第2話

前回までのあらすじ、かくかくしかじかで前世の母親と再会した私。

だがしかし前世の私の母親は悲痛な鳴き声を上げるウィンナーになっていた。

「おかあ…さん?」

『そうだ、それはお前の母親だ。』

「ああ…そう…ですか………………………………………………じゃねーだろっっ‼信じるかぁ‼」

私は勢いで床にウィンナーの袋を叩き付ける。

『おい、やめろ。なんてことするんだ、お前の母親だぞ。』

床に叩き付けられたウィンナーの袋は「ぎゅいぎゅいぎゅいいぃいいぃいいい。」と尚も鳴き声を上げながら独りでに動いている。

「…………。」

(いや、これが母親かどうかは置いといて、よく考えてみるとこれ普通に怖いな。)

自分の足元で動き続けているウィンナーの袋を眺め、急に冷静になった私をゾクリと寒気が襲った。

「あ、あのぉ~このウィンナー、このままだと食べれないから元に戻してくれませんか?」

私は足で床に転がるウィンナーの袋を指し、ソファーにふんぞり返った男を振り返る。

『信じないのだろう?』

「はい…?」

『私はお前の要求に応え、神でなければ起こしえない奇跡を見せた。しかしお前はその奇跡を否定したのだ。それは私が神である証拠としてお前に提示したものだ、お前が私を神であると認めるまでその肉の慟哭はやまないと思え。』

そう言うと男はアクアブルーの瞳を細めて私をあざ笑うように微笑んだ。

(……いや、お前それ神様じゃなくて悪魔やん。)

男の微笑む顔を眺めながら私の胃がキリキリと軋むのを感じた。




俺はここらを縄張りとするコソ泥のテツ。

今日も今日とて不用心でおっちょこちょいな女の家に忍び込んでやった。

この家の女は一人暮らしだがちょいちょい鍵を掛け忘れる相当馬鹿なヤツだ。前回忍び込んだ時もかなり稼がせて貰ったぜ。

「へへへ…、今日はどんな具合かな。」

俺は部屋に誰もいないことを確認すると、そっと中に入り、ある引き出しに手を伸ばした。

「ぐへへへ…やはり買い足してあるなぁ。」

この家には金目の物はハッキリ言ってない。しかしかと言って宝石やジュエリーや骨董品ばかりが金になるなんてことはない。いや、ターゲットの家にそれらがあるのならそれに越したことはないが、そういった家にターゲットを絞るのは危険だ。一攫千金も大事だが、コツコツと小さな金を稼いでいくのも大事なのだ。

(それになにより…。)

「ぐふふふふ…。」

俺は引き出しの中からレースの付いた下着を手に取って眺めた。

(俺は男のロマンを売っているんだ‼)

世の男共はリアルの女になかなか手が出せない。だからこそ、このリアルな女から盗んだ下着には価値があるのだ!新品では意味がない、生きた女がこの下着を履いて生活したという生々しさ、そのリアルさが男のロマンと欲望を掻き立てる!たとえこれを履いていた女がどんなに地味で冴えない女だったとしても、それを感じさせないデザインのものをセレクトさえすればなんら関係ないのだ!

「へへへ…今日はこの辺をいただくとするか…。」

鼻息をやや荒くしながら下着を懐に入れようとした俺の腕を突然ぽむっと茶色いものが押さえた。

「?」

ふと顔を上げると、そこには大きなクマのぬいぐるみがいつの間にか佇んでいた。

「おわっ、なんだこいつ…。」

突然現れた自分と同じくらいの身長のぬいぐるみに思わず声を出してしまった俺は反射的に自分で自分の口を押さえ、それと同時にもたれ掛かってくる大きなぬいぐるみを振り払った。

ドサッと床に倒れ込んだぬいぐるみを踏みつけ、俺は退散しようと部屋を出ようとした時、急に足首を掴まれた。

「いっ?なんだぁ?」

鬱陶しげに眉を寄せ、足元を見ると茶色いクマの腕が俺の足首を指も無い丸い手がぐるりと絡んでいる。

「なんだコイツ!」

絡んだ腕を振りほどこうと足をブンブンと動かすが一向に外れない。

それどころかクマのぬいぐるみはさっきまでだらんと項垂れていた頭を持ち上げ、二つのボタンの目でこちらを見上げてくる。

「ひぃ!!!」

まるで生きているような動きに俺の体は恐怖のあまり硬直する。

「た、助けてぇぇええええ。」

掠れた声でクマを引きずりながら部屋を出て、リビングを通り出口へと向かおうとした時、更なる恐怖が俺を襲った。

暗く、しぃーんと静まり返ったリビングでどこからか不気味な鳴き声が聞こえてくる。

「ぎゅいぎゅいぎゅいいぃいいぃいいい!!!!」

「な、なんなんだよ…ここは…!」

ガタガタと足が震え、俺はとうとうリビングのど真ん中で動けなくなった。

気が付けばこの部屋に飾られている大小さまざまなぬいぐるみ達全てが、まるで俺を見つめている気がした。

(み、見ている…!)

「ぎゅいぎゅいぎゅいぎゅいぎゅいいぃいいぃいいい!!!!」

360度全てから体中に突き刺さる視線に、耳を覆いたくなる謎の鳴き声、足にへばりついて取れない巨大なクマのぬいぐるみ。

(……なんなんだ!なんなんだこれは!)

「ああ…もうやめてくれ…お願いだぁ…!」

訳が分からなくなった俺の視界はグルグルと回り、耐え切れず床に膝を付いた。

なにかがおかしい、こんなことある訳が無い。混乱する自分に心で言い聞かせるが、その心の声を自らの目が、耳が否定する。

以前はこんな場所ではなかった…漠然とそう思った時、頭上から艶やかな男の声が俺の脳天を突き刺した。

『なにをしている。』

「ひぃっ!」

驚きで思わずびくりと肩を浮かす俺を男は鼻で笑い、俯いたまま顔を上げない俺の肩にスッと手を置いた。その手はまるで体温が無く、触られたこちらまで凍りついてしまうほど冷たかった。恐怖と焦りでガタガタと震えながら息を吞む俺の耳に男は唇を近付けると『すべて見ていた、懐の物を返せ。』とどこか楽し気な声で言った。

「は、はひ…。」

俺はかろうじて返事をし、男の顔を無意識に見ない様に顔を伏せたままぐちゃぐちゃに握りつぶしていた下着を男に差し出した。

『よろしい。』

男の短い言葉に俺の足にへばりついていたクマの腕が取れ、クマのぬいぐるみは力尽きた様にパタリと床に伏してしまい、部屋中から感じていた視線もやんだ。そして男は特に手渡された下着を確認する訳でもなく、俺の顔を覗き込んできた。

視界の隅にサラサラと月明かりに輝く月白色の長い髪が揺れ、その髪から覗くアクアブルーの瞳が俺の醜く濁った瞳を真っ直ぐに見つめる。

「こっ!」

コスプレイヤーの人!と声が出そうになったが、俺はすんでのところでその言葉を呑み込んだ。まさかこの家の女に宅コスをするほどコスプレ好きの彼氏ができているとは予想もしていなかった。

いや、そんなのどうでもいい。なんにせよ俺の人生は終わった、このまま警察に通報されて…。

(俺もとうとう豚箱行きか…。)

ははっと俺が小さく乾いた笑いを漏らすと、男は『豚箱?お前は豚箱に入りたかったのか?だが生憎だがここはあの子豚の‟豚小屋”であり、そしてあの子豚は神である私の所有物だ。だからこの豚小屋も私の所有物ということだ、今後一切無断で立ち入ることを禁ずる。』と言いながら俺の手を取り、なにやら俺の手のひらに長くて細い指を滑らせ何かを書いた。

(……通報しないのか?)

俺は訳が分からず月明かりに照らされた男の美しい顔を見つめた。

「あの…俺…。」

『私の許可なく喋るな。今お前に今度この豚小屋や子豚に触れれば体がはじけ飛び死ぬ呪いをかけた。死にたくなければ今後一切関わらないことだな。』

男はそう言うと力の入らなくなっていた俺の足を指でトントンと叩くと『連れていけ。』とだけ言い、長い髪を翻してどこかへ行ってしまった。

俺は男の居なくなったリビングで一瞬息をついた時、急に床に伏していたクマがムクりと起き上がったかと思うと身長が同じくらいの俺をお姫様抱っこで持ち上げ、ぽむぽむと柔らかい足音を立てながら玄関に向かい、そのまま乱暴に外に投げ捨てられた。

「おわっ!」

バタンと目の前のドアが閉まり、俺の体を夜の冷たい風が撫でる。

(……助かってしまった。)

なにがなんだか理解できないままの俺はしばらく女の家の前でポカーンと座り込んでいた。するとしばらくして白い着物を着たコスプレ男が再びドアを開け俺を睨み付けた。

「ひぃっ!」

今度こそ終わったと思った俺だったが、男はへたり込む俺に何か小さな何かを投げ付け、『聞こえなかったのか?連れていけ、目障りだ。』と眉をひそめる。

その男の言葉が合図だったのか、役に立たなくなっていた足が独りでに動き出し立ち上がって歩きだそうとした。

『待て、足元のソレを持っていけ。絶対に手放すな。』

男の声に体が勝手に反応し、足元に落ちていたフェルトでできた小さなクマの様にも犬の様にも見えるマスコットを拾い上げた。

「これは…?」

『ソレを手放さなければお前の欲しいものは手に入る、しかし望むものを間違えれば身の破滅を招く。たまには機嫌を取ってやれ、そうでないと喰われるぞ?』

「喰われる⁉」

困惑する俺を見てコスプレ男は楽しそうに声を漏らす。

『それは私からの贈り物だ、神は誰にでも寛大でなければな。』

男はそれだけ言うと満足そうに微笑み、家へと再び戻っていった。

ドアの閉まり切った瞬間、俺の足はまるでスイッチでも押されたかのようにパタパタと高速で動き出し、夜の闇の中へと引っ張られるように連れていかれるのだった。




「おい、なにしてんだこれは⁉」

翌朝、私が目を覚ますとリビングには涼しげに微笑む男と、その男を囲うようにして私の新調したばかりの下着がふよふよと宙を泳いでいた。

『聞きたいのは私の方だ、いくら豚小屋とはいえこれはさすがに私も気分が悪い。』

「返せ!変人コスプレイヤー‼」

『返せ?私がこんなものを欲しがると思うか?回収したいのなら勝手にしろ、私は一切関与していない。』

「~~‼」

男の言葉に腹を立てつつも私は宙に浮く自分の下着に手を伸ばした。しかし下着はまるで意志でもあるように私の伸ばした手をかいくぐり、ひらひらとリビング中を飛び回る。

「あああああああああ!おい!絶対お前だろ!こんな幼稚なことして楽しいか⁉変態、馬鹿、パンツ星人!」

私の渾身の侮辱の言葉に男はふむと顎に手を当て『ぱんつ聖人…なるほど、ようやく私が神であると認めたか。しかし生憎だが私はお前のいうその‟ぱんつ”というものは司っていない、残念だ。』とニヤリと美しい唇の端を釣り上げた。

「嘘つけ!知ってんだろ、お前が今浮かせてる布のことだよ!」

私の喚き声など聞こえていないかの様な男は朝の光を浴びながらゆったりとソファーに横になりながら小さく『なるほど。』とつぶやく。

『なるほど、これが‟ぱんつ”というものか。まぁ、この布が何故このように宙を舞っているのかは私にも分からないが、少なくともお前の手元に戻してやることは出来る。』

明らかにおどけた態度をとる男に私は心の中で(ぜってぇーお前だろ。)と原因を指摘しながらも口では「おお!じゃあさっそくお願いしますよ!」と万歳のポーズ。

『証拠を出せ。』

「え?」

男の言葉に私は目を丸くする。

『証拠だ、神の施しに対して信仰者は‟供物”を以て自身の信仰心を証明する。お前の私に対する信仰心を証明してみせろ、話はそれからだ。』

「はぁ~?」

(供物ぅ~?そんなもんしら…。)

私は供物と聞いて一瞬果物や家畜を連想したが、昨夜の騒動を思い出し、全て合点がいった。

「お前、さては昨日の服が欲しいだけだろ!ふざけんな!アレは私が大好きな人の為の服なんだぞ!絶対に渡さないからなっ‼」

『だから私によこせと言っている。何故分からない脳みそも子豚のままか?』

「あばばばばばばば!!!」

(この中二病があああああああああああ!!!!)

腹が立ちすぎて口がバグってしまった私を見て男は宝石の様なアクアブルーの瞳を細めて笑った。


時を遡ること昨夜23時頃。

このコスプレ男は昨日の昼下がりに突然現れ、居座るどころか私の最推しキャラの衣装をわざわざあさり勝手にきていたのだ。どうしてもそれが許せなかった私は就寝前、強引に男からその衣装をはぎ取り、寝室に鍵をかけて籠城したのだ。しかしこの男の影響か部屋のぬいぐるみ達がここぞとばかりに衣装を持って部屋を抜け出そうとするので、おかげで昨夜はまともに眠れなかった。

(……まぁ、気が付いたら寝ちゃってたけど、衣装はあったから私の勝ちだ。)

『まぁ…お前がこのままで良いというのであれば、それで良い。たかが布が浮いているだけだからな。』

「いやいやいやいや、だからそれ浮いてちゃダメな布なんだってば!」

『ほう、ならば二つだな。私に供物を献上し、この布を取り戻すか、供物を献上せず、この先ずっとこの布が飛び交う空間で過ごすか。』

「この先ずっと⁉」

『当たり前だろう、私以外にこの状況を打破出来る存在などない。』

(この状況=リビングに複数のパンツが飛び交っている状況。)

正直、あまりにもシュール過ぎてこの先誰もこの家に入れられなくなる。

(……それは…ダメだ!)

「くぅ!」

私は唇を噛みしめ、アトリエへと走る。

急いで箱の奥に綺麗にしまっていた落ち着いた紺色の男物の着物を取り出すと、再びリビングへと戻り、ソファーに寝転ぶ男の足元に跪いた。

「ど、どうぞ…うぅ…。」

たかがパンツの為に、私の最愛の殿方の着物をこんな厨二変態ロン毛野郎に差し出すことになるなんて。たかがパンツ…いや、されどパンツということなのだ。

『これではない。』

私の差し出した着物を見て、男は形の良い眉をひそめる。

「これは…同じく私の大好きな人の為の私服です。昨日のは本来、家の中で着るものではないので…。」

『ふむ、そうか…仕方がない。』

男は着物と頭を垂れる私を見比べ、一瞬考えたが着物を受け取ると『もういい。』と虚空を見た。するとさっきまでふよふよと浮かんでいた下着たちは一斉に同じ方向へと向かい、消えていった。

『お前の信仰心は受け取った、さぁ子豚今日は出かけるぞ。』

自分の着ていた白い光沢のある着物を脱ぎ捨て、手渡された着物を手慣れた手つきで着付け終わると、男は足元で尚も唇を噛んで俯いている私の顎を持ち上げて無邪気に微笑んだ。

(……もう嫌…。)

楽しそうに微笑む男の後ろから聞こえてくる「ぎゅいいぃいいぃいいい。」という悲痛な鳴き声が、その時ばかりは私のこの悲しみを代わりに嘆いてくれているように思えた。











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