第5話 本物の主人公2

 あの始業式の日からというもの神崎の話は学校中に広まり、話題になっていた。

 曰く芸能人以上のイケメンとか、曰く全国トップの学力とか、曰く良いところのお坊ちゃんだとか。

 本当かどうかわからない噂まで流れていた。


 俺はというとあれから神崎に話しかけることが出来ないでいた。

 神崎の周りにはいつもたくさんの人がいるのもあるが、なぜか神崎を前にすると近づくなと心がざわめくからだ。

 そういうのもあって、あれから一週間たった今も話しかけれずにいた。


 この日も神崎を気にしつつも、授業を真面目に受けていた。授業の内容は物理だ。俺は物理自体は好きだが、物理担当である毒島先生があまり得意ではなかった。

 一言で言うと大人げないところが苦手だった。毒島先生は俺がテストで満点に近い点を出すことが気に食わないのか、俺のことを目の敵にしてくる。

 授業でも、学年一位なら答えられるだろうと言って俺に質問ばかりしてくるのだ。しかも、授業で習ってないところまで質問してくることがあり、答えられないと勝ち誇ったように「まだまだですね」と言い、得意気に解説してくる。

 俺も予習をしていることもあり、大抵は答えことが出来るのだか流石に一年後に習うようなところまでは予習出来ていないので、答えられないこともたまにある。

 毒島先生は今回もそんな感じの無茶振りな質問を俺にしてきた。


「さて、これまで話した内容は熱力学第一法則と言われるものですが、理解出来ましたか?この他にも熱力学第二法則というものもあります。佐藤君、君なら熱力学第二法則についてもちろん理解していることでしょう。ちょっと解説してみなさい」


 なんだよ、熱力学第二法則って。教科書には第一法則までしか載ってなかったぞ。完全に今習うところと関係ないじゃないかよ。

 そんなことを思いながら正直にわからないことを伝えた。


「勉強不足ですね佐藤君。しょうがないから私が解説を…」


「先生!今の法則って完全に二年生で習うところじゃないですよね?今の授業に必要ないと思います」


 毒島先生が得意気に解説しようとしたのを、遮ったのは柊だった。柊は目をつり上げて先生を睨み付けている。


「なんだ、柊。私の授業に文句でもあるのか?」


「いえ、授業には文句はないですけど、佐藤に言った勉強不足は取り消して下さい。習ってないところだから勉強不足もないと思います」


「なっ!」


 柊が俺を庇ってくれた。普段は俺と言い争うことが多く、嫌われていると思っていたがそんなことなかったのか。柊に後でお礼を言わないとなと思っていると神崎が手を挙げた。


「先生。俺が解説します」


 そう言うと神崎は熱力学第二法則について解説し出した。


「熱力学第二法則とは、エネルギーの移動の方向とエネルギーの質に関する法則で、この法則は科学者毎に様々な言い方があり、クラウジウスの法則やケルビンの法則、オストヴァルトの原理等とも言われます。ちなみに熱力学第二法則は大学で習うのでここで教えても意味ないと思います」


 捲し立てるように言うと神崎は直ぐに席に座った。先生やクラスメイトたちは茫然としている。


「こほん、よろしい。良く勉強しているな神崎」


 一足先に我に帰った毒島先生が、そう言うと何事もなかったかのように授業に戻った。しかし、先生の耳が真っ赤なのが後ろから見ても分かる。生徒に言い返されて怒っているのだろう。内心スッキリした。神崎に感謝だな。


 それより、神崎は俺を庇ってくれたのだろうか。

 正直神崎と今まで話したことないので、どういったキャラなのかいまいち掴めていないのでわからない。取り敢えず柊同様お礼を言わないとなと思い授業を聞いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 授業後、毒島先生は颯爽と教室を出ていった。そんな姿を横目に柊の元に向かった。


「柊、ありがとな。助かったよ」


「ただ先生にムカついただけよ、感謝される覚えはないわ。それより、何時もあんな感じなの?一緒に他の先生に言ってあげようか?」


 柊はまだ毒島先生のことを怒っている感じだった。俺のことを心配して助けようとしてくれている。いつもはキツい言葉しか言わない柊がそんなこと言うと不意にギャップを感じてしまう。


「優しいんだな、いつもと全然違くてびっくりしてるぞ」


「え、、、そ、そ、そんなことないわよ!あれであんたの評価が下がると、あんたに負けてるあたしの評価も下がるようなものだから言ってるだけよ!」


 顔を真っ赤にして慌てて否定してきた。俺との勝負をそこまでこだわるとは、柊は変なところで律儀な奴だなと思った。


「俺は大丈夫だ。これ以上酷くなるようならまた相談させて貰うわ」


「そう、わかったわ。いつでも言ってね」


「了解。じゃ、俺は神崎にもお礼を言ってくるわ」


 そう言って神崎の元に向かおうとすると柊が引き留めてきた。


「まって!神崎と話すわけ?大丈夫?」


「?なんのことだ?」


「何も思ってないなら大丈夫そうね、ごめん引き留めて」


 そう言って柊は去っていった。

 柊の奴、どうしたんだ?神崎のこと避けてたのが分かってたのかな?と思った。確かにいまだに心がざわめくが、ここでお礼を言わないなんて人としていけないと思う。そう思い、改めて神崎の元に向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 神崎の元には相変わらず沢山の人がいた。


「神崎くん、やっぱり頭良いんだね」

「なんで大学で習うこと知ってるの?」

「編入試験満点って本当だったんだ」


 沢山の人に質問されている中、俺は神崎に話しかけた。


「神崎、ちょっといいか」


「君は……佐藤だっけ?」


「あ、ああ、そうだよ。さっきはありがとう。神崎のおかげで助かったよ」


 神崎を前にしたとたん圧倒的な存在感に、少し戸惑ったがなんとか返事をすることが出来た。そうして神崎にお礼を伝えた。


「ああ、いいよ、気にしないで。俺もあの先生ムカついただけだから」


「それでもお礼を言わせてくれ。ありがとう」


「律儀だね。そうだ、お礼と言ってはなんだけど放課後野球部に案内してくれないか?」


 俺に気を遣わせないためか、神崎はそんな提案をしてきた。


「俺も放課後野球部に行くから大丈夫だけど、野球部になんの用なんだ?」


「ちょっと野球部に入部しようと思ってね」


「えええええええええええ!」


 そう答える神崎に対して、俺の驚きの声が教室中に響き渡った。

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