第15話 決意する主人公1

 柊が俺の家にきたその日の夜。

 俺はベットで寝転がりながら今日の事を思い出していた。


ー主人公ってのは誰だってなれるものよー


ーあんたの思い次第で主人公にはいくらでもなれるわー


 今日柊に言われたことが頭から離れない。

 柊が俺に言ったことは正直俺の目標を、価値観を、世界を、否定することと同じだ。だってそうだろ?俺は今まで格好良くて、強くて、何でも出来て、どんな困難も乗り越える、そういう奴が主人公だと、そう思っていた。

 しかし、柊は誰にでも主人公になれる、そう俺に言った。そんなこと言ったら、今までの俺の頑張りは何だったんだということになる。

 例えば、テストでいい点とろうと頑張って勉強したはいいものの、テスト難易度が思ってたより低くて、勉強してない奴含めて全員満点を取ってしまったようなものだ。

 無駄な努力、やるせない気持ち、そんな感じだ。


ー違うわー


 そんな声が聞こえた気がした。


「っ!」


 そうだ、柊はそんな意味で俺に言ったわけじゃない。俺はもう主人公なんだと、そういう意味で言ったのだ。俺の今までの頑張りを含めて、俺の物語なんだ。そして、その物語の主人公なんだ。

 そう思うと不思議と自信が沸いてきた。俺は主人公なんだ。俺は紛い物なんかじゃないだ。


ーあたしにさ、見せてよ。佐藤の創り出す物語を。佐藤が主人公の物語をー


 そう言われたことを思い出して胸が熱くなる。

 そうだ、俺の物語はまだまだ終わっていない。物語が終わらない限り俺は主人公なんだ。

 神崎は主人公なんかじゃない。ただの登場人物だ。俺を成長させるための物語のイベントにすぎない。例え周りに否定されようが、俺が主人公だと思えば、頑張れば、諦めなければ、物語は終わらない。それに俺を信じてくれる人もいるしな。


 俺の中でどんどん熱い思いが膨らんでいく。


「一丁やってやるか……」


 俺は熱い思いを胸に、静かに決意した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 次の日の朝。

 俺は学校の校門の前である男を待っていた。朝早いということもあって周りには誰もいない。ある男は朝練で早くに登校するため、だから俺はこうして朝早くに校門で待っているのだ。


「沙耶姉には悪いことしちゃったな」


 沙耶姉には何も言わずに学校に来てしまったのだ。一応書き置きはしてきたがきっと心配しているだろう。でも、俺は一刻も早くある男に会いたかったのだ。後で沙耶姉にはたくさん謝ろうと誓い、俺はある男を待った。


 暫くすると、ある大柄な男が登校してきた。ーそう、松浦だ。松浦は俺に気付くと歩みを止めて俺を見つめてきた。松浦は一瞬嬉しそうな表情を浮かべたが、直ぐに不安な表情をして俺を様子を伺っている。俺はそんな松浦にいつもの感じで話し掛けた。


「松浦……今からピッチング練習に付き合ってくれないか?」


「佐藤……」


 そう言って俺は松浦を連れてグランドの片隅にある自主練場所に向かった。松浦は何も言わずに付いてきてくれた。


「ここはお前の……」


「ああ、俺の自主練場所だ。ここならお前とゆっくり話せると思ってな。まあ、取り敢えず俺の球、受け止めてくれないか?」


「あ、ああ……」


 暫くお互いに無言でピッチング練習を続けた。

 三日ぶりに投げたが、全然問題なかった。それどころか今まで一番調子が良い感じがした。


 俺の球を直で感じてる松浦も、俺の調子の良さを理解してか、難しいコースを要求してくる。 ストライクゾーンギリギリだったり、左右に大きく揺さぶりをかけるリードをしてきたが、俺は松浦の要求に全て応えた。


 この時俺と松浦は、何も語らずとも通じ合えた、そんな気がした。


 一通り投げ終わって落ち着いてきた頃俺は松浦に話し掛けた。


「柊から聞いたよ。ありがとう俺を信じてくれて」


「な、なんだよ、いまさら……」


「松浦が信じてくれたおかげで俺は立ち直ることが出来たんだ。だから本当に感謝してる」


「……当たり前だ、お前と俺は最高のバッテリーだからな」


 俺は松浦に感謝を伝えた。

 松浦は最初は照れていたが、俺の感謝を受け入れてくれた。


「俺は神崎から必ずエースを取り戻す。だから待っててくれ。今日はどうしてもそのことを伝えたくてな」


 そして俺は松浦に宣言した。正直、今日松浦に会いたかった理由のメインはこっちだった。


「あ、ああ!分かった!絶対勝てよ!」


 俺の宣言に松浦は最初こそ驚いていたが、次第にその言葉を待っていたと言わんばかりに応援してくれた。


「ところで、勝算はあるのか?」


「そんなものはない!だけど、俺と松浦は最高のバッテリーなんだろう?それなら、神崎に必ず勝てるさ!」


「おまっ、俺の恥ずかしい台詞パクるなよ!」


「はははっ!」


 ああ、俺は何で気付かなかったんだろう。直ぐ側にこんなにも俺を信じてくれる仲間がいたのに。松浦となら神崎にも勝てる、甲子園だっていける、そんな根拠もない自信が沸いてきた。


ーキーンコーンカーンコーン


 そんな風にお互い笑いあっていると登校終了のチャイムが鳴り響いてきた。


「やべぇ!後少しでホームルーム始まるぞ!」


「走るぞ!ってか朝練サボっちまった!」


「そんなこと考えるのは後だ!とにかく走るぞ!」


 俺たちは慌ただし片付けて、教室に向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 あの後松浦とは廊下で別れて、それぞれのクラスに向かった。何とか先生がくる前に教室に着くことが出来きたが、俺は扉の前で立ち止まり深呼吸をしていた。


「はぁ~、ふぅ~」


 俺は緊張していた。足は震え、心臓もばくばくしている。そりゃそうだ、俺はこの後とんでもないことをやらかす予定なのだから。俺の行動は周りから見たら馬鹿なことと思われることだろう。でも、俺自身の為にもやる必要があるのだ。そう決意を固めて、無理やり落ち着かせた。


「よしっ、いくか」


 そして俺は扉を開けて教室の中に入って叫んだ。


ーガラガラ


「お前ら、よく聞けーっ!!!」

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