四等星のファンファーレ(10)

「なんの話してんの? 」



 トイレに行っている間にホームルームが始まっていた。何の話か分からず仲村に聞いてみるが、仲村はなぜか俯いたまま何も言わなかった。次の日になっても仲村の泣き顔は頭の中から消えることはなかった。ウイイレもうまくいかなくて、連敗したところですぐにやめた。俺は大抵のことなら次の日に忘れられるけど、仲村のあの顔は一生忘れられそうにない。

先生も、その他大勢も何も言わないまま、ただ時間が止まっているようだった。沢村の様子はいつもとかわらない。その他大勢は仲村と同じように俯いていたけど、仲村とは何か違う感じがした。席に着くとようやく担任の先生が話し始めて、止まっていた時間がようやく動き始めた。。



「おう、日比野。今文化祭の実行委員を決めていたところなんだ。クラスから二人出す決まりになっていてな。仲村がやってくれることは決まっているんだが、あと一人がどうしても決まらなくてな。」



 あぁ、なるほどな。そういうことか。教室を見渡す。誰とも目が合わないのに、全員からの視線を感じる。全員が俯いて、誰とも目を合わせていないのに連帯感を感じる。無言の圧力はやがて声となって俺の耳に届いた。

お前がやれよ。



 二年の出し物はダンスだ。うちの文化祭で一番楽しいのは二年のダンスだと羨まれるほど、ダンスは全学年の楽しみになっている。全部で四曲のダンスを覚えるのは大変で、誰がどの曲に参加するのかを決めるところから始める。そこからダンスを覚えて、みんなで練習し、フォーメーションを決めて全体で合わせないといけない。曲も誰かが一枚のCDにまとめないといけないし、曲と曲のつなぎ目に短い曲を入れて、ダンス間の人の入れ替わりの練習もしないといけない。当然、クラスで順位も付けられる。百周年の文化祭を百パーセント楽しむためには、一位にならなければいけない。要は、そんなことをしている暇がないんだ。



 誰も何も言わないまま、ただ時間だけが機械のように流れていくことに痺れを切らした先生が口を開こうと息を呑んだ瞬間、教室のどこかから誰かの声が飛んできた。



 仲村が一人でやればいいんじゃないですか。



 あー、なるほど。そういうことかよ。沸点があげられ、自分の中にも拓矢と同じように溜まっていた溶岩の存在を感じた。仲村と沢村以外に感じていたクラスへの不満が噴火しそうになった。目の前の席の仲村を見る。当然目が合うことはないが、仲村が何を感じているかは簡単に分かった。俯いていた背中はさっきより丸くなり、身体は小刻みに震えていた。入道雲が太陽を隠して教室が暗くなる。



 仲村は多分、虐められている。どこのどいつかわからないけれど、仲村を虐めるやつがいる。仲村の言葉には無駄がない。いつも言いたいことだけをきれいに浮き上がらせていく。無駄がない分勘違いされやすく、氷の女王かよって思うこともある。あれ? 俺よく生きてこれたな。確かに傷つくこともあるけれど、仲村は自分から誰かの悪口を言ったことはない。

 


 途端に背中が痒くなって、気持ち悪くなる。教室の空気は依然変わらない。むしろさっきの誰かの発言で、空気がどんより重くなる。無責任すぎるだろ。こんなんで文化祭がうまくいくもんかね。いや、むしろむしろ協力的だから、ダンスは大成功するだろな。そこまで言うなら、言ったやつにやらせれば・・・。そう思った瞬間、天井から子どものような声が降ってきて頭に当たった。



 なにしてんだよ颯汰、早く行こうぜ。



 俺は、いつから人任せにするようになったんだ? 小学校の頃に始めたサッカーも、中学の頃に始めたベースも、自分にできるかどうかなんて考えていなかった。いつも目の前のことしか見ていなかった。だからこそ、試合で勝てたとき、ライブをやり切ったときに眩しすぎるくらい感動したんだ。誰かに何かをやってもらうなんて考えたことなかった。できることやりたいこと関係なく、気になったらすぐにそこに飛び込んでた。苦手、嫌い、時間がないなんていつから思うようになったんだよ。実行委員をやれば勉強の時間が減る、じゃないだろ。昔の俺なら間違いなくどっちも選んでた。



 何やってんだよ颯汰、早く行こうぜ。こんなところでなにしてんのよ。



 拓矢の言う通りだったな。



 風が、教室に吹き抜ける。



「先生、俺やります。」



 気付けばその場に立って大きな声でそう言っていた。先生の「おぉそうか! 助かったぞ日比野。」という無責任な声も、教室中の「あぁ、よかった。自分がやらずに済んだ。」という腹立たしい安堵も気にならなかった。仲村の背中が、心なしか少し伸びたような気がした。いつの間にか背中の痒みと気持ち悪さがなくなって、軽くなった背中はなんだか懐かしい気がした。



 めんどくさいこと引き受けちゃったなー。これから放課後は文化祭の準備だろうし、クラスのダンスの練習もしないといけない。文化祭前にテストもあるから勉強もしないといけないし、いい加減三位に入らないといけなし。あ、ウイイレする時間もなくなるじゃん。



 でも、少なくともこの二学期は退屈で死にそうになることはないんだろうなぁ。



 太陽を隠していた入道雲が晴れて教室に光が差し込む。茶髪の前髪が太陽の光に当てられて黄金に輝く。今だけは、この瞬間だけは俺の髪がこの学校で一番きれいな気がした。



ホームルームが終わって一限目の準備をしていると仲村がくるっと振り返って、



「ありがとう。助かったわ。」



 と、静かに言った。え、誰? 仲村? 待って、仲村が優しいんだけど。明日嵐じゃん。



「俺さ、今ヒーローみたいだけど、これを機に俺のこと好きになったりしないでね。」



 そういうと仲村はいつものように檸檬の苦味を眉間に集めた。これこれ、仲村はこうじゃないと。



「・・・。私好きな人がいるから。」



「まじ⁈ え、誰⁈ 」






*****


第一章「四等星のファンファーレ」 終


次回から第二章「零時、ただし正午」をお送りします。

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