第17話 とある幼馴染の思い

 佐藤光希が神崎隼人に宣言した日。

 一学年上である三年の教室までその噂が広まっていた。


「聞いたか、二年の佐藤が同じ二年の神崎に無謀な宣言したらしいぜ」


 休憩時間中にその噂を聞いた私、斎藤沙耶は気が気ではなかった。思えば今朝から不穏な気配を感じていたのだ。

 今朝、いつものようにこーくん家にお世話しに行ったら、こーくんはいなかった。代わりに「沙耶姉ごめん。先に学校に行ってる。もう大丈夫だから」という書き置きがあった。

 それを見た私は慌ててこーくんを追いかけて学校に向かい、こーくんを探し回ったが見つからなかった。部活の朝練にも顔を出したけど、いなかった。ただ、珍しく松浦君が朝練を休んでいるのが気になったけど。

 結局始業チャイムの時間いっぱいまで探し回ったけど、こーくんは見つからなくて一旦諦めて授業を受けた。休憩時間に改めて探そうと思いながら。 そして、休憩時間になると先ほどの噂がどこからともなく流れてきたのだ。


(こーくん、あんなに傷ついたのにまた頑張るつもりなの……!?)


 こーくんが傷ついてボロボロになっていた時の様子を思い出す。


ー沙耶姉、俺疲れたよ……主人公目指すのー


(ダメっ!これ以上はこーくんが壊れちゃうっ!)


 私はこーくんを止めなければと改めて感じた。

 今までの思考から分かると思うけど、正直なところ私はこーくんが主人公を目指すことに反対している。こーくんが主人公を目指して傷つくところを見たくないから。


 だけど、皮肉なことにこーくんが主人公を目指すことになったきっかけの一端は私にもあるの。


 こーくんとは生まれた時からの付き合いで、幼い頃から一緒に遊ぶことが多かった。あの頃の私はいつもお姉ちゃんぶっていて、こーくんの面倒を見ることでしっかり者のお姉ちゃんをアピールしていたんだと思う。

 お姉ちゃんとしてこーくんの喜ぶことをしてあげようと、こーくんが一際興味を持った主人公が大活躍する物語の読み聞かせをよくしてあげていた。こーくんがたくさん喜ぶから、私もたくさん読み聞かせをしてあげた。そうしてこーくんはどんどん主人公という存在にのめり込んでいったの。

 最初はこーくんが主人公を目指すこと応援していた。けど、中学の時、こーくんが傷ついて主人公になることを諦めかけた時があった。

 その時に私は思ってしまった……。


(主人公を目指すことが本当にこーくんのためになっているのかな……?)


 現にこーくんは主人公を目指したことで傷ついてしまったのだ。

 また、こーくんは主人公になるため幼い頃から勉強に運動にと、もの凄い努力をしてきた。周りの子たちが遊んでいる中一人で。本当だったら無邪気に遊んでもいいのに、こーくんは頑張り続ける。

 主人公を目指すことで、こーくんは周りの子のように遊んだり、ゲームしたり、買い物したりといった普通の事が出来ないのではないだろうかと考えるようになっていった。

ーーだとしたら、私のせいだ。こーくんが幼い時に読み聞かせなんてしなければ良かった。そう思ったりもした。

 だから私はこーくんが傷ついて主人公になることを諦めたかけた時、


「こーくんが主人公じゃなくても私はこーくんの側にいるよ」


 と、伝えた。こーくんが主人公を諦められるように。

 結局、こーくんは私の思いとは裏腹に主人公を目指すことを諦めなかったんだけどね。

 そして最終的にはこーくんが無理しないように私が注意してみてるという関係に落ち着いた。


 でも私は今でもこーくんが主人公を目指すことは心の中では反対している。


 だから今回、神崎君が現れてこーくんが主人公を目指すこと諦めたとき私は少し嬉しかった。

 確かに、今はつらいかもしれない。でも、主人公を諦めることで今後こーくんが傷つくことが減るんだよ。これからは私が守るから。

ーーそう思っていた。


 だけど、こーくんはまた主人公を目指そうとしている。恐らく、柊香澄という女のせいだろう。あの女が来てからこーくんは変わってしまった。

 許せない。思えば、初めて会った時からあの女とは合わないと感じていたのだ。


(柊香澄……あなたの思いにこーくんを巻き込ませない)


 柊香澄、あなたはこーくんに主人公を目指してほしいと思っているかも知れない。でも、そうすることでこーくんが傷付くんだよ。私にはもう耐えられない。


 柊香澄を見てると昔の自分を少し思い出す。こーくんが主人公になること応援していた頃の自分を。だから柊香澄のことを敵視してるのかもしれない。だから、柊香澄に分からせてあげる。あなたの思いがいかにこーくんを傷付けているのかを。


(こーくん、無理しないで……!)


 昼休憩にこーくんと話をしようと思い、私はこーくんのことを思いながら昼休憩が早く来ることを願ったのだった。

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