第47話 邂合

 久しぶりの狩りで、門外へ出る。

 子兎を拾ったあの日に、小物狩りで出たのが最初で最後だ。

 豪雪で、なし崩しに街へ篭って年を越した。

 

 雪目予防の猫耳帽子ヘルメットを被り、アンリは大きく背伸びをする。

 眼鏡ゴーグル越しの世界は、冷ややかな雪化粧を施した雪原だ。

 春なのに。。


 横に並んだジーナとユーリカが、モコモコしたマント姿で、同じように両手を伸ばして背伸びしていた。

 お揃いの猫耳帽子ヘルメットが似合っている。


 俺の真似っこか? ぃや、可愛いけど、ちょっと照れる。


 見渡す限りの草原は、まだまだ雪を残して歩きにくいし、取り巻く空気は未だに冷たい。


「これで春? スッゲェ寒いんだけど」


「アンリは寒がりか」


「にーに、寒がりー」


 後ろでコロコロと笑い転げる声がする。

 同じくらい寒がりの精霊剣士エルジーに、寒がりなんて言われたくない。

 まぁ、俺を見上げて口真似するジーナは可愛いし、お姉さんぶって澄まし顔するユーリカは。。うん、やっぱり可愛い。


 相変わらずなマダムは、子兎の世話とか言って宿から出て来なかったが、認識阻害や隠形を覚えた子竜たちは、ちゃっかり空中を飛行して着いてきた。


 長いような短いような、ホータンの冬。

 想像を絶する高さまで、雪に埋もれた時間だった。

 冬の間、日に何度も降り積もった雪を掻き、暇を見つけては冒険者ギルドの地下で、実戦さながらの訓練をした。


 途中から新しい配下コラントも参加して、どこの暗殺部隊だよと、言いたいくらいの鍛練になったが。。


(あいつら、手加減無しだもんな……)


 アンリを追い抜いた「雷神」が、かんじきの丸い足跡をつけながら、開いた門外に踏み出した。


 年を越して初めて開かれた大門から出ると、重苦しかった胸が軽やかに広がる。

 いくら街が広くても、閉塞感はキツかったよ。ほんと。。


「よぉ。オメェらもか」


「大丈夫かよ。ちっせぇ嬢ちゃん」


「大丈夫だろ 「雷神」も「」の旦那もいるし」


「そうだよなぁー。将来有望な、ちっせえぇ「英雄」もいるし、最強じゃね? ガハハハ」


 門でモタモタ歩くアンリたちを追い越して、顔馴染みになった狩人が、次々と声をかけながら平原に散って行った。


「まぁな「雷神」は最強だよな。「英雄」って、コラントたちだし。でも何だよ。ちっせえ英雄ってさ。ちっせえって……」


 ちょっと物申したい。

 立ち止まった頭を、精霊術師ベネッセにポンポンされた。


 春先の天気は変わりやすい。さっさと狩りを終えて、暖かな宿に帰りたいのは、みな同じだ。


「森のきわまで行くぞ」


 オーサの号令に、気持ちが高揚する。

 去年に小物狩りした崖下が、今日の目的地だ。


「んで? ……うん」


 文句は言うまい。本人たちは、たぶん真剣だし。。

 ユーリカとジーナの周りを固める新しい配下コラントたち。

 護衛だね。うん、分かってる。


 ユーリカの背後に立つアルビン・コラントと、ジーナの背後の立つ、シルクス・コラント。

 三十代と十代後半の歳の離れた兄弟は、兄が黒瞳で弟が金茶。漆黒の髪は同じだが、正反対の性格をしていた。


「ふたりを、よろしく頼む」


「御意」


「まっかせて、若」


 うん。堅苦しいと……軽男? ま、いいけど。。


 ここに居ないキーエの母子は、街の周りを見回るそうだ。

 傭兵崩れが増えているかもしれないと、警戒してくれている。


 小物狩りの要領で、足跡を探して出発。先頭はアンリたち子供だ。うん。子供ね……ジーナ以外は、まぁね。。

 緩やかな坂を下った辺りで、奇妙な足跡を見つけた。


「あ、これ、雪兎と違う? 」


 延々と続く細い溝を、ジーナが指差す。

 そう、前に傭兵崩れが潜んでいた街傍の森。そこから続いている、溝のような奇妙な足跡。それが、進行方向へと湾曲して伸びていた。

 直進ではなく、斜めに逸れてゆく溝だ。

 

土竜モグラかな。それほど大きくはないが」


 判然としない顔で呟くオーサと、首を傾げるベネッセ。

 奇妙な細い溝は、崖下への下り坂で終わって……。あれ?


「ん? これ……」


 近寄ってみると、子竜だった。それも、銀色角の。。


「なんだって、こんな所に? 」


 ふっと影が差し、頭越しにオーサの顔がある。

 驚いて、まん丸に目を見開いた「雷神」の面々が。。


「それは、なんだ? アンリ」


「あ 」


 思わず子竜を抱きしめて、飛び退る。

 オーサとの間を、アルビン・コラントが遮った。

 腰だめに構える兄弟コラントは、明らかに敵認定した防御の形だ。


「ダメだ、アルビン。控えて、シルクス」


 思わず遮って、身体ごと割り込んだ。


「むっ」


「でも、若。見られていいの? 」


 警戒を解かないシルクスに首を振って、アンリは「雷神」と対峙する。ここで関係が壊れると、辛いものがある。

 銀色子竜は、アンリの腕の中から逃れようと踠いているが、もの凄く弱々しい。


「オーサ、見なかった事にして。大事にしたくない」


 子供でも竜を見逃せなんて、冒険者相手に滅茶苦茶だと思う。

 コラント兄弟を見て、アンリを見て、腕に抱かれた子竜を見て、ようやくオーサは頷いた。


「……分かった。わたしも、お前たちを敵にはしたくない」


「ありがとう」


 オーサの後ろで臨戦体制だったベネッセとエルジーも、どこかホッとしたように、獲物武器から手を離した。

 

「人目に付くと不味いだろ。これで巻いておくと良い」


 精霊剣士エルジーが広げてくれた厚布に銀色子竜を包んで、結んだ精霊術師ベネッセのストールをアンリは肩から斜め掛けにした。

 赤ちゃんを抱くように、厚布で包んだ子竜をストールで包み込む。


「これなら、簡単には落ちないな」


 頭を撫でるアンリの指を咥えて、マグマグし始める子竜。

 なんだか懐かしい哺乳……哺魔力……。

 めちゃくちゃ可愛い。


「なにもなければいいが。シルクス、足跡を隠蔽しろ」


 アルビンの指示にシルクスが動く。

 便乗したエルジーの剣から無数の風刃が飛んで、遙か先の街傍の森まで、広範囲に雪原が捲れ上がる。

 ついでにユーリカもジーナも、楽しそうに雪を掻き回し始めた。


「む、囲め」


 アルビンの囁く指摘で「雷神」を含めた大人たちが、アンリを囲んで壁になる。

 スルッとユーリカとジーナも、囲いに入り込んだ。


 アンリからはあまり見えないが、しばらくして村人らしい集団が、坂を上がってきた。 


「おい、お前ら。見ない顔だな。傭兵か? 」


 挨拶もなく始まった突然の尋問に、誰も返事をしない。


「隠し立てすると、ただじゃおかんぞ」


 いきりたった濁声に、不穏な焦りが含まれる。何をそんなに焦っているのか、感情がダダ漏れだ。


「礼儀も何もない奴に応える義理はないが、雷神のオーサだ。他はホータンの狩人だが? お前たちは」


 軽くあしらうオーサを、鼻で笑う気配がする。


「ケッ、ホータンかよ。洒落臭しゃらくせぇ。ガキと雪遊びか。まぜっ返しやがって、クソがっ」


 かき混ぜた雪原は、思いのほか広範囲が荒れていた。

 子竜の向かっていた方向は、荒くれ者のコイツらが踏み荒らして、足跡があったかどうかも分からない。


「随分だな。偉そうなお前たちは、何者だ」


「ここで、何かを見なかったか? 」


 オーサの言葉を無視して、言いたい放題? 嫌なやつ。。


「おいおい、人にものを尋ねるなら、挨拶が先ではないか? 」


「見なかったかと、聞いている。答えろ」


 人を逆撫でするのが、得意みたい。ダメな大人だな。

 探しているのは子竜だろうけど、誰が教えるもんか。

 オーサも不機嫌を隠していない。他は無言だんまりでスルーだ。


「何かとは、なんだ」


だ」


「何か、ね。  よく分からんが……知らんな」


 煽っているのが丸わかりのオーサに、キレた相手は棍棒で雪原を叩きつけた。

 そんなもので怖がるほど「雷神」はヤワじゃない。


 堂々としたオーサの背中で、アンリは息を殺した。


「……ならばいい。警告してやろう。首を突っ込むな」


 なんの脅しかわからない捨て台詞を吐いて、村人らしき集団は街傍の森の方へ、すり抜けるように去って行った。

 ねちっこい視線を、コラント兄弟がうまく防いでいる。

 隠形している子竜たちが気取られなくて、よかった。


「アルビン。あいつらを監視してくれる? 」


「御意に」


 言葉少なに追跡を開始する背中を見送って、シルクスも動く。


「若。すぐに戻ります。キーエ親子に繋ぎを」


「分かった」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る