第49話 裏切り者の末裔

 少々埃っぽいが、換気しようにも窓が無い。これから昼ごはんにしたいけど、仕方がないと諦めた。

 はたから見れば、監禁されているのに、なにを呑気なと思うだろうが、腹が空いては頭も身体も動きが鈍くなる。


「よし、今のうちに食ってしまおう」


「くってしまおぅー おー」


 アンリの真似をするジーナに、頬が緩んだ。


 牢屋に椅子とかテーブルとか在るはずも無く、積んであった藁を敷き、ピクニック気分で車座になった真ん中に、剣帯の収納袋ストレージから出した雪蛍亭の弁当を広げた。


 マダムにもらった新しい収納袋ストレージは、小銭サイズの小さな物。目立たない上に、大した量は入らない見た目だ。


「わー、モク鳥の焼いたのー」


 鳥関係の肉が好物なジーナは、喜んで齧り付いている。


「ぅぅ うまぃ」


 久しぶりの食事だったソラは、まともな食べ物に感動したのか、ちょっと涙目だ。


「一日に一回の食事だったなんて、あんまりだわ」


 ユーリカ? 文句を言いながら食べるから、口の端にタレが付いてしまったぞ。貴族のお嬢様だからな、マナーはどこ行った。


「けど、うまいわ。雪蛍亭、サイコー」


 色々言いながら、やっぱり美味いとアンリも口が止まらない。


 雪蛍亭の料理人は女将の旦那と息子で、材料調達は娘三人だと聞いている。なんだか家族の役割が違う気もするが、美味ければ文句は無し。。

 

 それはそれとして、黙々と平らげた後は証拠隠滅。たぶん、空腹にして力を削ぎ、逃亡できないようにしている筈だし、気取られる前に食事の痕跡は、さっさと片付けてしまおう。


 満腹で壁にもたれているソラに、どんな状況で攫われたのか聞いてみる。


「ねぇソラ。どんな風に誘拐されたんだ? 」


 もしも乱暴されていたら、三倍返しくらいしてやる。

 もともとこの村に、良い印象がないアンリ。考えが過激に偏っていた。


「うん……それが、よく分からないんだ。狩りに行こうとして、村の外れの目印岩まで来たら、急に後ろへ引き倒されて、気がついたら知らない森の中に居て、男たちに捕まってた。幸いクラウは認識阻害を覚えた所だったから、その森に残してきたんだけど……あ、クラウって銀色の小竜だよ」


「くらう? マダムが、大丈夫だって言った? ね、ねーね」


「うん。マダムが大丈夫って言ったら、大丈夫だものね」


 クリっとした目で小首を傾げるジーナは、銀色子竜クラウの近況報告をし、ジーナに同意したユーリカが銀に近い薄灰色のジーナの髪を撫でる。

 元は黒かった髪も、アンリに巻き込まれたあの日から、綺麗な薄灰色になった。


 ソラの知らない森って街傍の森の事かな。この村も街傍の森の端っこだけど、相当な距離をクラウは進んでいたんだ。


「この村の村長に、竜はどこに隠したって聞かれて、森に残してきたって喋ってしまった。どうして喋ったのか分からない。口が勝手に動いた」


 守るべき相棒小竜の情報を喋るなんてと、ソラは落ち込んだ。


「大丈夫だ。クラウは俺たちが保護したから」


「うん。ありがと」


「それにしても、なんで捕まったか分からないなんて、気持ち悪いよな」


「うん……僕の村。騎竜の村は、昔から時々子供が突然消えるんだ。龍神様に呼ばれるんだって年寄り連中は言うけど、何だか諦める口実みたいだなって、思ってた」


 村の中心には龍神の祠があって、子供が消えると祀られている竜神の珠が光る。子供を召し上げた龍神の宣託だと、言い伝えられているらしい。


「それで行き先が人攫いの村だなんて、ふざけてる。昔っから騙されていたって事じゃないか」


 昔からって、まさか騎竜の村に、裏切り者がいるとかじゃ無いよなと、アンリはふと浮かんだ考えに、違うと首を振った。


「酷い。神様を利用していたなんて、バチが当たれば良いわ」


「うん。もうすぐ神罰が降るさ」


 怒っているユーリカに、ジーナもウンウンと頷いてる。


「それでね? 目印岩って、なにかしら」


 ユーリカの疑問が、話しを元に戻した。

 気になったのってそこなの?


「昔からある村境いの岩。ここから騎竜の村だって、印の岩」


「そうなのね」


 すっきりしたようで、何よりです。。


 そうこうしている内に、鍵が回る音がした。すぐに勢いよく扉が開き、男がふたり入ってくる。


 先に入ってきた男は、昨日雪原で会った気がする。確か人の話を聞かずに怒鳴っていた奴だ。


 もうひとりの年老いた男が、ジーナを見て、ユーリカを値踏みし、アンリを見た時には苦虫を噛み潰した顔になる。


「こいつらが、ホータンの街から来ただと? 」


 苦々しい上に、うっすらと殺気まで漂い出す。よっぽどホータンの街に、恨みでも在るのだろうか。。


「王都から来たんだ。ホータンの生まれじゃない。それがどうかした? 俺たちを誘拐してどうする気だよ」


「まぁ良い。どこのガキでも金になる」


 昨日の男と言いこの年寄りと言い、まったくこっちの話しを無視する奴らだ。


「毎年、村から子供が居なくなるのは、お前たちの仕業か」


 ソラの問いかけに、年寄りの男が嫌な笑い方をした。


「そうだ。騎竜の村からガキを拐かすのは簡単だからな。それもこれも、ご先祖様の恩恵でな。お前ら間抜け騎竜の村が知らない、偉大な仕掛けがあるのだ」


「ご先祖様? そんな昔から、お前らは人攫いをしていたのか」


 もともと何かがおかしいと感じていたソラは、顔色を失って言い返す。アンリも、そんな昔からと唇を噛んだ。


「教えてやろう。明日売られたら、お前らは二度と、ここには帰って来られないからな」


 至福の笑みを浮かべる男たちに、気持ち悪いと胸底が冷える。


「お前らの先祖に追われた我が始祖は、この地にマルトルの村ペグルを建てて、ようやっと生き延びた。お前らの主人であったマルトルの末裔のわしらが、裏切り者のお前らに復讐したまでの事。文句はあるまい」

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