第27話 再出発
塔へ帰ると、大変な騒ぎになった。
竜鱗の革鎧を見て、マダムが泣き出したから。。
おかげでアンリは、全方位から責められた。
「俺が悪いの? 勘弁して 」
精霊と小竜は頭上を飛び回り『あやまれ』と連呼するし、ユーリカには「最低です」と怒られるし、グスグスと鼻を鳴らしながら、ジーナに上目遣いされ、可愛いと思うし。。
「なんでか分からないけど、分かったから。 ごめんなさい」
どこかで聞いたな、これ。と頭の隅で思う。
不可解だからこそ言っとけ。
とにかく言うだけ言えと、天啓が告げる。訳の分からん心境だ。
なんだかなぁと思う。「
『いいえ、アンリのせいではありません』
折れて謝るのを待っていたような、絶妙なタイミング。
(おいおいおい。謝る前に取り成せただろうが! )
アンリの思いを読んだマダムが、チラと流し目をくれた。
「……ごめんなさい。マダム」
結局は、二回も謝った。くっそぉぉぉ。。
儚げなため息をつく子猫に、拳が震える。
『オリジンの 白竜の革 です』
「? だれ? それ」
じっと胸元を見つめるマダムに、じわりと汗が出てきた。
アンリの心臓の辺りには、核がある。肉体を、この世界に留めるもの。
亡国の騎士の核に女王の核が混じったとかなんとか、マダムが言っていた。
「もしかして、騎士の核? 」
『はい。女王陛下の核も、です」
「マジか。いや、マジで? 」
自分のすべてをくれると言った騎士。力を譲ると言った女王。
『白竜は、オリジンに最後まで追従し、共に消えたと』
ソファーに広げた純白の革鎧が、愛しくて堪らなくなる。
ロンツの鍛冶場で感じた想いに、納得した。
革の表面を撫でながら、ありがとうと言葉が溢れた。
「不思議だよな。俺と縁があるんだ」
『オリジンの核と、です』
細かな訂正を入れるマダムに、ちょっとだけイラっときた。それでも間違いはないので、余計なことは言わない。
念話で器用に舌打ちするマダムに、アンリは聞こえなかったと自分に言い聞かせた。
亡国が滅んだのは遙かな昔で、
それが巡り巡って、
最後まで
「よろしくな。これからは、一緒だ」
そっと。そっと、労るように。。
白光する滑らかな竜鱗の鎧を、アンリは撫でた。
******
塔で休養すること三日。
一行はスカルを御して、ホータン近郊の林を出た。
快晴の早朝は、切れそうな風で顔が痛い。
「ほんのちょっと離れただけで、寒さがキツくなってる? 」
塔の周りは常春だと、マダムは言っていた。
ずっと春では飽きがきそうだと思うが、極寒よりはよっぽど良い。
足元を突ついて温風を出す。
両隣りに滑り込んだユーリカとジーナも、器用に足元を蹴って、湧き出す温風に頬を緩めた。
「よし。ホータンを目指すか」
軽快に走り出した前方には、冬枯れた草原と、寒々しく葉をつけた林が点在している。
起伏しながら広がる茶色い草原に、時々細かな雪が落ちてきた。
晴れた空のどこか遠くでは、雪が降っているのか。
「風、凄いし。吹き飛ばされて来る、 かも? 」
傾斜が大きい坂道を登り切った先に、森を見つけてホッとする。
間道を挟んで、かなり深そうだ。道も整備されているのか、若干振動がマシになった。
『風除けになりますね。魔獣の気配も致しません』
ぬくぬくとユーリカの上着に潜り込んだマダムが、頬の辺りに顔を出している。
毛玉なのに寒いのか。などと思っても、口には出さない。
初めはアンリのフードに入ろうとしたマダムも、竜鱗の革鎧には爪が立たずに転げ落ちた。
ジーナは構いまくって撫でるので、居心地が悪いらしい。猫だし。。
結果、放置してくれるユーリカで落ち着いたようだ。
『ん? アンリ。なんだか、焦げ臭くはありませんか? 』
マダムに言われて嗅いでみるが、寒すぎて今ひとつ鼻が効かない。
「にーに、なんだかくしゃい」
御者席に立ち上がって、皺の寄った鼻を擦るジーナ。同じように立ち上がったユーリカが止め、ハンカチを渡す。
頭越しにやられると、ちょっとばかり鬱陶し、いや危ないから、やめようよ。言わないけど。マダムの視線がね。こう。。
「あー、なんか落ちてる」
腕ごと上げて指差すジーナ。目を向ければ、ぼろっとした人が落ちて。
「焦げているみたい? 」
ユーリカの呟きに、スカルが足を止める。
前に襲ってきた者は、子供を使って馬車を止め、油断させて荷を奪った上に、殺そうとしてきた。
様子見に行った精霊が、倒れた身体の上を飛び回っている。
『寝ているのね』
『そう、寝ているだけよ。きっと』
『でも、ボロボロですわ。あちこち焦げていますし』
『これでは、何も聞けません。困りました』
『困ったの? 』
『マダム・ブランティエに、ご報告』
『そうよね』と、声を揃えて帰ってきた。
なんのために行ったのか、自覚はあるのか? 。
『どう致しましょうか。放置しても、宜しいかとは存じますが、罪なき村人であるなら、いささか罪悪感が 』
相変わらず歯に物が挟まった言い方で、マダムが見上げてくる。
素直に見に行けと、言ってほしい今日この頃だ。
「行ってきます。くれぐれも油断しないで、この前みたいに襲われたら、俺に構わず逃げてくれ」
『はい。逞しくなられました、アンリ。了解ですわ』
やっぱり妖怪変化は、思い切りがいい。 今日この頃。。
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