第6話 本物の主人公3
放課後、神崎を連れて野球部に向かった。
途中神崎から前の学校で野球部に所属していたことを聞いた。しかも俺と同じポジションのピッチャーだったらしい。
「佐藤もピッチャーなのか」
俺と同じポジションだと伝えた瞬間、少し悲しそうな声で返答してきたのがちょっと引っ掛かった。
本来であればすぐさま部室に向かうところだが、監督はグランドにいるのでそこに向かった。
「監督!入部希望者を連れて来ました」
「おい、まだ新入生の入部は受け付けていないぞ」
グランドのベンチに座っていた監督に早速神崎を紹介した。そうしたら、新入生だと勘違いした監督が入部を拒否してきた。
「違います、編入生ですよ」
「あん?編入生だ?」
編入生と聞いて監督は少し眉を潜めた。恐らく監督は神崎の扱いについて考えているのだろう。
正直二年生からの入部は俺たち部員から見てもあまり歓迎できないのが本音だ。別に意地悪を言っているわけではなく、それはどの部活にでも言えることなのだ。
なぜかというと、部活での一年間の付き合いというものは皆が思っている以上に信頼関係やチームワークに活きてくる。一年生から苦楽を共にしてきた仲間、そこに途中で混ざろうとするとそこに淀みが出来るのは当然だろう。
だからといってまだ付き合いの浅い、一年生たちに混ざろうにも二年生という枠組みが邪魔してくる。正直、先輩後輩で腹を割って話せる関係というのはとても難しい。
そういうのもあって、途中の入部はあまり好ましく思われないのが現状だ。普通であれば。
しかし、神崎は普通ではなかった。
監督の指示で神崎の実力を測るためピッチング練習をさせてみたところ衝撃的な事実が分かった。
バゴーン!バゴーン!
圧倒的球威と球速だった。ボールがキャッチャーのミットに入る音が他のピッチャーと一線を画していた。ちなみに加藤先輩のミットの音がパーン!で俺がパシッ!レベルだ。これだけで圧倒的差が分かって貰えると思う。
180センチ以上の長身から繰り出される恐らく150キロ以上あるであろうの剛速球を見て、誰も打てる気がしないと思ったことだろう。
「神崎、これからはレギュラーメンバーと練習してもらう」
監督が神崎の実力を見て、そう指示した。
通常であれば、入部したばかりの人は一年生と同じく基礎練習を行うのだが、それを飛ばしていきなり主力メンバーと練習となった。
神崎の実力を見れば当然だろう。だが、俺は神崎の実力を認めるのと同時に焦りも感じていた。
このままではエースの座も奪われてしまうのではないだろうか、と。
「佐藤気にするな、お前こそがうちのエースだ」
俺の心中を察してか、松浦がそう言って励ましてくれた。
「ああ、そうだな…」
そんな松浦の気遣いを気のない返事で返してしまった。正直、動揺しすぎて俺も周りを気遣う余裕がなかったのだ。
そうして新しいメンバーを加えての練習が始まったのだった。
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野球部の練習が終わり辺り一面が暗くなっている中、俺はグランドの片隅で校舎の壁にボール当てをして練習をしていた。
俺は野球部の練習後は毎日こうして壁相手に一人でピッチングの練習をしている。練習内容としてはよく野球漫画で見かける壁にストライクゾーンを描いてその中にボールを投げるといった制球精度上げる練習だ。
制球精度とは所謂コントロール力とも言われ、狙ったところにボールを投げれる力を指す。
俺の投げる球には神崎や加藤先輩のような球威や球速がない為、代わりにこうやって自分の強みである制球精度をいつも鍛えている。
球威や球速は才能に影響することが多く、俺にはどう頑張っても神崎のような球を投げることが出来ない。
球威や球速は身体的影響がとても強いと言われている。よくわからない人は振り子イメージしてほしい。振り子のひもが長ければ長いほど球の威力は上がると思う。それと同じで体が大きく、腕が長いほど威力のある球を投げれるということだ。他にも足が長さを活かした大きい踏み込みやバネのようなしなやかな動き等、どれをとっても生まれつきによるところが大きい。
俺の普通の体では到底真似できないところだ。
「こーくん、まだ練習するの?」
「沙耶姉ごめん、もうちょっとだけやらせて」
沙耶姉が心配して声をかけてきた。沙耶姉は部活後も一緒に残って、俺が練習を終わるのをいつも待ってくれる。
いつもであれば日が暮れる前に終わるのだが、今日はいつもより練習時間が長い為心配しているのだろう。
「神崎くんの球を見て焦ってるんでしょ?だからといって無理しちゃダメだよ」
「沙耶姉は何でもお見通しだなぁ」
図星だった。しかし、こうやって練習してるほうが落ち着く。
練習していると少しづつ自分が成長していくのが分かるから安心する。
「あたりまえだよ、何年一緒にいると思ってるのよ」
「ははっ、沙耶姉にはかなわないなぁ」
少し、肩の力が抜けた。確かに無理をして体を壊したら元も子もないもんな。そう思い、練習を切り上げることにした。決して沙耶姉が怖いから切り上げた訳ではない。
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沙耶姉の家の前。沙耶姉からキツく言われた。
「良い?今日はいっぱい練習したんだから早めに寝るんだよ?」
「分かったよ。沙耶姉は心配しすぎだよ」
「もうっ、それじゃおやすみ」
「おやすみ沙耶姉」
沙耶姉は最後まで俺のことを心配して家に帰っていった。
「ごめん、沙耶姉」
今日の授業でも神崎の凄さが分かったんだ。中間テストで神崎に負けないためにも少し無理してでも勉強しないと。
打倒神崎!と胸に誓いながら俺の長い勉強尽くしの夜が更けていった。
この時は思いもしなかった……神崎に俺の全てが奪われることになるなんて。
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