第34話 雪蛍亭の住人

 食堂は賑やかな空気に満ちていた。

 女将の人柄か、荒々しい冒険者らしき男たちのテーブルも、行儀良く食事をしている。


「奥のテーブルが、冬の間の指定席です。どうぞ」


 部屋まで案内してくれた従業員が、奥の窓際のテーブルに誘導してくれた。暖炉の斜め前なので、とても暖かい。

 綺麗な薄緑のテーブルクロスが、掛かっていた。


 ユーリカとジーナの間に低い台があり、マダム用の深皿が置かれている。


「宿泊のお食事は一種類です。単品でのオーダーは別料金です」


 広げて見せてくれる単品メニューの金額は、少し高い気がした。

 宿代込みのメニューは日替わりで、今夜は丸鳥と野菜の煮物具沢山スープに、瓜の酢漬け。薄く広げて焼いた無発酵の穀物パンだ。


「ユーリ、ジーナ。宿泊のメニューでいいかな? 」


 あまりよく分かっていないふたりは、素直に頷いた。

 足りなければ好きな物を、追加で頼んでも良い。

 ユーリカもジーナも好き嫌いはないので、日替わりメニューに決める。


『アンリ。わたくしは、酢漬けを外してくださいね』


 猫だけに、酸味は苦手だなと思うアンリ。口には出さないが、を読んだマダムは、小さくしおを吹いた。シャァァァ。。


 食事の前に出るお茶代わりの葡萄酒は、熱湯で割って薄めた物で、酒精はほぼ無い。お代わりも無料とメニューにあった。


 熱い葡萄酒が陶器のマグカップを温め、包み込んだ両手の指がほんわかする。同じように陶器を持ったふたりユーリカとジーナと、食事が来るまでの間、周りの客を見回して時間を潰した。


 厨房とカウンターで仕切られた食堂は、規則正しく並んだテーブルが七箇所。中央の大テーブルがベンチ仕様の椅子で、詰めれば八人から十人が席に着けそうだ。

 他のテーブルは、アンリたちが案内された四人掛けで、カウンター席には、いくつか背の高い椅子が置いてある。


「やっと落ち着けたね。食事が済んだら、ゆっくり寝よう」


 メリルと離れて、ようやく楽に息がけた。随分と気が張っていたのだと、初めて自覚する。

 おとなしいユーリカやジーナに、どれくらい負担をかけたのか、改めて腹立たしく思った。


「明日はゆっくりして、これからの事を考えようか」


「分かりました、アンリ」


「はい、にぃに」


 雪が深くなれば、馬車での旅を続けるのは難しい。ここは焦らずに、体力をつけよう。

 できるなら剣の練習をしたい。独力でどこまで行けるか、わからないが。。

 腰から外して椅子に立て掛けた小太刀を、そっとなぞる。


「変わった剣を持っているね」


 隣の席に着いた三人組から声をかけられ、アンリに緊張が走る。


「エルジー。あいさつが先だろう」


 乗り出している人の肩を、強引に引き戻す仲間らしき 人?。


(えっと……男? かな)


 声をかけてきた来たのは、エルジーと呼ばれた銀髪を短く刈り上げた人で、髪と同じ濃い銀の瞳が好奇心に煌めいている。

 ヒクヒクと動く少々尖った耳に、キラキラした石が連なっていた。


「エルフの人? 」


 思わず呟いたアンリに、エルジーは大口を開けて笑った。


「きみ、ボクだから良いけど、他の森林族になんて言って、喧嘩を売ったらいけないぞ? まぁボクは、クォーターだけどさ」


 エルジーの目が猛獣に変わった気がして、アンリの背中が震え上がった。何だか別の意味で、肝が冷えた気がする。

 

「あ、ごめんなさい。知りませんでした」


 知らないうちに、地雷を踏み抜いたらしい。慌てて立ち上がったアンリは、深く頭を下げた。


『森林族がここに居るなんて、珍しいですわ』


 顔を洗うマダムの念話は、のんびりしている。


「先に失礼だったのは、エルジーですの。坊や、これっぽっちも、気にしなくて良いのですわ」


 黒の長いローブを肩に託し上げ、滑り落ちる漆黒の髪を後に跳ねた美女が、うっとりと微笑んだ。これはこれで、肝が縮む。


「エルジーもベネッセも、いい加減にしろ。これから冬のあいだ同居するんだ。迷惑をかけるんじゃない」


 エルジーの肩を掴んだまま、渦巻く長い金髪を揺らす人が、綺麗な青紫の目を細めた。


「私はオーサ。冒険者パーティー「雷神」のリーダーで、拳闘士だ。私たちも、この冬を雪蛍亭で過ごす。よろしくな」


 ニカリと笑うオーサだが距離感が近い。アンリにとって、苦手な部類の人間だ。


「あの、どうして僕たちが、泊まり客だと分かるのですか? 」


 個人情報が漏れたなら、この宿に居るのは危険だと思う。


「ん? テーブルクロスのある席は、宿泊客の指定席だと決まっているが、知らなかったか? 」


 そう言われて見回した食堂に、中央の大テーブル以外は同じ色のクロスが掛かっていると気がついた。

 これは、ひょっとしなくても、常識かもしれない。


「そうなんですね。知りませんでした。ぼくはアンリ。妹のユーリとジーナです。それから、のマダムも、よろしくお願いします」


「ああ、こちらこそよろしく。改めて、雷神のリーダーで拳闘士の、オーサだ」


「ボクは精霊剣士のエルジー。アンリ君。きみ、可愛いね」


「精霊術師で賢者のベネッセですの。変態エルジーは、無視してよろしくってよ。あぁ、わたくしたちは全員女性ですから、弁えてくださいな」


 盛大に吹いたアンリは、葡萄酒を飲む前で良かったと胸を押さえた。


( ってか、エルジーって、ショタ系なのぉ!? )


 貞操の危機を感じてアンリは青くなり、台から転げ落ちたマダムは、床を転げ回って爆笑した。

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