第25話 ロングソード

 目の前で、ガッシュと厳つい男がギリギリと睨み合っていた。

 ひっくり返した樽の上で、握り合った拳が震える。


「真っ昼間っから、何やってんだか 」


 ムキになる大人に、呆れ返るアンリ。

 ガチで腕相撲を繰り広げる周りでは、同じようなおとこどもが酒盛り状態だった。


 ガッシュに連れられて行った先は、鍛冶場が連なる一角で、ものすごく袋小路だ。

 鉱石やら木炭が、ただでさえ狭い通路の両側に積み重なり、炉の煙やら溶ける鉱石やらの、一種独特な匂いに満ちている。


「気持ち悪い 」


 軟弱と言われようと、しゃがみ込んで動けないアンリが、根性無しではない。ほんと。。


「よっしゃぁ! 」


 ガッシュの雄叫びに、漢どもの歓声と怒声が交錯する。

 三回戦を制覇した興奮は良いが、とっとと頼み事を思い出して欲しい。


「ガッシュ。腕のいい鍛治師って、どの人? そろそろ教えてもらえるかな」


 気持ち悪さで小声しか出ないアンリ。騒ぐ漢どもの耳には、全く届かなかった。

 時刻を知らせる教会の鐘が鳴る。

 騒いでいた群れが散ってゆくと、ガッシュと対戦相手が残った。


 アンリを睨み下ろす対戦相手が、ぶっとい腕を持ち上げたのに、思わずしゃがんだまま下がろうとして、尻餅をつく。

 殴られるかと思ったゴツい手は、意外と優しく頭を撫でてきた。


(俺は子供かよっ  て、子供だったわ)


小童こわっぱか。わしの剣が欲しいとは、十年、いや百年は早いはえぇんじゃねぇか? んん? 」


 小童こわっぱでも軟弱でもいいから、扱える剣が欲しい。

 気持ち悪さを我慢して、アンリは立ち上がった。


「妹たちを守れる剣が欲しいんだ。見せてくれよ」


 あからさまに、遠い目をしないでくれ。凹むだろうが。。


「ロンツ、こいつにも事情がある。なぁに、自分を知れば諦めるさ」


 お気楽なガッシュに腹が立つ。けれどアンリを見下ろす巨漢に、声が出ない。

 仕方ないと言った態度を見せながら、鍛治工房へ入って行く体躯は、赤熊の背中みたいに盛り上がっていた。


 見上げたガッシュに、顎で行けと示された魔窟店内へ、嫌々ながら入る。

 店の前はガラクタ置き場と勘違いする状態でひっくり返っていたが、工房の中は整然と片付いていた。

 むさ苦しい身なりに比べ、店の棚や仕事場は綺麗だ。

 火を落としていない炉が、眩しい赤を溜めている。


「んで? 得物は何にする気だ」


 つっかえながらカウンターを潜り、振り返った赤熊ロンツが聞いてくる。

 迷うアンリの頭に、大剣が浮かんだ。ついでに、それ大剣を振り回す大柄な騎士も、くっきりと姿がぎる。


「 できれば、大剣ロングソードがいいかなって」


「馬鹿か、お前はっ! 」


 鼓膜が痛い大声で、ロンツが怒鳴った。

 巨体が乗り上げたカウンターは、破壊寸前で悲鳴をあげている。


「えぇと、希望は大きく? とか」


 仰け反りながらも言い返せば、埃を吹き飛ばす勢いで、鼻息を吐かれた。

 なんか言い返してくれと助けを求めたのに、ガッシュは他人事と耳を穿ほじっている。

 ロンツが突き出してくる鼻に、いや厳つい顔に、怖さを誤魔化した愛想笑いが浮かんだ。


「よぉーし、待ってろ。一回いっぺんでも振れたら、くれてやろうじゃないか。逃げんなよ、小童こわっぱがっ」


「ぅ、はい」


 勢い込んで奥へゆくロンツ。見送るガッシュが、腹を抱えて笑う。


「まぁ、頑張れや」


 すでに後悔しているアンリに、冷たい言葉と止まらない含み笑いを、遠慮なく投げてくる。


(なんでだ。大剣くらい使えるって、なんで思ったんだろ)


 混乱しまくりなアンリの前に、ロンツは両手で捧げ持った大剣ロングソードを差し出した。

 ちょうど、アンリの背丈と同じ長さ、幅も馬鹿みたいに広い。


「さぁ小童こわっぱ。持てるもんなら、持ってみろ」


 冷や汗を流すアンリと、無意識に伸びる腕。

 しっかりと柄を握りしめた途端、身体が動いた。


「『いい剣だ。振ってみても? 』」


 ふと、誰の声かなと思う。

 自分と重なるように、もうひとりの自分が居るような 錯覚? 。


「お前  なんなんだ」


 右手は硬く、左手はバランスを取って軽く握る。

 手首も肘も緩く伸ばした両腕の先、大剣は身体の延長に感じられた。


 驚愕に目を見開くロンツとガッシュの前で、アンリはゆっくりと剣先を持ち上げる。

 立てる位置に振り被り、踏み出しと共に真っ直ぐ断つ。

 歪みもブレもない剣筋で、切先がピタリと静止した。


「『重さもバランスも、申し分ない』 って、あれ? 」


 今、自分は何を言ったのか。反芻すると、冷や汗が吹き出してくる。

 腕を組み、難しい顔で視線をくれるロンツとガッシュを、上目遣いに伺いながら、アンリはそっとカウンターに大剣を寝かせた。

 やっちまった感が半端なくて、顔が引き攣る。


「ぁー、なんだ。振れちまうのか。むぅぅ、あんた魔術も使えるんだな。身体強化って言うのだったか。ぃや、いい! なんも言うな。分からねぇが、分かった。うん」


 挙動不審のロンツに、返す言葉が無い。だいたい魔術なんて、一般的なのかも知らない。

 応とも否とも言えるわけが無かった。


「なんか事情があんだろ。何も聞かねぇ、貴族様の厄介事にゃ、巻き込まれたくねぇ。それ持って、とっとと帰ってくれ、な」


 今ひとつ意思の齟齬があると思うのだが、ロンツはそそくさと店の奥へ引っ込み、考え込んだガッシュは上の空だ。


「うー、まいった。どうしようか」


 カウンターの大剣と考え込んだガッシュ。奥へすっこんで、出てこないロンツ。

 身動きが取れなくなったアンリは、とりあえずガッシュが物思いから覚めるの待とうと決めた。


「この店って、椅子はあるのかな」

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