第14話 交差する思い2

 柊が目に溜めた涙を溢しながら叫ぶ。


「あたしがっ……!あたしがどんな想いでっ……!あんたに勝負挑んでたかっ……!」


「あたしは別に学年一位なんて興味ないわ!!!」


「あたしはただあんたに認めて欲しかった!それだけなのに!!!」


 俺に認めて欲しい?あの柊が?どういうことだ?

 柊は去年の夏ぐらいからいきなり学年二位に浮上してきて、そこからいつも競い合ってきた。出会った当初から俺の事を目の敵にしてきたので、負けず嫌いな奴だなと思っていた。きっと俺のせいで学年一位になれなくて、だから俺の事目の敵にするのだろう、そう思っていた。

 だから今回神崎が学年一位になって、今度は神崎の事を目の敵にするのだろうと思っていたが違うのか?

 柊の様子を伺うと、先ほどまくし立てる様に叫んだせいで息を切らしていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 俺は柊の想いを聞いて戸惑い、何も言えないでいたが、先に息が整って落ち着いてきた柊が俺の戸惑いを感じ取ったのか、理由を説明してくれた。


「佐藤……覚えてる?去年さ、佐藤があたしのこと誉めてくれたことあったわよね?ほら、ノートが綺麗とか言ってたときのことよ」


「あ、ああ……、そんなこともあったな」


 あの時は柊が急に怒って俺に食って掛かってきたので驚いたことを覚えてる。思えばあの後から柊がテストの度に賭けをしてくるようになったのだ。


「あたしさ、あの時すっごい嬉しかったの。あの時佐藤はあたし自身の頑張りを褒めてくれたでしょ?それはあたしがその時に一番欲しかった言葉なの」


 あの時は柊が学年二位なってから縮まる一位と二位の差に脅威を感じいた。だから柊のことを注意深く見ていて、柊がめちゃくちゃ頑張ってることを知ったんだ。だから俺は柊からの八つ当たり的な責め立てにも正面から受け止めることが出来たんだ。


「佐藤にとっては何気ない一言だったかも知れないけど、あたしはその時の一言で救われたのよ」


「救われた?」


「実はあたし、中学のとき佐藤と同じ様な経験をしたことがあるの……同じ様な経験って言っても佐藤よりはまだマシだったけどね。相手は神崎じゃないし」


「え、柊も……?」


 柊の話の中で気になることがあって、柊に聞いたら衝撃の事実を知ることとなった。俺が驚きを隠せず戸惑っていると、柊が皮肉気に自分自身の過去を語ってくれた。


「あたしさ、今でこそあんたに負け続けてるけど、中学の頃は常にテストで一番だったのよ。今までのあんたみたいにね。でもね、中学三年のときに転校生が来てあっという間に一番を奪われたわ……その転校生は神崎と同じ本物の天才だったのよ。最初はその転校生に勝とうと頑張ったわ……でも無理だった。勝とうとすればするほどを転校生との差を思い知ったわ」


「しかもその時のあたしって自分の事しか考えないような嫌な奴だったの。一番という結果を出すことで周りから許されていたようなものなのよ。だから、一番じゃなくなったとき周りの手のひら返しは凄かったわ。流石に昨日まで話してかけてきた人たちが全員転校生に話しかける光景を見たときは流石に堪えたわ……」


 俺の状況と同じだ…。

 だから神崎が編入してきたときに、俺の事を心配してくれたのかと納得した。

 俺は柊がその後どうなったのか気になったが、正直聞くのを躊躇した。これ以上柊の過去に踏み込んでいいのか、と。

 でも、俺は知りたかった。柊のその後を聞ければ何か解決策が見つかるかもしれないと淡い期待を感じていたのだ。


「ひ、柊……柊はその後……どうしたんだ?」


「結論言うとね、あたしはそのときに逃げだしたのよ。途中から学校に行かずに家に引き籠ってたわ。丁度今のあんたみたいにね。そして転校生とは別の進学先である草薙学園に来たってわけ」


「……」


 正直柊が逃げ出したなんて信じられなかった。でも、柊の様子見る限る嘘を言ってる感じはしない。ということは、柊の話は本当だということだ。柊でも、逃げ出すということしか出来なかったのだ。

 俺は柊の話を聞いてますます絶望した。やっぱり立ち向かうのは無理なのか、と。そう思うのと同時に少し安心した自分もいることに気付いた。やっぱり無理だから逃げ出すのが正解なんだ、と。


「逃げ出したらその時は楽になるけど、後々逃げ出したという事実が自分自身を苦しめるわ。あたし自身も佐藤に会うまで苦しめられたわ。だから佐藤にはあたしと同じ様な道を辿ってほしくないの」


「柊でもダメだったんだ、俺にどうしろというんだよ……」


「それは分からないわ、あたしは逃げ出しちゃったからね……でも、あたしは信じてるわ。佐藤は絶対に神崎に勝つって」


「柊が俺のこと信じてるのは分かった……でも、周りの奴らが認めてくれなかったら意味ないじゃないか」


 柊の想いは痛いほど伝わった。俺のことどれだけ信じてるのか。俺の為に、本当は言いたくないであろう自分の過去のことまで話してくれて。でも、結局神崎に勝ったとしても、周りの奴らは俺を否定する。

 そんな俺の反論を柊は冗談っぽく一掃する。


「いいじゃない、このあたしが信じてるのよ。それだけで十分じゃない?それにあたしだけじゃないわ、佐藤のこと信じて待ってる人もいるのよ」


「!?」


「同じ部活の松浦よ。今日わざわざうちのクラスまで様子を見に来てたわ。いつまでも待ってる、佐藤にそう伝えてくれって言われたわ。確かに佐藤の事悪く言う奴はいるわ。でもこうやって佐藤のこと信じてる人もいるのよ」


 松浦……。

 レギュラー発表の時に呆れられたと思っていたけど、まだ俺のことを信じてくれてたのか。

 なんでなんだよ、なんでそんなに俺のことを信じられるんだよ。


 俺は柊や松浦が思うほど凄い奴じゃない…。

 俺は主人公憧れたただの凡人だ。

 神崎のように才能があるわけではない。主人公じゃない。


 俺は……!俺は……!


「佐藤」


 俺が葛藤していると、いつの間にか涙を拭った柊が優しい笑みを浮かべて俺に諭すように語りかけてきた。


「佐藤、あんたは今自分に自信がなくなってるでしょ?神崎に負けて、周りには否定されて……分かるわよ、だってあたしもそうだったもん」


 完全に見透かされていた。柊自身過去に同じ事を思ったのだろう。

 確かに俺は自分に自信が持てなくなっていた。だから柊や松浦の想いに答えられないでいる。


「そして挙句には主人公になる夢まで諦めかけているでしょ?というか佐藤自身が神崎のことを本物の主人公だと思ってる……違う?」


 そうだ、神崎が本物の主人公だ。俺なんかは紛い物だ。だから、神崎に負けるし、周りからも認められない。


「確かに今の佐藤は主人公じゃないかもしれないわ。そりゃそうよ、だって神崎のことを主人公って思いこんでるんだもの。佐藤は勘違いしているわ。主人公ってのは誰だってなれるものよ」


 柊は何を言ってるんだ……。

 主人公は誰にだってなれるだって?そんなわけない。主人公は格好良くて、強くて、何でも出来て、どんな苦難にも乗り越える。

 それに比べて俺は、神崎に負けて周りからの否定されたぐらいで、こうして引き籠ってる。格好悪いし、弱い男だ。

 そんな奴が主人公になれるわけがない。


「佐藤は難しく考えすぎなのよ、誰だって自分が主人公だって思ったらその瞬間から主人公なのよ。だってそうでしょ?物語の主人公みんなが神崎みたいに凄い奴なわけないじゃない。主人公は物語によって千差万別よ。物語だって数えきれないほどあるわ。その中に主人公に憧れる男の物語、そんながあってもいいとあたしは思うわ」


「!!!!」


「確かにあんたには理想とする主人公像というのがあって、なかなか自分が主人公って思えないかもしれないわ。でもね、あんたの思い次第で主人公にはいくらでもなれるわ……馬鹿ね、こんな簡単なことにも気づけないなんて」


 俺は柊の言葉に衝撃を受けた。

 確かに柊の言う通りだと思ったのだ。物語の数だけ主人公がいて、主人公の数だけ物語がある。俺の憧れる主人公は数えきれない物語の中、ほんの一部でしかない。中には俺のように格好悪くて弱い男の物語だってあるかもしれない。


「あたしにさ、見せてよ。佐藤の創り出す物語を。佐藤が主人公の物語を。あたしは中学の時、物語から逃げ出しちゃったけど、あんたならきっとできるわ」


ーあたしも、佐藤のおかげで新しい物語を見つけたからー


 そんなつぶやきが聞こえた気がした。


 だか、今の俺にはそんなつぶやきを気にする余裕は無かった。


 俺の物語か……。

 俺の憧れる主人公の物語じゃなくて俺自身の物語。格好悪くても良い、情けなくても良い、ありのままの俺で良い、そう思うと肩の荷が降りた気がした。


「柊……俺は……俺は……!」


 俺は沸き上がってきた想いを柊に伝えるべく声を挙げようとした。しかし、想いを伝える前に柊が急に顔を真っ赤にしてあたふたし始めた。


「ごめん、しゃべりすぎたわ。そろそろ帰るねっ」


「ひ、柊!ま、まてっ!」


「それじゃっ」


最後にそう言って柊は俺の部屋から駆け足で出て行った。その様子を見て、俺は呆然として立ち尽くすことしかできなかった。


少しして沙耶姉が俺の部屋にやってきた。


「こーくん、大丈夫?……あっ!頬が赤くなってる!は、早く冷やさないと!」


「沙耶姉、大丈夫……これは治療しちゃダメなやつなんだ」


 柊に叩かれたところが熱を持っているが、それが妙に心地良かった。なんだか、俺の冷めた心を再び燃え上がらせてくれる様な気がしたのだ。


「?……どういうこと?」


「男の勲章みたいなものだよ。沙耶姉ごめん、ちょっと一人にさせてほしい」


「?……わかった」


沙耶姉は終始首を傾げていたが、俺の要望通り一人にしてくれた。


「柊……今度は俺がお前に救われたよ」


俺は誰もいなくなった部屋で柊に心から感謝した。

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