第24話 気分を変えよう

 馬車を駆けさせ、一刻を過ぎる。それでも襲われる恐怖に押されて、止まる事ができない。

 このままでは、スカルが潰れてしまうのに。。


『あの林へ。一度、塔へ帰りましょう。とても不安です』


 さっきよりは規模の大きい林がある。マダムの指示通り方向を変える。


『我が名ブランティエに従えしモノ。速やかに道を開け』


 林の中に壮麗な門が立ち上がり、馬車の進行に合わせて開いて行く。

 眩い光の膜を潜れば、変わりない薔薇苑と広い石畳に囲まれた塔があった。

 気候さえも春そのもので、かえって寒さが肌に染みる。


『しばらくは休養して、これからの対策を考えましょう』


 厩舎で鞍を外し、スカルを休ませる。

 湯気を上げる馬体をアンリが丁寧に拭き取り、汲みたての水と飼い葉をユーリカが用意した。

 先にジーナが差し出したりんごを、スカルは嬉しそうに食べる。


「ありがと、スカル。ゆっくり休んでくれ」


 身体も疲れているが、気持ち的にも限界だったジーナとユーリカは、軽い食事の後、居間のソファーで眠ってしまった。

 手を繋いだままのふたりが落ちないように、もうひとつのソファーを向き合わせに置いて、毛布をかける。


「怖い目に合わせてしまったな」


 あのまま馬車移動を続けていれば、きっと体調を崩していた。


「俺、強くならなきゃ 」


『さようですね。方法が無いわけでもございませんが……危険かも知れないのです』


 いつもの専用クッションに寝そべるマダムが、気落ちしたため息をつく。

 不穏な言葉に反応して、アンリは顔を背けた。

 前例があるマダムのは、怖すぎる。


『聴いていましたよねぇ。アンリ』


 ろくな方法ではないと、確定した。


『はぁっ  軟弱者でしたか 』


 ちょっと苛ついたのを、力尽くで押さえ込む。


『元はと言えば、ユーリカの半身……女の子ですもの。強くならなきゃ なんて真摯な言葉、空耳でしたのね。  はぁ 』


「ざっけんなっ やってやろうじゃん!  ぁ」


 煽られてたまるかと思うが、的確に引け目を突つかれて、気づけば立ち上がっていた。


『さすがは、アンリ。紳士でしたわ』


(このぅ、妖怪変化。口先バ○ァか! )


 思いついた言葉を胸の中で吐き、拳を握るアンリに、子猫マダムが小首を傾げた。


『聞こえておりましてよ? おつむの中が 』


 念話を忘れていたアンリだ。なんとも言えず肩を落とす。


『さぁ、ユーリカたちが眠っている間に、済ませてしまいましょう』


 元気いっぱいなマダムに比べ、目の光を失ったアンリ。

 燃え尽きなければ良いが。。


 指示されるまま寝そべった床に、アンリを呑み込むくらいの大きさで精霊陣が立ち上がった。


『大丈夫ですわ……たぶん。さぁ、気持ちを楽になさって下さい』


(怖すぎて、できるわけが無いだろうがっ)


 薄らぐ意識の中。果てしない螺旋に囚われたアンリは、引き寄せる力のまま沈んでいった。

 急高下に振り回され、心臓がバクバクする。

 身体を圧迫する重圧に、意識がふっ飛び。気付けば急上昇していた。


「くっ 」


 恐怖で身体が固まり、自然落下で悲鳴が上がった。

 いつ気を失ったか分からない。

 ふと気づけば、混乱して落ち着かない頭を誰かが撫でていた。それが気持ち良くて、胸の底から安堵する。

 頭に感じるのは、ゴツゴツした硬い手のひらだ。


『陛下に見合わせてくれた事、感謝する。何か望みがあるなら。我で叶えられる事なら、遠慮なく言ってくれ』


 深い、とても優しい男の声が頭に響く。

 目を開けて顔を見たいのに、重くてだるくて、動けないのがじれったい。


わらわからも感謝を。して、おまえは何を望む? 』


 望み。そう聞かれて、強くありたいと切なく思う。非力な自分が、いきどおろしくて悔しい。


『強くありたいか。それは、我も同じだった。良かろう。さほど強くはないが、我の全てをお前にやる。好きなように、使うが良い』


『妾の力も、其方そなたに譲ろう。良心に恥じぬよう、使うが良い』


 さらりと柔らかな指が、アンリの頬を撫でた。


『其方は、妾たちの子と言っても良い。自由に生きよ。息災に居よ』


 不意にまた、中空へ放り投げられた感覚がした。

 全身が泡立ち、肝が凍える。

 ほとばしった悲鳴に飛び起きて、冷や汗の滴るまま周りを見回した。


「ななな な なに!  へっ  ぇえええっ  え? 」


 向き合わせたソファーの上で、ユーリカとジーナが抱き合っている。

 ものすごく驚いたのか、ふたりともまん丸に目を見開いていた。


「あ れ? 」


 床に座り込んだアンリの足元で、綺麗なお座りをしたマダムが、肩を震わせている。


「  にーに。びっくりしたの」


「えぇっと。怖い夢でも見た? 」


 遠慮がちなジーナとユーリカに、大声をあげたのは自分かと、なんとも言えず恥ずかしさが募った。


「あー  ダイジョブだ。シンパイナイヨ」


 横を向いて肩を揺らすマダムが恨めしい。じっと見つめる先で、わざとらしく顔を洗い始めた子猫に、アンリは歯軋りする。


「これからの計画とやらを、話し合おうぜ」


 ちょっぴり凶暴なアンリに、珍しく子猫マダムがビクついた。


『ホホ まずは武器と防具を、見繕いにまいりましょう』



******

 火を扱う場所へ行くため、アンリは誰も連れずに王都へ飛んだ。

 転移の鍵はガッシュ馬商人の店に近い、路地奥へ繋がった。

 さほど歩く事なく到着した店で、相手をしてくれないガッシュに纏い付く。


「だからさぁ。出来の良い武器が欲しいんだ。誰か紹介してよ」


 面倒な帳簿付けをしている馬商人ガッシュは、目の前のカウンターで頬杖をつく悪ガキアンリに、わざとらしく鼻で笑った。

 そのまま無視して帳簿に意識を向けた時、カウンター越しに小さな指が小計した数字を押さえる。


「ここ、計算間違いだから」


「ぬぁにぉ! 生意気な事をかす  んん? 」


「ほら、ここで桁間違いしてるし」


 指摘された箇所を筆算し直したガッシュが、あんぐりと顎を落とした。


「  ぉめぇ  いや、なるほどなぁ。 助かったわ」


「計算を手伝ったら、紹介してくれると、嬉しいかなぁ」


 得意顔するアンリが憎たらしいのか、苦虫を口いっぱい頬張った表情で、ガッシュは明後日の方へ視線を向けた。


「考えてやっても、良いかもしれない  」


「ありがとう。じゃぁさっさと終わらせよう? 」


 アンリの手伝いで、瞬く間に帳簿付けが終わった正午。

 弟子に店を任せたガッシュは、久しぶりに幼馴染の鍛冶工房へと足を運んだ。

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