第11話 とある少女の思い1
佐藤が学校に来なくなって今日で三日目。
あたし、柊香澄は授業に集中出来ないでいた。
「佐藤……」
そうつぶやいて教室で一つだけぽっかりと空いた席を見つめる。佐藤を最後に見たのは三日前の朝、登校した時だった。
廊下で走り去っていく佐藤を見かけて声を掛けたがそのまま走り去っていったのだ。
その時の佐藤の表情がとても辛そうで、その姿が頭にこびり付いて離れない。
佐藤が辛そうに走り去っていった時、あたしは追いかけることが出来なかった。躊躇してしまったのだ、佐藤の気持ちが痛いほど理解できたから。
実はあたしは過去に佐藤と同じ様な経験をしたことがあるのだ。
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それは中学生の頃の話。
当時のあたしはテストの結果で常に学年一位を取っていた。両親が厳しく、塾に毎日通わされていたのと、元々物覚えが良いほうで頭が良かったということもあり、そうなることは必然だった。
あたしの両親は特に勉強に関して厳しく
「いっぱい勉強して良い大学に入ったら必ず幸せになれるから」
と言って幼い頃からあたしに毎日勉強を強要してきた。あたしも両親の期待に応えようと必死に勉強したのを覚えている。
そして学年一位という結果を両親に伝えると喜んでくれたし、褒めてくれた。だからあたし自身も学年一位だったことは誇りだったし、あたしにはそれしかないと思っていた。
今思えば当時のあたしって本当嫌な奴だったと思う。両親の期待に応えることばかり考えて、常にテストの結果を追い求めていたこともあり、結果の悪い人たちを内心見下していたし、そのことは周りも分かってたと思う。
でも、学年一位という結果を出せば、周りは誰も文句言わないし、人が寄ってくる。
全て上手く回ってたの、中学三年までは。
中学三年になって転校生が現れてから全てがひっくり返った。転校生は神崎ではない。そもそも女の子だった。でも神崎と同じ雰囲気を醸し出していた。
そうーその転校してきた女の子は紛れもない天才だった。転校してきて早々のテストで学年一位の座を圧倒的差で奪われてしまったのだ。
その時かな、あたしの中の歯車が崩れ始めたのは。それからはあっという間だった。みんなあたしより凄い転校生のもとに集まるようになった。
そして元々学年一位という結果で黙っていた人たちはあたしを貶し始めた。両親も学年二位という結果に落胆していたのを今でも覚えている。
最初は転校生に勝とうと頑張ったけど、無理だった。近くで見れば見る程勝てるビジョンが浮かんでこなかったし、周りの手のひら返しのダメージが大きくて頑張れなかった…。
結局、どんどん空回りしてテストの結果が落ち込んでいって最後には学校に行かなくなった。
幸いにも今までの成績が良かったのと、中学三年の後半からだったので無事卒業はできた。
そんなあたしの様子を見かねた両親からの提案で、高校は県外の草薙学園に行くことになったのだ。
あたしは逃げ出したんだ。あの転校生から。あの学校の人から。あの町から。
正直両親からの提案にホッとしたあたしがいたの。あの転校生から離れられるって。
そのことに気づいて余計に傷ついたし、落ち込んだ。そしてどんどん自分に自信が持てなくなっていった。
高校では勉強を頑張るのをやめよう。頑張ってもどうせ、天才が現れたら負けるんだ。
そう思っていたーー入学式の新入生代表であいさつをしたある男の子を見るまでは。
新入生代表は入試トップの人が行うのが通例であり、あたしはどんな天才がトップなんだろうと少し気になっていた。
しかし、蓋を開けてみるとどこにでもいそうな平凡な男の子があいさつをしているではないか。
あたしは目を疑ったわ、でも本当だった。入学して初めてのテスト結果でもその男の子は一位を取って見せた。
気になったあたしはその男の子の事を観察することにした。今更だけどストーカーみたいなことして恥ずかしいと内心思った。
観察して分かったが、その男の子は俗にいう天才とはかけ離れていた。お世辞にも要領が良いとは言えず、愚直なまでのひたむきな努力と諦めない心でのし上がってのきたのだ。
そのことを知ったあたしは逆に怒りが込み上げてきた。昔の自分を見ているようで許せなかった。
あたしはその男の子に思い知らせてやろうって思ったわ。そんなに努力しても本物の天才には勝てないってことを。
燃え尽きていたあたしを再び燃やしたのはそんな不純な動機だった。
それからはその男の子に追いつき勝つために再び頑張って勉強し始めた。最初は一回けちょんけちょんにして心へし折って終わりの予定だった…でも、あたしはあの時から一回もあの男の子に勝てないでいる。
あまりにも勝てなくて男の子に八つ当たりみたいなことをしたこともあったわ。
「なんでそんなに頑張れるの!?」
「どうせ本物の天才には負けるのよ!?」
そんなことを言って男の子を散々に貶してしまった。
でも、その男の子は
「柊ってさ、主人公に憧れたことあるか?」
「俺はさ、その主人公になりたいんだ」
と素っ頓狂なことを言い出したの今でも覚えている。その男の子は今でもそんなこと言ってるから、本当の夢なんだろう。
今ではあきれて逆に応援しているぐらいだけど、当時は馬鹿にしてるのかと思ったわ。
そんなことを思ってるとその男の子は不意にあたしが今まででずっと欲しかった言葉を言ってくれた。
「それにさ、柊も頑張ってるじゃん」
「え……?」
「柊のノート、前に見たけどめっちゃ綺麗だった。あんなに綺麗に書けるってことは今までめっちゃ頑張ってきたってことだろ?」
「あと柊時々手を押さえてるだろ?あれ多分勉強しすぎて手が痛いんだろ?俺も良くなるから分かるよ」
「……」
あたしはその言葉を聞いて泣きそうになった。あたしはこの時その男の子の言葉に救われた。
今まで結果しか求めなかった周りの人達と違ってその男の子はあたしの頑張った中身まで認めてくれた。ああ、この人はあたし自身を見てくれてる、そう思ったら凄い嬉しかった。
「それにさ、本物の天才に勝ってこそ本物の主人公になれるんだぜ」
「ふふっ、なにそれ」
恥ずかしいこと言ったと思った男の子が誤魔化すために茶化す様にして言った。鼻を掻いて少し顔を真っ赤にしていた。その様子をみてあたしは久しぶりに心から笑うことが出来た。
そんなことがあってからあたしはその男の子のことを意識するようになった。
元々意識はしていたんだけど、異性として意識し始めたのはその時かな。
そうして、今日までその男の子と競い合ってきて、今のあたしがあるわけよ。
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皆さんが察しの通り、男の子とは佐藤の事なのだが…回想中でも恥ずかしくて名前を言えない柊ちゃんであった。
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