第2話 主人公に憧れた男2

 カーン! キーン!

 放課後のグランドにバットとボールの音が響き渡る。草薙学園高等部の野球部に所属する俺はグランドで練習をしていた。俺のポジションはピッチャーで今はキャッチャーと二人でピッチングの練習をしているところだ。


「佐藤!最近調子良いな!これなら選抜のレギュラー取れるんじゃないか?」


 そう言って来たのは、今俺の球を受けている捕手の松浦だ。松浦は俺と同じ一年生だが、正捕手として一足先にレギュラー入りしている。松浦はガタイが良く、長年捕手をやっていたことから一年生ながら正捕手に選ばれた。元々、暑い、臭い、辛いの捕手だ。やりたがる人が少ないというのもあった。

 松浦の言う選抜とは高校野球で毎年春に行われる選抜高校野球選手権のことだ。


「そうだな、加藤先輩には悪いが狙ってるよ」


 加藤先輩とは一つ上の先輩で俺と同じポジションのピッチャーだ。今年の選抜はピッチャーは俺と加藤先輩、二人のどちらかだと言われている。


「加藤先輩なんかより、断然佐藤の方が良いピッチャーだと俺は思うぜ」


「正捕手様にそう言って貰えるとは光栄だね」


「なんだよ、嫌みかよ。現に去年の大会で抑えられたのは佐藤のおかげだろ?」


「あれは俺の力だけじゃないよ。皆のおかけで抑えられたんだよ」


 珍しく、松浦が持ち上げてくるので照れくさくなってつい否定的に返してしまう。

 去年大会、補欠で出場した俺だったが最後の大会で試合に出ることが出来た。負けていることもあって先輩が限界だったのだ。先輩と代わってから俺はなんとか失点することなく抑えることが出来た。

 結局、交代した時の差が大きく勝てはしなかったが、その時のことを松浦は今でも時々言ってくるのだ。


「いや、あれはお前の力だ。俺はお前の球を受けてるんだ。分かってるぞ」


「でも、俺一人の力じゃ抑えられないのは事実だろ?」


「やれやれ、謙虚すぎるのも良くないぜ。俺は今年の大会一緒に戦えること楽しみしてるぜ」


「ああ、俺もだよ」


 現に俺は大会で打たれまくったので、皆がいなかったら俺は失点だらけだったと思う。前の大会では、最後に少し出ただけだったから、今年は最初から最後まで試合に出れると嬉しい。


「みんなー!集まってー!」


 おっと、マネージャーが呼んでいる。俺たちは練習を終了してマネージャーの元に向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 マネージャーの側には監督が控えており、メンバーが集まるやいなや、重大な発表をしてきた。


「これから春の選抜のレギュラーメンバーを発表する」


 ついにきたか、と内心思った。周りも同じ一年生はざわめいている。先輩たちは去年経験しているからか、堂々と監督の言葉を待っている。


「落ち着いて聞け!それでは発表するぞ」


「背番号1番、佐藤光希!今年はお前がエースだ。チームを頼んだぞ」


「は、はい!精一杯頑張ります!」


 緊張で若干声が上擦ってしまったが、なんとか返事することが出来た。レギュラーを狙っていたとはいえ、実際になれるとなると驚くものだ。多くの人が「おめでとう」「頑張れよ」と声をかけてくれて、中には感極まって涙ぐんでる人もいた。

 その中で、先程まで堂々としていた先輩の一部が動揺していたのが見えた。


「期待してるぞ。次!背番号2番……」


「監督!ちょっと待ってください!」


 動揺していた先輩の一人である加藤先輩が声を挙げた。


「どうした、加藤。」


「なんであいつがエースで俺が補欠なんですか!?俺の方があいつより球威もあるし、多くの三振を取ってますよ!」


 加藤先輩は俺にエースを取られたことに納得していないようだった。そりゃそうだろう、後輩にエースを取られたんだ、普通なら納得がいかなくて当然だ。


「加藤、確かにお前の方が球威はあるし、佐藤より三振を取ることも出来るだろう」


「それなら……!」


「しかし、打者を打ち取れるのは佐藤の方だ」


「え、、、監督どういうことですか」


「このことが分からない以上、お前にはエースは無理だ」


 加藤先輩の疑問を監督はバッサリ切り捨てた。それを聞いた加藤先輩は顔を真っ赤にして震えている。


「~~~~~~!」


「ったく、しょうがないやつだな。レギュラー発表を続けるぞ」


 加藤先輩は声にならない叫び声を挙げてグランドから出ていってしまった。自分が選ばれなかった時のあの気持ちは痛いほど分かる。俺は加藤先輩が早く復帰することを願いつつ、レギュラー発表の続きを聞いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 部活も終わり、幼馴染みの斎藤沙耶と一緒に帰っていた。斎藤沙耶は近所に住んでいる一つ上の幼馴染みで、俺は沙耶姉と呼んでいる。所謂美人と言われている容姿をしており、艶な黒髪を肩まで伸ばしている。スタイルも良く、学校ではとてもモテているらしい。沙耶姉は野球部のマネージャーをしており、こうして一緒に帰ることがたまにある。


「こーくん!ついにエースだね!おめでとう!」


「ありがとう、沙耶姉」


 沙耶姉は俺のことをこーくんと呼ぶ。俺は子どもっぽいからやめてほしいって言ってるんだがそこは譲ってくれなかった。

 そして早速今日のレギュラー発表の結果について祝福してくれた。沙耶姉は先程のレギュラー発表で感極まって涙ぐむぐらい嬉しがってくれた。そこまで応援してくれてたんだと知れて良かった。


「今日はうちでお祝いしょうよ!腕によりをかけちゃうよ!」


「久しぶりにおばさんに会いたし、お邪魔しようかな」


「うん!」


 近所ということもあり、沙耶姉とは家族ぐるみの付き合いだ。こうして何かある毎におばさんと一緒に手料理を振る舞ってくれる。


「それにしても、ついにエースかぁ。期末のテストの結果も一位だったんでしょ?なんかこーくんが遠くに行っちゃったみたいでお姉ちゃんちょっと寂しいなぁ」


「そんなことないよ、まだまだ本物には程遠いさ」


 本当にそう思う。全国には俺よりも凄い奴はたくさんいる。そういう奴らにも負けないためにももっと頑張らないと……!


「こーくん……やっぱりまだ目指してたんだね……」


「俺の夢だからね」


「そう……無理はしないでね」


「無理しないとなれないよ。こればかりは我儘になっちゃうけど許してほしい」


 沙耶姉は俺が夢のために無理することを心配している。昔から夢については応援はしてくれるけど、そのため無茶すると沙耶姉は本気で怒る。前に無理して体調崩したとき一週間口聞いてくれなかったのは大部へこんだ。でも、看病はしっかりしてくれたのは沙耶姉の優しさだ。


「昔からそうだもんね!取り合ず、早くうち帰ろ!お母さんも待ってるんだから!」


「はいはい」


 沙耶姉が憂鬱さを弾き飛ばす勢いで俺を家まで促してきたので、俺は了承しつつ、沙耶姉の家まで向かった。

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