第26話 竜鱗の防具
いくら待っても、奥から出てこないロンツ。物思いに沈んで、浮上してこないガッシュ。
店の隅にあった空き箱に腰掛けて、アンリは周りを見回した。
高そうな武器は、カウンターの向こうの壁に飾られている。
手に取れる場所には、安っぽい短剣や投げナイフの棚があり、その下の樽には、
あちこち眺めて目に止まったのが、樽に刺さった何本もの剣だ。
じっと見つめるうちに、どうしても気になる一振りがあった。
他の剣は抜き身のままだが、それだけ鞘に納まっているからか。。
「なんだろ。すごく気になる」
引き寄せられて手を伸ばすアンリの背に、呆れ返った声がかかる。
振り向けば、半眼のロンツが立っていた。
「まだ居やがったのか。今度は
自分の店の剣を、鈍だと言い切るロンツに呆れる。
ずいぶんと変人……頑固……職人な男みたいだ。
大剣をやると自分で言った言葉は、取り消しそうにない。
アンリにやるとは言ったが、あの大剣は業物に思えて、タダで貰うのは気が引ける。
「いや、大剣は買うよ。タダで貰えるようなモノじゃないし」
側まできたロンツに、樽から引き抜いた鞘付きの剣を見せる。
「こいつは
剣とアンリを見比べた後、ロンツの顔がニマリと歪んだ。
「大剣を買ってくれるんだ、その
「そう? なら、ありがとう。後は防具も欲しいんだけど、ここには無いの? 」
胡散臭いと思いながらも、機嫌が良くなったロンツに聞いてみる。
「防具は奥だ、値が張るからな。ここには置いておけない。ツケは効かないが、お前に買えるのか? 」
足元を見たロンツの言い方に、アンリはポシェットから大袋を出した。
カウンターへ置く際に、ジャラリと重い音がする。
紐を緩めた袋の口から、金色の硬貨が覗いた。
「金貨で二百枚ある。
あんぐりと顎を落としたロンツに、ニマリと笑い返してやる。
「おい、待てよロンツ。
やっと復活したガッシュが、間に割って入った。
「この
さっさと金袋を仕舞うロンツに、説得を諦めるガッシュ。
「 言い出したら聞かねぇな。お前も」
ロンツの言い分に説得を諦め、頭を振ったガッシュは、アンリを見てやっぱり頭を振った。
「俺は知らねぇからな」
むすっと横を向いたガッシュだが、物も言わずにふたりの後を追ってくる。ガッシュも変人……心配性だ。
通された奥の部屋は、様々な防具で埋まっていた。
全身鎧は無い。
店へ買いに来るのは冒険者や探索者で、貴族なら自前で鍛治師を抱えている。
ロンツが奥の奥から引っ張り出して埃を払った木箱には、柔らかな革の防具が入っていた。
美しい純白の革鎧。籠手も脛当ても同じ革で柔らかだ。
大きさは子供用と言われても納得する。
「中古品だが、亡国の白竜の革だそうだ。竜の力が残っているから、大抵の攻撃は防ぐらしい。最高ランクの冒険者が、引退する時に売り出した物を、大金
見惚れている内に、熱いものが胸に満ちてくる。泣きたくなって、アンリは胸元を鷲掴んだ。
「
平然と言い切るロンツに、ガッシュが難しい顔をした。
アンリは柔らかな革を撫でて、頷く。
哀しくて、それでも暖かな想いに躊躇うが、買うなら今しかないと、強く思った。
「わかった。これ、貰うよ。代金は足りるんだね? 」
「おおとも。確か鎧専用の収納鞄が、木箱の底にあるはずだ。持って帰ってくれ。大剣を背負う剣帯もつけてやるし、
上機嫌なロンツの横で、ガッシュは不機嫌に腕を組んでいた。
「ぼったくりやがって 」
ポツリと零したガッシュの言葉を拾ったが、アンリに不満はない。
その場で革鎧を着込むと、誂えたように身体を包んでくる。
「ほぉぅ、こりゃぁ驚いた。可変付与の鎧だったのか。あぁ まぁ良い。売ると言ったのは俺だからな。返せとは言わんよ」
売るのが惜しくなる
剣帯を調節してもらい、背中に大剣を背負う。腰に剣を刺す輪っかが付いたもので、鞘付きの剣もすんなり収まった。
大剣を背負った瞬間は、ズシリと感じたが、すぐに重さはなくなった。
初めて斜めに装備する大剣だが、動き回っても邪魔にならない。
不思議だが、どう動けば良いのか身体が知っていた。
「大丈夫そうだな。そのまま帰るのか? 待ってろ」
いったん奥へ引っ込んだロンツは、古いマントを着せ掛け、肩掛けの収納袋を突き出した。
「目立つからな、着ていけ」
なんに疲れたのか、ガッシュはげっそりしている。
じっと見つめても、なんでもないと首を振られた。
「ありがとう、ロンツ。世話になったね、ガッシュ。じゃぁ、帰る」
ロンツとガッシュを残し、アンリは足早に歩き出す。
どこか人目に付かない扉を見つけて、塔に帰ろう。
見送るふたりが肩を竦めているのも知らず、アンリは角を曲がって走り出した。
******
「あんな
吐き出すようなロンツに、ガッシュは乾いた笑いで答える。
馬車を買いに来た時も、武器屋を紹介しろと言った今朝も、持てるはずのない大剣を振ったさっきも、小憎たらしい小僧だった。
「けど、まぁ。面白い奴でもある よな」
まんざらでもないガッシュに、ロンツも片眉を上げて同意した。
小さくて細い子供が、自身の背丈と同じ
騎士のように構え、一振りした剣が、空を切ってピタリと静止する。
並の男でもふらつく一閃を、あの小童がブレもせずにやってのけた時、湧き上がる興奮で全身が総毛立った。
思い返すたび、忘れたはずの熱が、胸を震わせる。
「久しぶりに、一杯やるか? 」
ロンツに誘われるのは何年ぶりだろう。そう思いながら、ガッシュは笑って頷く。
「待ってろ。炉の火を落としてくる」
心持ち弾んだ歩調のロンツに、ガッシュも若かった頃を思う。
無茶を無茶とも思わなかった日々。
開ける未来しか見えなかった
久しぶりに語り明かし、深酒するのも良いだろう。
店じまいするロンツを待ちながら、ガッシュはもう一度、アンリの背中を思い出していた。
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