第22話 初めての戦闘に 世界を再確認する アンリ その一

 馬車と厩舎テントを除外し、丸く張られた結界の中で、マダムの精霊術が発動していた。

 満天の星空を背景に炎が炸裂し、黄金の落雷が大地を抉る。

 おまけに大振りの氷槍が降るなど、聞いていない。

「ざっけんな! 」

 避けると言うより逃げ惑うアンリを目掛け、氷槍が縦一列に突き刺さった。

「あ ぶなぃ」

 爪先立った靴すれすれに刺さった氷槍が、揺れた反動で折れ、地響きをたてる。

「マダム・ブランティエ…ちょっと 怒ってま す ? 」

 マダムの本気に、血が凍る。

 昼間の出来事を思い出し、大量の冷や汗と悪寒がアンリの背中を伝った。

 別に悪戯したわけではない。

 実験も兼ねた狩りの仕掛けに、構築したばかりの雷魔法を仕込んだだけで。。

 痺れるマダムが可笑しくて可愛くて、思わず大笑いしたのは致し方ない。はず。。

「まさか、引っかかるとは思わなかったわけでして。決して悪気があった オワォ!」

 立ち竦む背中に沿って、雷が落ちた。

 綺麗にお座りしたマダムの姿は神々しく、やや斜めに上げた顎が、不機嫌さを主張して非常にあざとい。

 流し目に込めた怒りは凄まじく凍りつき、片眉が上がったような気が。。

 形振なりふり構わず、すべてを振り捨てて、アンリは五体投地した。

「申し訳ありませんでしたっ! 俺が悪うございました! 罪滅ぼしに、何なりとお申し付けくださいませぇ! 」

 絶対に勝てない。

 地獄の魔王も、きっと尻尾を巻いて撤退する。

 魔王に尻尾があるとか無いとかどうでも良いが、せっかく貰ったこの命は大事にしたい。

 この上なく脈絡の無い決意を認めたのか、大げさに鼻を鳴らしたマダムは、馬車へ帰って行った。

 張られていた結界が消え、御者席で見学していたユーリカとジーナが降りてくる。

「…たすかった 」

 実戦訓練を言い渡された時に、氣がついて謝ってさえいれば、これは回避できた。

 思えばユーリカの目配せや、ジーナが凝視してくる意味を正しく解釈していれば、肝が凍える訓練など、しなくても良かったものを。と、深く反省した。

「にーに…」

「…ふぅ」

 ふたりの呆れ返った様子が、いちばん心を削る。

「…とっても 理不尽だよ」

 マダムが見せる普段の行動を思えば、大笑いするくらい可愛いものだろうに。

(なんて大人気ない猫…いや、精霊の親玉? なのか)と、声に出せずとも言いたかった。

 脱力して起き上がれない頭を、ジーナが適当に撫でた。

 飛び回っていた子竜たちは、楽しげにアンリの腹へ急降下し始める。

(結構 痛いぞ。やめんかい)

 ぐずぐず寝転がったままのアンリを覗き込んで、女子組は深くため息を吐き出した。

「もぅ、さっさと起きて、お風呂にでも入れば? 」

「…にーに、汗臭い」

 二段構えで放たれた言葉が、アンリに止めを刺した。

「おぉぅ 心配皆無の 直球攻撃かよ」

 ユーリカの肩が揺れた。

「意味の分からない事は言わないの」

「にーに…かっこ悪い」

 アンリの目が、完璧に死んだ。


*****

 昨日はえらい目にあったと愚痴りながら、スカルの厩舎テントを片付ける。

 明けたばかりの空は薄暗く、草原を覆った霜柱が、踏みしめるたびに音を立てて崩れた。すっかり馴れた様子で配置に着くスカルの前に、飼い葉と水を置いてやる。

 馬具で擦れないよう掛ける毛布に、人肌程度に温まる微温の魔法陣を敷いた。

 動き出せば汗をかくだろうから解除するが、食事の間にじっと待っているのは可哀想な気がして、温風の魔法陣が完成した後に、微温の陣を構築した。

 気温が下がった今では、日課になっている。

 口を覆っていても、肺が痛くなるほど寒い。

 馬車の前扉から顔を出したユーリカが、朝食だと声をかけて急いで引っ込んだ。

「できれば、暖かくなるまで塔に居たい…」

 あまりの寒さに、今日の女子組は御者席へ出ないかもしれない。

 一日中ひとりぼっちは寂しいと、悲観的になった。

 一言零せば、紳士たるものと、マダムの説教が始まりそうなので、言えない。

(いかん、前向きだ、前向き。とっとと飯食って、頑張るぞー)

 元気に食事するスカルを眺め、自分に重ねて乾いた笑い声を上げた。

「がんばれ、俺」

 簡単な朝食後、寒さ対策したユーリカとジーナは、アンリの左右で御者席に着いた。

 昨日はうまくいかなかった属性魔法の構築を、完成させる気満々だ。

 足元からは温風が昇ってきて、覚悟したほど寒くはない。

 内心でいい仕事をしたと、ご満悦だったのだが。。

『しっかり集中なさって下さい。攻撃魔法が甘いです! 』

 走り出して暫くたった頃、身体強化しながら並走するようマダムから指示が出た。

 これは昨日の大笑いに対する罪滅ぼしだろうと、素直に従った。

 もう二度と、あんなに過激な実戦訓練はしたくない。

 魔力切れでへたばるまで走れば、許されるはずと始めたのだが、何故か魔力量が増えたようで、どれだけ走っても平気だった。

 自力ではありえないので、首をかしげる。

 昼食前まで走りきって達成感に浸るも、午後からは身体強化マラソンに、攻撃魔法の訓練が上乗せされた。

(このぉ、#$%&=*><!!!)

 お上品でない罵詈雑言を、人知れず心の中で吐きながら走る。

 なんとなくマダムと目があった途端、呆れかえって首を振られた。

 なんだか馬車の速度が上がったような。。

 この幻覚は、魔力枯渇の前兆かもしれないと、気合を入れる。

 草原に点在する岩を標的に、複数の雷を当ててみた。

 ほとんど変化がないのは、威力の弱さと岩が無生物のせいだろう。

 昨夜、風呂に浸かりながら構築した魔法を、色々と試している。

 高速回転する風魔法に、細かな水滴を投入。静電気が起きるかもしれないと思っていた通り、雷の魔法陣が組みあがった。

 風魔法の放熱で水の温度を下げれば、鋭角な氷の礫ができた。

 後は纏わせる空気の圧縮加減で、瞬発力を工夫する。

 飛距離は短いが、なかなかの威力で岩が削れた。

 何の魔法かと女子組に聞かれ、適当に発動呪文を付けて教える。

(雷撃と、氷弾でいいか。覚えやすいし)

 真顔で宣うアンリを見つめ、揃って首を傾げる女子組が愛らしかった。

「ラーゲキ ヒョダン? 」

 相変わらずジーナの可笑しな発音に、この世界では難しいのかと笑ってしまった。

 可愛いくて思わず笑ったアンリに、女子組は機嫌を損ねた。

 お詫びに属性魔法の構築を手伝う羽目になったが、まったく解せない。

(そろそろ座席で休ませてくれ! )

 アンリの本音が、心の中で炸裂した。

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