第48話 ロロブル 騎竜の民

 狩りを切り上げ、すぐさま街へ帰る。

 できるだけ目立たないように、銀色子竜はマントの中だ。


「にーに、大丈夫? 」


 聞きようによっては、俺の具合を心配する言い方だ。

 眉尻が下がって泣きそうなジーナの顔に、何でもないように笑って見せる。


「大丈夫よ、ジーナ。いつだってアンリは、ちゃんとしてくれるもの。今度も、大丈夫」


 絶大な信頼を寄せられて、お兄ぃちゃんは冷や汗かいてますが。期待に応えようじゃないか。マダムが。。


 ようやく帰ってきた雪蛍亭。

 戻るには早い時間で帰ってきた一行に、女将が驚いている。ただ、雷神の表情が険しくて、お帰りの挨拶した後は、何も聞いてこなかった。


 遠慮して食堂に残った雷神。礼を言うのもそこそこに、階段を駆け上がる。


「マダム。緊急事態だ」


 部屋に入って開口一番。肝心な事だけ先に言った。

 そうして、眠ってしまったのか、気絶しているのか分からない銀色子竜を、そっと差し出す。


『なぜここにと、聞きたいところですが……わかりました。詳しい話しは後で。まずは塔に帰って治療しましょう。間に合えばよろしいのですが……』


 すぐさま部屋の扉を利用して、塔への道を開く。


『お前たち。の用意を』


 マダムの指示に六色の光球が、開いた道へ飛び込んで行った。

 アンリの腕を離れ、厚布に包まれた子竜が浮遊する。


『すぐに戻りますが、アンリ。ユーリカとジーナを、お願いしますね』


「分かった」


 心細そうに左右から抱きつくジーナとユーリカを、アンリはしっかりと抱き寄せた。


「マダムに預けたから、きっと大丈夫だ」


 心細そうに頷くふたりが不安にならないよう、アンリは無理やり笑顔を作った。


******

 夜遅くにコラントたちが帰ってきた。

 無頼な村人を追ったアルビン以外は、街中や冒険者ギルドで聞き込みをして情報を集めたらしい。


 夕方に戻ったマダムに小竜の容態を聞き、思ったほど悪化していなかったと安堵もした。


 外に声が漏れるのを危惧してと言うより、雷神を巻き込まないようにと、皆が集まったのは塔の談話室。


 初めて塔に訪れたコラントたちが落ち着かないのは、窓の外にリンデンの王城が見えるからだな。。


「それで? あの子銀色子竜の主が、どうなったのか。判りましたか? まだ、魔力の繋がりは切れていませんが、このまま切れてしまえば、あの子銀色子竜を処分するしかありません。狂って凶暴化する前に、楽にしてやらねば」


「ダメだ」「ダメです」「だめぇー」


 思わず声が重なった。

 ユーリカもジーナも……ジーナは泣きそうになってるぞ。


「わかっています。アルビンの報告次第で、あの子銀色子竜の主を探しましょう。にとっても、大切な仲間ですからね」


 部屋の隅に置かれた揺籠には、大きな繭がある。

 治療で精霊糸に包まれた銀色子竜の周りを、金やら翠やら真紅の角を持つ子竜が覗き込んでいた。


 宙に浮かんで首を伸ばして。。

 電線のスズメか……って、何だっけ。。


 長テーブルに座るのは、アンリ、ジーナ、ユーリカ。その対面に、コラント兄弟とキーエの母子だ。


 母親のユリシス・キーエも息子のエルマー・キーエも、白銀の美しい髪をしている。

 コラントアルビン・シルクス兄弟の黒髪と対照的で、受ける印象も儚げだ。


 お誕生席のマダムが目線を向け、最初にアルビンが口を開く。


「それでは報告を。街傍の森を広範囲に探索していた村人ですが、手がかりを得られず、丘下の端にある村へ帰りました。ただ、街傍の森でホータンの狩人と揉めて、いっとき乱闘に。幸い狩人に、怪我人は出ませんでした」


「胡散臭い村のようだよ、若。街の外に出た子供に絡んで、拐かそうとした事もあるみたいだ。でも、なかなか決め手が無くて、ホータンの領兵が介入する隙がないってさ」


 冬の間に門衛兵と親しくなったシルクスは、飲み仲間の兵士に聞き込みをしてきた。


「小高い丘を背にする村の名はペグルで、なぜか昔からホータンの領主に反感を持っているそうです」


 言葉を継いだキーエ母は、ギルドに屯している冒険者や街人から情報を仕入れたようだ。


「子供はひとりで、街外に出てはダメだって、おばさんたちから言われた」


 年の割には幼く見られ、素直なエルマー・キーエは、街のおばさま方から、気に止めてもらっている様子。


「村が抱える丘に洞窟を見つけたのですが、警戒が厳重で侵入は控えました。ご下命とあれば、今夜にでも侵入してみせます」


 アルビン、ちょい過激です。穏便に……は、無理か。。


「アルビン様。村を制圧するのは簡単です。けれど証拠がない以上、我らに大義名分がありません。相手は排他的でも、ただの村人です。訴えられて発覚すれば、領兵も我らを野盗として、捕縛するしかありません」


 過激に走りかけたアルビンを、キーエ母ユリシスが諌めた。


「夜中に忍び込んで、家探しは……難しいかぁ。せめて、子供を集める目的が、わからないとな」


 色々迷走な呟きは、シルクス。


「ジーナのように、売るのじゃないかしら」


 思いついて声を上げたユーリカに、パッとジーナが抱きついた。辛かった時を、思い出したか? 


「ねーね」


「大丈夫、アンリが助けてくれるわ」


 ふたりして俺を見つめるお目目が、キラッキラなんですが……よし、お兄ちゃんは、頑張る! 。


「 多大な信頼を、アリガトウ」


『良い考えですわね』


 ちょっと待ってっ。何がいい考えだよ、マダム。こぇぇわ。


『頼もしい囮ですこと』


 俺の事だと、いっつも容赦ねぇわ。このっ ね 猫め。。


「……分かりましたよ」


「じゃぁ、わたくしたちも」


「うん」


「えぇぇぇ……なんでそうなるかなぁ」


 いや、勇ましいお嬢様方だとは、分かってますけど。

 上手いことはぐらかしてくれ。妖かぃ……マダム。


『致し方ありません。おふたりの安全には、細心の配慮をなさってくださいましね。アンリ』


「マダム……ソコハ、止メルトコロデハ? 」


『では、明日に備えて早く休みましょう』


 可愛らしく顔を洗ってる場合では。。


「聞いてねぇや、コノヤロウ……」



 次の日。

 冬の狩りで大人アルビン・シルクスと逸れた俺たちは、ペグル村を発見して、彷徨い込んだ。


 親切顔のペグル村の住民に誘われ、アルビンの言っていた洞窟まで来た途端。

 はい。捕まりました。ここって牢屋なんだ、やっぱり。。


「上手くいったわね」


「うまくいったぁ」


 洞窟の分厚い木戸が閉まったのを見定めたユーリカとジーナは、悪巧みが成功しましたって感じで目配せし合う。

 はいはい。遊びじゃないから、もっと緊張感を持ってね。


 思ったより寒くない洞窟内は、牢屋というより藁とか木材を積み上げた貯蔵庫のようだ。


 藁を積んだ隅には、ジーナと同じくらいの男の子が蹲っていた。入ってきたのが俺たちで、肩の力が抜けている。

 弱っていそうに見えるけど、意外と元気そうで何より。。

 アルビンと同じ黒髪に、負けん気の強そうな金茶の目が光る。


「僕は、ソラ。ロロブルの村の、長の息子だ」


 まっすぐな視線が気持ちいい。物怖じしていないし、まったく諦めてもいない顔つきだ。


「俺はアンリ。この子はユーリカ。それと、この子はジーナ。昨日、銀色子竜を保護した。ひょっとして、君の友だちかな?」


 大きく見開いた目から、涙が滲んでくる。それを腕で拭って、何とか笑顔を作るのが、痛々しい。


「うん……あ ありがと」


「大丈夫。ちゃんと治療してるから、安心して」


 よっぽど心配だったんだ。助けられて、よかった。


「うん うん」


 拭っても拭っても止まらない涙に、村人への怒りが湧いてくる。


「まだ小さいのに、えらいぞ」


「……あーっと。成長が遅いんだ。僕は十二才だよ」


 褒められて、目が泳ぐソラ。言いにくそうに、フッと微笑む。

 騎竜と相棒になる子供は成長が遅いし、成人すれば非常に強靭になるらしい。


「君たち髪や目の色は違うけど、騎竜の匂いがする。ロロブルは外にも居るの? 」


 はい。聞きたい事、先に言ってくれました。

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