老婆の視線
ツヨシ
第1話
港の北にある住宅地。
第二次世界大戦の空襲を逃れたと言うその地には、ワンルームマンションよりも小さいのではないかと思われる極小の平屋が無計画に乱立している。
家と家の間にあるまるで蜘蛛の巣のような形状の道は、人一人歩くのがやっとの幅しかない。
家も古いだけでなく、窓が割れたままの家、玄関の扉が家の前に転がっている家、ひどいのになると屋根の一部がない家もある。
そんな家に人が住んでいるのだ。
そういう場所に私は集金の仕事で通っていた。
もちろんなかなか集金は進まない。
そんな折に私は一軒の家が気になった。
一つしかない窓は窓枠だけになり、カーテンもない。
家が小さいこともあって、その家の前を通ると家の中が丸見えなのだ。
そこにはいつも老婆が座っていた。
正座をして外を、つまり私を見ているのだ。
血走った、殺意さえ感じるけわしい目で。
東から住宅地に入る道は一つしかなく、その家は入ってすぐの家なので、いつもその家の前を通ることになる。
そして毎回、私はその老婆に敵意丸出しの目で睨みつけられることになるのだ。
その老婆は集金の対象ではないので、話したことが一度もないと言うのに。
気にはしていたが、かかわらないほうがいいと考え無視を続けていた。
ところがある日、集金の対象者と激しく言い合い、頭に血がのぼっていた私は、帰り際に老婆と目があったとき、怒りを抑えることができなかった。
私は老婆に言った。
「こらっ! いったいなんだと言うんだ、このばばあ。文句があるなら出てこい!」
そのとき老婆以外の視線を感じた。
私のすぐそばに二人の中年男がいたのだ。
身なりからしてここの住人だろう。
男が言った。
「なにしてるんだ、あんた。でっかい声だして」
「こんなところにいられると、邪魔なんだが」
私は慌てて言った。
「いや、ここのばあさんが……」
二人は中を覗き込み、お互いの顔を見た後に言った。
「ばあさん? 誰もいないぞ」
「この家は何年も空き家だぞ」
終
老婆の視線 ツヨシ @kunkunkonkon
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