こりてねーなぁー。)
また駄々っ子の様なことを言いだした男に私は溜息をつく。
「またそんなこと言う…、ひまわりは私の数少ない友達です。どこが気にくわないのか知りませんが、今日は一緒に行きます。なぜならその方がグッズが多く手に入るからです、嫌なら神様が一人で帰ってください。」
『嫌だ、お前の傍にいる…。』
「じゃあ、私のいうこと聞いてくださいね?この間みたいに勝手に奇跡起こして信者に囲まれたりしないでくださいね?絶対ですよ?」
『…………分かった。』
男の返事を聞いた私は抱きしめられながら男に見えないようにニヤリといやらしい笑みを浮かべた。
なにがこの男をこんな風に弱気にさせているのかは分からないが、主導権は頂いた。存分に今までの仕返しをしてやろうじゃないか。
(ぐへへへ…、神は死んだっ!!!!)
「えっと…結局俺も付いて来ちゃって良かったのかな…?」
スタッフのお姉さんに案内された席に腰を下ろすなりひまわりは困ったように笑う。
「元々、ひまわりと来る予定だったんだから、気にしなくて良いんだよ。おまけは神様の方なんだから。ね、神様?」
私がにっこりと微笑み、左隣に座る艶やかな黒髪の少年を見る。
『黙れ、子豚。この屈辱、お前が何度輪廻転生を繰り返したとしても私は覚えているからな。神にこの様な屈辱を味合わせたのだ、来世は安寧であれると思うなよ。』
少年は柔らかでなめらかな声で不機嫌そうに言うと、黒目がちな大きな瞳でなぜか向かいに座るひまわりを睨み付けた。
「あ…ははは。」
(ぐへ、ぐへ、そんな可愛いなりで何言われても負け惜しみにしか聞こえないんだよぉ~!)
困ったように微笑むひまわりに対し、私は心の中で可愛いショタ神をベロベロと辱しめながら気持ち悪くほくそ笑んだ。
「はいはい、それでいいですよ。制限時間もあるし、ドリンクとフードをとりあえず注文してしまいましょうね。神様、なにがいいですか?この枠の中のメニューから選んでくださいね、その他だとおまけグッズが付かないので。」
『ふん、酒は無いのか。ならなんでも良い、勝手に決めろ。』
ぷいっとそっぽを向いた少年に私は「はいはい。」と適当に返事をし、ひまわりを見る。私の視線を受けたひまわりは振り返ってウエイターのお姉さんに声をかける。注文を取り終わったお姉さんが確かめるように私を振り返ったのは言うまでもない。
(悪かったな、こんな私がこんなキラキライケメン連れてて!でも本意じゃないのよ?私はもとから友達が少なくてですね、足があって今日たまたま捕まったのがこのイケメンだったってだけなんですよ?分かって?)
心で謎の弁解をしつつ、私はドリンクが到着するまでの間、ランダムで貰えるミニ缶バッチで推しを引き当てる為に精神統一を始めた。
「お待たせしました、コラボドリンクのアオキ、杏、黒百合です。ランダムはこちらの籠から三つお選びください。」
「分かりました!」
ひっこりと微笑み、ドリンクをテーブルに並べ終えたウエイターのお姉さんに私は腕まくりをしながら鼻息荒く答える。
お姉さんの持つ籠にはたくさんのミニ缶バッチが包装された状態で入っている為、絵柄を確認することはできない。
(推しよ!この手にっ‼)
「これだぁ‼」
私が直感に任せて疾風のごとく三つ取り出し終えた瞬間、隣に座っていた少年がフッと鼻で笑ったのが分かった。
「なんですか?神様。」
ジトっと少年を見つめる私に少年は大きな黒い瞳を細めながら『本当にそれでいいのか?』とあざ笑った。
体は小さいが、態度がかなりでかい。
もうあっぱれ。
少年の言葉に、ウエイターのお姉さんはこちらに気を利かせて「選び直しますか?」と笑顔を向けてくれる。
「あ、すいません。大丈夫です、ありがとうございます。」
「分かりました、お料理到着まで間もなくですのでお待ちください。」
「は~い。」
お姉さんが私達の席から離れていくのを見計らって私は缶バッチを一気に開封していく。その内容は‟杏、杏、オロチ”といずれも私の目当てのキャラクターではなかった。
「あ~、こなかった…。」
ガックリとうなだれる私にひまわりが「どのキャラが欲しいの?」とメニュー表を差し出してくる。
「これぇ~。」
私は赤髪短髪で体や顔に黒い痣があり、おでこに黒い二本の角をはやしたキャラを指差した。
「黒百合ぃ~、すんごい不器用なんだけどぉ、すんごい愛情深くてさぁ~!もう、手が触れただけでも「お前に呪いが影響するかもしれない、俺には触れるな。」とか言ってさぁ~!くぅ~!!」
再現など出来ないのに推しキャラの声真似をしつつ、作品をプレイした人にしか分からないような部分を切り取りキャラの魅力を伝えようとする、結果、他者には全く分からない説明になってしまう。これぞヲタクあるあるである。
「なるほど…、じゃあ第二弾てことでもう一回注文する?俺、この深緑ってキャラのドリンク気になるし。」
「いいの⁉」
「うん。」
キラキラとイケメンスマイルを放つひまわりに私はそっと手を合わせる。
いつもは煩わしいこの眩しい輝きが、今日ばかりは後光の様に見える。
(真の神は…この人なのかもしれない…。)
そう心の中で呟いた瞬間、大人しくドリンクを飲んでいた少年の眉がピクリと跳ね、鋭い視線が再びひまわりへと刺さる。
【調子に乗るなよ小僧…。】
鋭い視線と共に、ひまわりの脳内には確かに冷たく、怒りに満ちた声が流れていた。
そうとも知らない私は少年の隣でドリンクやフードの写真を撮りまくってはぐへぐへと気持ち悪い声を出していた。
「あ、神様これ美味しいですよ。」
『そうか。』
小さい手で大人用のフォークをグーの手で握り、口周りにパスタソースを付けながら黙々とパスタを頬張る少年の姿に不覚にもキュンとしてしまった私は無意識に「はい、あ~ん。」と少年に自分のビーフシチューをすくったスプーンを向ける。
少年は一瞬、その大きな瞳を驚いたように更に大きく見開いたが、特に拒むこともせずそのままビーフシチューを口にした。
「どうですか?美味しいでしょ?」
『……まぁ、悪くはない。』
もぐもぐと口を動かす自分に見たことも無い笑顔を向ける私をチラリと横目で見た少年は、次に勝ち誇ったような笑みを浮かべて向かいに座るひまわりを見た。
(……忙しい人だな…。)
本来、普通の少年が浮かべる訳もないようなプライドの高さを感じさせる笑みを見ながらひまわりは心で溜息をつきつつ、表では少年の気を害さないよう、眉を下げてわずかに微笑んだ。
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