四等星のファンファーレ(4)
俺は小学生のころ、自分は不死身の天才だと思っていた。自分に解けない問題はなかったし、どれだけ走っても疲れることはなかった。「負ける」なんてことは想像すらできなくて、運動会の徒競走なんかはいつも一等だったし、テストなんて毎回百点だった。加えて自分の髪が茶色で緩い天パがかかっていたことは、自分が特別であるという神様からの贈り物であると確信していた。小学校三年生の時にはサッカーを習い始めた。それは隆也にやろうと誘われたのもあるが、隆也がボールを蹴る姿がかっこよくて、自分にはサッカーが似合うと思ったからだ。隆也と二人でサッカーをしている時は俄然無敵のような気がして、二人で出た試合はいつも大量得点で勝った。
中学に入ってからはベースを始め、四年間必死に練習したサッカーを簡単にやめた。庭にある物置を整理させられている時にたまたまベースを見つけて、「やってみろ、楽しいから」と親父に言われたから始めた。やってみると意外に楽しく、好きなものにはとことん熱中するタイプだったから、部活にも入らず放課後はベースの練習に費やした。勉強も特に難しいと思わなかったから、成績を落とさずに上達することができた。中二の文化祭では、友達でバンドを組んで舞台に上がることにした。サッカーの練習で忙しかった隆也も、「お前となら。 」と言ってドラムとして参加してくれた。初めてのことだらけで難しいことばかりだったけど、遅くまで音楽室を借りて練習した。本番では自分の後ろでドラムを叩く隆也を見て、サッカーの試合の時のようにまた無敵になれた気がした。本番は緊張のせいでミスを連発したけど、やり切った後は自分が全ての中心にいるような感覚がした。その興奮を、今でも忘れることができない。
俺の人生は、うまくいっていたのだろう。
けれど高校に入ってからは何かが違った。急に勉強ができなくなったわけじゃない。中学三年間をベースに費やしたブランクで運動ができなくなったわけでもない。でも、自分の中で何かがうまくいかなかった。高校には自分より頭のいいやつ、何をやらせても抜群の身体能力を見せるやつ。いろんなやつがいた。もちろん、才能以上に努力を惜しまないやつも。
だらだらと、ただ流れていくだけの毎日。自分の足に何かが絡まっていくような感覚。小学生の頃に比べて一等を取れなくなった自分。自分が努力を積んでこなかったことはわかっている。けれど自分が努力をすればなんとかなるとも思っていた。世界が変わってしまえば一等など簡単に取れなくなってしまう。もう半分しか残っていない高校生活で自分は何にも成し得ていないことが、少しずつ、それでも確実に何かを変えていった。
仲村さんは現文トップかー。蓮岡はまた一位だし。隆也は点数下がったって言っても全国行ってるしなー。
俺の知らないところで、誰かが一生懸命頑張っている。俺が想像もつかないような努力を。想像もできないような時間を費やして。みんながどれだけ努力をしているのか、見ないようにしているだけだ。
「四位なんて、誰も見ていないよな。 」
心の中で呟いたつもりだったが、自然と声に出ていた。
「そうか? 四位って大分すごいでしょ。あたしなんか百十位だよ。」
聴き慣れた声がする方に振り向く。背の低い茶色の髪をした、妖精のような女の子が俺と並んで順位表を見ていた。妖精は照らす夕焼けの光を独り占めしているようだった。聞こえてきた順位に目を移す。
百十位、七瀬和希
あ、いた。ちゃんと見てくれている人。
*****
七瀬和希は陽だまりのように明るく穏やかな茶髪だったが、口調はきつかった。俺の周りには見た目が穏やかなのに、口調がきつい人が多い。うちの高校は髪を染めているやつが多いけど、彼女の茶髪が一番きれいだった。
「でも四位だね。またデートはなしだな。 」
彼女の笑顔はニコッという音が聞こえてきそうなほど明るい。心なしかさっきよりロビーが明るくなったように見える。ロビーは、だ。俺の心は依然、暗いままだ。唇を噛みしめながら順位表を見る。
「そうだなー、またダメだったよ。 」
彼女と同じように笑っているつもりだが、頬が動いた感覚がない。元気がないことはバレていると思う。
「元気ないね。そんなにデートしたかったの? 」
ほらね、バレてるじゃん。黒く、ドロドロとしたものが渦巻いて肩に重くのしかかる。高校に入って初めて覚えた感覚だった。
「いや。ただ。悔しくてさ。 」
嫌でも言葉に感情をのせてしまう(少し嘘、デートはしたかった。)。こんな時は何を言っても悲しくなってしまうし、言い訳になってしまう。余計に喋りたくなる気持ちをやっと抑える。
「・・・。四位なんてほぼ一位みたいなものでしょ。二百四十人いるんだから。文句なんて誰も言わないでしょ。それにあたしはあんたが今回のテスト頑張ってたの知ってんだから。 」
ニコッという音が聞こえる。彼女の笑顔が目の奥に染み込んで、頭の中に澄み渡っていく。彼女はいつも頭の中で作った言葉をそのまま吐き出す。いつだってきれいで、透明な本音。
あの日もそうだった。
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