第19話 魔法の練習です その二

『アンリ、ユーリカのお世話は、わたくしが致します。できれば、水属性の攻撃魔法を、構築して頂けますか? 』

 聞いているのかいないのか、アンリはユーリカの属性球を取り込んだ後、透明の球体に炎属性と風属性の陣を縦に浮かべ、温風をイメージしながら重ねている。

(イメージ重視なら、うまくいく筈だ)

 互いに逆回転する陣が、時折書き換わりながら融合していった。

「アンリ、着替えてきます。って、何をしているの? 」

 濃藍色と緋色が混ざり合って、マーブル状の魔法陣が構築されている。

「…にーに、聞いてる? 」

 真剣な顔をしたアンリは、金渦の球体にマーブル魔法陣を取り込み、温風を想像しながら発動した。

「やった…か? 」

 左手から熱めの風が吹き出し、冷たくなっていたアンリの頬を温めた。

「ユーリ、じっとしていて」

 手をかざし、ゆっくりと上下に移動させれば、ユーリカのマントが乾いていった。

(手動式乾燥機、完成! ドライヤーだよな。便利ぃ)

 自己満足で得意げなアンリに、マダムは呆れた。

『精霊陣の使い方が、なんと申しましょうか…予想外? いぇ、違う属性の精霊をねじ伏せるなんて、滅茶苦茶です 』

 充分にユーリカのマントを乾かした後、自分のマントも乾燥させる。

「よし、これくらいか」

 程よい温風で温まったアンリの身体から、かじかんだ強張りが解けた。

「これ、足元に構築できたら、オープンカーみたいに暖かいかも。無理かな? 」

 解読不能なアンリ語を聞いたマダムが、大げさにため息を零す。

『まったくこちらの言うことを、耳に入れていませんね。えぇ、お見事なおツムでございますわ。えぇ、感服致しました』

 何かを呟くマダムは後回しにして、駄目で元々とアンリは構築した金渦の魔法陣を、足元の床に押し付ける。が、何の変化もなく陣は消滅した。

「んな訳ないか。やっぱり無理かぁ。付与魔法とか、いけると思ったんだけどなぁ」

 お気軽な技能があるわけないとがっかりしたし、反省もした様子だ。

『アンリ、聞こえていますか? 水属性で、攻撃魔法の構築はできませんか? 』

 いとも簡単に指示を出すマダムだと、アンリは思う。

 やはり今までの声がけを、まったく聞いていなかった。

 実際に目にしたものなら即座に構築できた女子組の魔法を、マダムは底上げしようとしていた。

「ん…やってみる」

 記憶の中から浮かび上がるイメージを、手に集める。

 飛沫で濡れないように、突き出した手の平は草原に向けた。

(…何だろう、凄くはっきりしたビジョンが、浮かぶんだけど)

 思い浮かぶクッキリとした形に意識を向けると、手の先で透明な水球が変化した。

 新月状になった水球は、外側に鋭角の刃を持つ。

「目標は、あれにしよう」

 前方の左側に、ポツンと岩がある。

 それほど大きくもない岩と、幾つかの小岩が転がる場所だ。

『具現化しやすいように、鍵となる言葉を付けて下さい』

「適当に付けて良いの? 」

 村人に襲われた時の事を思い出したのか、マダムの目から光が消えた。

『できれば、事象を表す呪文を希望致しますが…ハァ、ご無理を申し上げました』

「をぃ…」

 素なのか、口の悪さなのか、相変わらずの言葉選びだ。

(横文字より、日本語の方が良いか)

 集中力を上げると、水の新月がうっすらと光を帯びた。

「穿て、水刃」

 風切り音と共に打ち出された水の刃が、岩に直撃して四散する。

「わぁ…えっと、ウガテ、スイジン? 」

 感嘆の声を上げたユーリカが、すぐに真似をし始めた。

 球体を変形させて固定化するのに、随分と苦心している。

『炎の属性球も、お願い致します』

 サラリと言ってのけるマダムに少しだけムッとなるが、期待を込めたジーナに見つめられると、嬉しくて頬が緩む。

「わかった」

 炎の属性球を構築し、色々変形させてみる。

 一番しっくりくる形は、円錐形。

 いわゆる弾丸型で、人差指の爪くらいに圧縮すれば、緋色から白に変化した。

「穿て、火焔弾」

 バスッと発射された弾が、着弾と同時に岩の表面を砕く。

 声もなく見つめていたジーナが、嬉々として火焔弾の構築にのめり込んでいった。

「うがて? かえ、んだん? かえ、んだん…むぅ」

(うちの女子組って、過激……活発だったのね)

 ほんの少し、冷や汗が出るアンリだ。

 なかなか上手く構築できない女子組をマダムに任せ、魔法陣の付与ができないか考えてみる。どうしても、このまま寒いのは嫌だった。

(金渦球が、保存と再生なのは間違いないと思う。保存して再生した魔法陣は、固定化されるから、イメージで変化させて使うしかない。と言うことかな。なら、固定化する前なら、いける? )

 初めてジーナの属性球を取り込んだ透明球は、解析して魔法陣を立ち上げた。それを草原に投げた時、炎の陣は消えずに地面を焼いていた。

(聖の属性球で上書きされたけど。もし、そのままなら、消えなかったのか? )

 透明球を具現化し、温風の魔法陣を選ぶ。

(…もしも付与できたとして、ずっと発動させるより、オンオフできれば良いのにな。オンオフの連結魔法陣って、できないかな)

 透明球を出したり消したりと繰り返すアンリの膝に、マダムが飛び乗った。

『何をしているのですか? 』

「あぁ、この魔法陣を、御者席の床に付与できないかなと思って」

 綺麗なマーブル模様の魔法陣を、マダムに見せる。

『…魔法陣と命名なさったのですか。 はぁ、さようでございますか』

 呆れるマダムが癪に触って、少々腹が立つ。

『過ぎし日。マルトルは聖樹の長杖にて、爆発の罠を仕掛けたと聞いております。爆発するように精霊陣を地面に描き、敵が踏むと発動するように、構築したとか…』

「何それ、地雷かよ」

『いえ、炎属性の精霊陣でございます』

 説明する労力を放棄して、アンリは肩を落とした。

(そうだよな、雷じゃないよな。まぁいいか…精霊陣が付与できたんなら、魔法陣だって付与できるはず。そういえば塔の洗面所やお風呂も、魔石を触るだけで水が出たり止まったりしていたし。なら、小突くと発動するに変えて。一回小突くと温風が発動。二回小突くと温風の停止。うんやってみよう)

 手の平の上で回転する陣が一旦分解し、幾つかの文字が書き換わった。

 上下に別れた緋色と濃い碧の陣の間に紫の小さな陣が現れ、複雑に回転しながら重なってゆく。緋、濃い碧、紫の呪文スペルは、艶やかな金色の曲線に隔てられ、美しい魔法陣を形成した。

「よし、やってみるか」

 オンオフを考慮し、よく踏む床は止めて、前面の板囲いの足元に、透明球の魔法陣を押し付ける。

 暫く光粉を撒き散らしていた魔法陣は、刻み込んだように板の表面へ定着した。

 見る間に染み込んで、うっすらとした模様になる。

「ふっふふ、実験開始」

 靴先で魔法陣の中心を軽く蹴る。

「お、成功? 」

 中心から外側に向けて陣に光が走った。

 全体が満遍なく光ると、心地よい温風が足元から登ってくる。

「わぉ、あったかい」

 気持ちよく背中を伸ばしたアンリの前に、ジーナとユーリカが割り込んだ。

「アンリ、自分だけ? 」

「にーに、ずるい」

 結局、前面の足元三箇所に魔法陣を付与して、今日の練習は終了した。

 風を遮る崖はないが、なだらかな丘の手前で馬車を止める。

 ユーリカは水の属性球を三日月型にするだけで精一杯だったし、ジーナは円錐形にはできたが、圧縮できずに終わった。

(負けず嫌いだもんな。すぐにできるだろう)

 頬を膨らませる女子組を尻目に、アンリはスカルの厩舎テントを設置しに行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る