後編


「それで、今回の賠償金って幾らなの?」

「ドアの修理代と暴行の罰則金ですから、2000ゴールドとギルドクエスト一つ程度です。安いですね」

「普通は賠償金とか払わないからね?」

「まぁ、賠償金は貯金でなんとかなるから、ちょっとクエスト行ってくる」

「何言ってるのさ」


「貯金から出すから、待ってて」

「いや、私情の喧嘩のせいでの賠償金だぞ?」

「そうです。パーティ貯金から出す必要などありません」

「出すから、待ってて」

「「だから」」


「出すから、待ってて」


 一度決めたら止まらない。それがエルの性質である。それは“パーティ追放”の時もそうだし、仲間の為に身銭を切り崩す事を躊躇わない事もそうだ。


 そうと分かったら、二人は折れるしかない。エルの頑固さは、身に染みて分かっているのだから。


 そうして、賠償金はギルドに支払われた。これで、問題はギルドクエストだけである。


「それで二人とも、どんなクエストなの?」

「西の森でのモンスター討伐だよ。最近あのあたりで合成魔獣キメラが出没してるらしい」

「魔王軍の研究基地が作られている可能性もありますから、私たちが出ることになりました」

「じゃあ、森林装備だね。皆に言ってくる」

「いや、罰則クエストなんだから俺とグレースだけで……」


「リーダー命令」

「「あ、はい」」


 そうして、勇者パーティはギルドクエストに参加するのだった。



 ◇ ◆ ◇


 勇者パーティは6名。


 まず、勇者エル。黒髪黒眼の13歳の少年であり、特筆するべき勇者能力は持っていない。


 2人目、魔剣士ソウル。年齢不詳の青年。白い髪と紅い目を持ち、鍛え上げられた剣士の体を軽鎧で覆っている。能力は寄生された魔剣を自由に扱う力。パーティの防御役タンクだ。


 3人目、グレース。20歳の女性であり、パーティの副リーダー。桃色の髪と目を持つ、桜色のローブの賢者である。パーティでは純後衛だ。回復役ヒーラーにも攻撃役ダメージディーラーにも状況に応じてなれるパーティの要である。


 4人目、ヨファ。15歳の少年で、獲物は弓。緑がかった髪と目をした、パーティの斥候役だ。

 “森の狩人ヨファ”と言えば、このファームの街で知らぬものはいない有名人である。


 5人目、ウルヴィー。年齢不詳の獣人で、狼に化身して戦う前線アタッカーだ。

 蒼い髪と目をした、寡黙な男である。


 6人目、ミーア。自称16歳の竜人ドラゴニアン。彼女は赤竜の竜人であり、翼を持って前線と後衛どちらにも回れるオールラウンダー幼女だ。


 そんな情報だけで見ると凄まじく豪華な面子が、勇者エルのパーティメンバーである。


 しかし、実際のところは……


「エル? どうすれば良い? どうすれば良い?」

「ヨファはとりあえず索敵! キメラの痕跡を探して!」

「のう、エルよ。妾ちょっとイメチェンしたのじゃが、気付くかの?」

「そのリボンとっても似合ってるけど、今それを聞いてどうするの⁉︎」

「エル……」

「ウルヴィーはお願いだからこんな時まで拾い食いとかしないで。そこのキノコ毒あるから……」


 奴隷願望のヨファ、色ボケドラゴンミーア、腹ペコ狼のウルヴィー、そして過剰防衛のグレースとソウルと言った色物の集まりであり、“勇者エル信者のパーティ”と言っても過言ではない馬鹿の集まりである。


「皆、そろそろクエストエリアだよ、気を引き締めて」

「「「「「了解」」」」」


 そう言うと共に、遊びの空気が薄れる。


 ヨファは一番前で痕跡の捜索をし、その後ろをソウル、ウルヴィー、エル、グレース、ミーアの順で一列縦隊で進んでいく。


 道中のモンスターは基本的に無視、西の森のモンスターは強くないが、逃げ足が速いのだ。


 だから、この異音に気付けた。それは、明らかな戦闘音だ。


「エル、10時方向に3キロ。どうする?」

「ヨファは先行して偵察して。ソウルはその護衛」

「「了解」」


 そうして、森の中を駆けるソウルと、木の枝を器用に踏んで森を飛ぶヨファ。


 二人の速度なら、すぐに音源に辿り着けるだろう。


「ちょっと急ぐくらいの速度で僕らも行こう。戦ってる人が心配だ」


 そうして、勇者パーティは向かうのだった。



 ◇ ◆ ◇


 強く、なりたかった。


 私、シグルーンはいつもそう思っている。強さがあれば、踏みにじられる事はない。強さがあれば踏みにじる側に回れる。


 だから、私は“弱さ”が嫌いだった。


 弱いから、母は体を売るしか生きる道を持たなかった。

 弱いから、多くの国はモンスターに踏みにじられるしかなかった。

 弱いから、この世界は“勇者”に頼るしかなかった。

 弱いから、勇者に媚び諂う以外に私たちに生き残る術はなかった。


 そして今、勇者に媚び諂う人々から逃げて、最弱の勇者の防衛区域に逃げて、そこで会った強者から逃げて、私は今死にかけている。


 弱いから。


 Sランク冒険者ともてはやされていても、それは人間基準の話だ。勇者を基準にした今の世界では何かを為す事もできないただの雑魚に過ぎない。


 それを、目の前の化け物を見て思い出した。


 鉄をも切れる剣は防御の技もなく受け止められ、魔法は肌を傷つけることすらできない。

 逃げようとすれば一瞬で回り込まれ、そして嬲られ始めた。


 まず、足を折られた。ケタケタと、嘲る声が聞こえる。

 次に、腕を折られた。ケタケタと、嘲る声が聞こえる。

 それから、身体中をグサグサと刺し貫かれた。


 死なないように、死なせないように。


 その痛みで気絶することすらできずに、私は一つの言葉を思い出す。


 どうして彼は、“強いだけの雑魚”なんて言ったのだろうか? 


 そう疑問に思ったその時に、目の前に彼の幻影が見えた。


 彼は赤黒い魔剣を構え、私を守るように立っている。


 そうして、彼は化け物にこう言った。


「強いだけの雑魚が、粋がってんじゃねぇよ」


 その言葉に熱はない。だが、それはどこか自嘲を含んでいるように思えた。


 ◇ ◆ ◇


「どう、して?」


 心底不思議に思っている声で、背後の女が声を発する。


 だが、そんなものに構っている暇はない。


 自分の力量では、目の前の『人型キメラ』は殺せない。ソウルはそう思う。


 パーティメンバーの中でも、このキメラに勝てる者はいないだろう。それほどのプレッシャーを感じた。


 おそらく、人とクラーケンとオリハルコンゴーレムの混ざり物。その体は硬く、しかししなやかさを併せ持っている。


 奴の手足はクラーケンのものだろう。故に射程はとても長く、適当に振るだけで音速を超えるムチになる。


 それ以外にも、人が混ざっていることから魔法や技、スキルなども使うのだろう。厄介が過ぎる。







 つまりは、勇者エルの戦う日常の相手である。


「ヨファ!」

「わかってるって!」


 ヨファが森に隠れてキメラに矢を放つ。その矢はキメラの影に突き刺さり、その動きを呪いで縛る。


 スキル『影縫い』である。


 その事に反応して力尽くで縛りから離れようとするが、その間にソウルは十分に接近した。


 そして、キメラの振るう腕を振られる前に弾く。オリハルコンの硬さにより魔剣は傷付くが、それを生命力を使う事で補修する。


 それを、8度。


 そして一度弾く度にヨファが動き、その足にロープを絡ませていく。


 そうして、影縫いの縛りが完全に解けた瞬間に、キメラは吊り上げられた。


 ヨファの作り上げた、即席のハンガートラップである。


「オリハルコンって、硬いけど軽いんだよね。だからそこらの木でも吊せちゃう」


 そうして身動きの封じられたキメラは、機械的に魔法を放とうとして、その首に魔剣を突きつけられた。


「そんで、俺の魔剣は魔力を喰らう。オリハルコンは切れないが、お前の命は奪えるんだよ」


 その言葉の通りに、ソウルの魔剣はキメラの魔力を奪い、その魂を喰らい、その命を奪った。


 これが、勇者パーティの実力かとシグルーンは思った。しかし、二人は強敵を倒したのに全く警戒を解いてない。


「敵の痕跡は?」

「……探す意味ないかも」

「マジか……」


 そう言って、二人は同じ方向を向く。そこには、先ほどシグルーンを打ちのめし、ソウルとヨファの二人が罠に嵌めて殺したキメラがいた。


 少なくとも、20体。


 それが、木々を薙ぎ倒し、キメラが十分に戦えるエリアを作りながらやってきていた。


 ケタケタと、笑いながら。


「……いつも通りの、命懸けか」

「けど、勝機はゼロじゃない」


 そう言って、二人は当たり前のように戦う構えを見せる。


 それが“強さ”なのだと、シグルーンは魂で理解した。だから、シグルーンは言った。


「私が、時間を、稼ぐ!」


 シグルーンは、身体中の魔力をコントロールして無理やり立ち上がり、剣を握る。


 その姿を見て、しかし二人は笑っていた。


 そして、背中から温かいものが伝わってくるのを感じた。高位の回復魔法のものだ。


「時間稼ぎは、もう要らない。けど、戦えるのなら力を貸してほしい」


 そんな、温かい声が聞こえる。


 振り返ってその声の主を見る。彼は、回復魔法をかけながら真っ直ぐにシグルーンを見ていた。


 その声の主は、最弱の勇者エル。なんの特別な力も持たず、何の特別な武器も持たず、ただ数合わせで選ばれたかのような、この世界の生まれの少年。


 そんな少年の目には、光があった。

 生きるのを諦めるなと、魔法から伝わってくる暖かさがあった。

 そして何より、“誰かを頼る強さ”が、その少年にはあった。


 その強さに、シグルーンは“負けた”。


 生まれて初めての、気持ちの良い負けだった。


「Sランク冒険者斬鉄のシグルーン。この命を、あなたに捧げます」

「え⁉︎いやいや、命とか捧げられても困るから! 一緒に生き残るために協力すれば良いだけだからぁ!」

「わかりました、それがエル様の望みならば!」

「様って何ぃ⁉︎」


 足取りは軽く、剣を握る心はもう折れない。


「強いだけの雑魚は、卒業したんだな」


 そんなソウルの声に、シグルーンは答える。


「……いいや、まだまだだ」と。


 そうして、整った陣営。そこにエルの声がかかる。


「皆! 補助魔法行くよ! 細かい作戦は伝心テレパスで!」



 そして、パーティの皆に魔法がかかる。


 この世界の人間なら学べば身につけられるような普通の魔法。それがエルの武器だ。


 その力を受けた勇者パーティは、行動を開始する。


 まず、ウルヴィーが大狼に化身し、キメラの間合いに入る。そして足によるムチを噛んで止め、そのままキメラを振り回した。


 それにより空いた距離を、ソウルとシグルーンが詰める。ソウルは飛んでくる触手や魔法を全て魔剣で弾き飛ばし、シグルーンが補助魔法の力を最大限に引き出して、キメラの首に剣を振るう。


 すると、それが当然であるかのように、キメラの首は落ちた。


「皆! 前に!」


 それの頭が地面に落ちる前にエルの声が響く。


 ヨファの『影打ち』とグレースの結界で行動を阻害され、シグルーンの剣にて首を落とされていく。


 次次と、風が流れるかのように。


 そうしていくと、残ったキメラが1匹のキメラに吸収されていき、1匹の巨大キメラへと変貌する。


 その1匹のキメラは、とても綺麗な身なりをしていた。


 アレが、ここに研究所を作った魔族なのだろう。その邪悪さは言葉を発さずともよく伝わり、その命はこの世界を汚染していた。


『よく頑張りました勇者エル。しかし、あなた方に私は殺せない……』

「うん、読み通り。ミーア、締めをお願い」

「無論じゃ!」


 キメラは唄うように魔法を唱えていく。しかし、その詠唱が完遂することはなかった。


 ミーアがその右腕を竜のものに変えて、巨大キメラを宙に浮かせ、そのままドラゴンブレスで吹き飛ばしたからだ。


 だが、巨大キメラは無傷だった。


『オリハルコンは、打撃でも竜の炎でも砕けません』

「知ってるよそんな事」


「だから、倒せる人に任せるんじゃん」



 その言葉の意味を巨大キメラが理解する前に、死が訪れた。


 その死の原因は、人型ロボットの主兵装空間圧縮式魔導ライフル32型マギア・ライフル32だ。


 この世界の勇者は一人じゃない。

 そんな当たり前の事を失念したのが、この巨大キメラの敗因だった。



 ◇ ◆ ◇


 それからの事。


 まず、西の森のキメラ研究所はきちんと発見できた。オリハルコンを始めとした多くの素材を回収した後に、ドラゴンブレスにより消し飛ばされた。


 そしてその立役者である勇者たちは、特に何かを気にする事はなくいつも通りの日常に戻っていった。


 人型ロボットのパイロット、勇者“マコト”は、ファームの街でお土産を買ってから自身の仲間の待つ街へと帰っていったらしい。


 その時に頭を撫でられていたエルは、どこか恥ずかしそうで、しかし嬉しそうだったとか。


 100人の勇者は互いに反目したりすることはあるらしいが、それはエルとマコトの間にはなかったようだ。


 とても仲の良い、仲間なのだと。


 その事を新しい仲間たちに聞くと、エルだからだと言われた。


 その通りだと、思った。



 そして、私ことシグルーンはギルドにて“危険区域への無断侵入”のペナルティを課され、新人研修の補助などをしていくうちに心が変わっていたのだと気が付いた。


 “弱い”人というのは、意外にいないのだと。どんな者であれその人にしかない“尊い強さ”があるのだと気付かされたのだ。


 この仕事を紹介してくれたエル様によって。



 そして、ペナルティが終わったその日に、私は勇者パーティへの参加を希望し、承諾された。


 グレースは初めは良い顔をしていなかったが、しっかりと謝罪すれば許してくれた。心の深いお方だ。グチグチ言うソウルとは違って。



 そして、初めてのクエストが終わったその日に、私は言われた。



「シグルーンさん! あなたをパーティから追放します!」

「な、何でですかエル様⁉︎まさか、私は何か粗相をしてしまったのでしょうか⁉︎ならば自刃の御命令でお許し下さい!」

「しないよそんな命令! ……シグルーンさんみたいに強くて綺麗で素敵な人はボクみたいな勇者のパーティに留まってないで、もっと広い世界で戦うべきだと思うんだ! 間違ってるかな⁉︎」

「はい、いつものですね。シグルーンさん、どうぞ?」


 そうして私は、グレースから無言で差し出された“パーティ参加届け”にサインをした。


「これで、いいのだろうか?」

「はい。エルのコレは発作みたいなものですから」

「話聞いてよもぉ!」


 そんな必死のエルの顔を見て、勇者パーティの皆は笑っていた。


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今日も今日とて勇者エルはパーティメンバーを追放する 気力♪ @KiryoQ

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