第7話 主人公交代の時1
あれから一ヶ月と少し。
この期間中、神崎が優秀だということが嫌な程分かった。授業では先生に聞かれたことを完璧に答え、体育等では抜群の運動神経を見せつけられた。
もちろん俺も負けじと張り合ったが、普段の授業では明確に優劣をつけること出来ないでいた。そりゃそうだ、授業は学ぶ場だ。決して、優劣をつける場ではない。
しかし、ある程度の優秀さは授業で判断できることもあって、周りからは
「ついに佐藤の奴、神崎に負けるんじゃないか」
「不動の学年一位がついに崩れるか」
「神崎くんの方が絶対凄いよ」
そう言ったことがささやかれていた。
もちろん好き勝手言われて腹が立ったが、次のテストで証明してやると思い我慢した。
そんなこんなで俺はこの期間中もどかしい気分だったのだ。
しかし、今日はついに中間テストの結果発表の日だ。
テストの出来はいつも以上に最高だった。恐らく神崎を意識して勉強量を多くした結果だろう。
自己採点の結果、過去最高得点の手応えを感じていた。そういう事情もあり、俺は朝からとても気分が良かった。
沙耶姉に朝から「何かいいことあったの?」の聞かれるぐらい顔に出ていた。いかん、いかんこれから朝練だ。気を引き締めなくては。
そして部活の朝練後、俺は直ぐに着替えて、テスト結果が貼りだされる廊下に向かった。加藤先輩と監督が何か話しているのが傍目で見えたが、それどころではない。
ちなみに俺はテストの結果が気になってしょうがないのに、俺が気にしてる当の本人である神崎は何事もないかのように着替えていた。
くそっ、神崎にとってテストの結果は興味ないのかよ。そんなことを思いながら駆けて行った。
2年生の廊下には一足先に柊が待機しているのが見えた。あっちこっちに視線を動かして誰かを探しているみたいだ。
そう思っていると俺と目が合った。柊は俺を見かけるや否や顔を綻ばせた、かのよう見えたが一瞬でクールな表情に戻った。
「来たわね、今日は随分早い登場ね。もしかして今回のテストの結果自信ないわけ?」
そう言っていつもように挑発しながらこちらに寄ってきた。その様子を見て、俺は「柊ってなんか表情すぐ出るし、犬みたいだな」と若干失礼なこと思ったのは内緒だ。
「いや、自信ありまくりだ。自己採点で過去最高点だったぜ」
「あら奇遇ね、あたしも過去最高点なのよ」
「はははっ」
「ふふふっ」
もしアニメや漫画だったら俺と柊の間に火花が散っているだろう。そうやって柊と話している間にたくさんの人が集まってきた。それに伴ってどんどん騒がしくなっていく。テストのたびに発生する現象だ。皆テストの結果が気になるのだろう。
「佐藤」
「どうした柊」
「例えどんな結果になっても佐藤は佐藤のままでいてよね」
相変わらず騒がしいなぁと思っていると、柊が急に真剣な声で俺に警告をしてきた。柊は不安と心配が入り混じったような表情をしている。
どういうことだ?と問いかけようとしたら周りが一層騒がしくなった。
先生たちがテスト結果の用紙を持って現れたのだ。先生たちは手際よく用紙を廊下に貼りつけると、「始業には遅れるなよ」と注意して戻っていった。
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一位 神崎隼人 498点
二位 佐藤光希 480点
二位 柊香澄 480点
四位 …
「!!!」
俺は廊下に貼りだされたテストの結果を見て、愕然とした。一瞬息が出来なかった。声が出なかった。頭が真っ白になった。
俺の結果は過去最高点だ。間違いない。どの教科も90点後半を叩き出した最高の結果だ。
それなのに二位。二位。二位。二位。二位。
一位は神崎隼人、498点。見間違えかと思った。498点なんて最低三科目は100点ってことだ。まず、あり得ない。そんなこと実現できるなんて普通じゃない。
どういうことだ?神崎は普通じゃない?いや、まさかカンニングか?いや、あり得ない。
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで…
「やっぱり……」
「佐藤……気にしちゃだめよ、お互い次のテストで頑張りましょう」
柊が何か言っているが、俺はそれどころではなかった。俺は二位という結果を受け入れられずに困惑していた。
「そ、そんなことより見てよ!あたしついにあんたに追いついたわ!凄いでしょ?」
柊は俺の事を想ってか、明るい口調で無理やり話題を変えようとしたが、俺はついに我慢できずに駆けだした。
「佐藤っ!まってっ!」
柊の引き留める声が響いたが俺には届かなかった。
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俺は駆けていた。とにかく人目がないところに行きたかった。二位という結果に困惑して落ち着きたいというのもあるが、テストの結果が貼りだされた瞬間から周りの目が痛いのだ。
「佐藤二位だぜ」
「やっぱり神崎に負けたか」
「ようやく一位交代だ」
そんな声がテスト結果が貼りだされたときに聞こえた。それと同時に憐れみだったり、ざまぁみろだったり、色々な目で見られた。
俺にはそれが耐えられなかった。だからあそこから逃げ出したのだ。
取り合えず逃げ出した先にあったトイレに駆け込み、個室のカギを掛けた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
胸の動悸が凄いことになっている。扉を閉めた瞬間、俺は扉にもたれかかりながら座り込んだ。
「くそっ」
悔しくて、そうつぶやきながら壁に拳を叩きつける。ドン!という鈍い音が反響する。幸いにも両隣の個室に誰もいなかった。いたらとても驚いていたことだろう。
拳からジンジンと痛みが伝わってくる。痛みで無理やり先程から湧き出てくる不安を抑え込んだ。
なに取り乱してるんだよっ、俺は。
頭の良い奴に負けたことぐらい今までもあるだろっ。それでも、諦めずにいたから今の俺があるんじゃないのか。まだ、たった一回負けただけじゃないか。またこれから諦めずに頑張れば必ず勝てる筈だ。思い返してみれば神崎との点数の差は18点だ。5教科でみると1教科4点差とも言える。4点といえばテストで1,2問だろう。それぐらいであればたまたま単純な凡ミスで負けたとも考えられる。
そうやって自分自身に言い聞かせるように考えてた結果、徐々に落ち着くことが出来た。
「柊には悪いことしたな」
なんとか落ち着くことができた俺は、先ほどまでの態度を思い出して、後で柊に謝ろうと思ながらトイレから出た。
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皆さんは、テストの点は高い程上げにくいという話を聞いたことがないだろうか。50点の人が70点になるのと、70点の人が90点になるのでは難易度が全然違うという話のことだ。
先程佐藤は神崎との差はたかだか4点と考えていたが、それが遥か先の頂きだということに気付かなかった。いや、気付いていたが考えようとしなかったのか。
しかし、佐藤はこの時既に神崎が本物の主人公であるということを薄々感じ初めているのであった。
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