第18話 魔法の練習です その一
「にーにの金色うずまき、きれい」
右隣りで同じような格好をしたジーナの両手には、銀色と緋色の球体が浮いていた。
左隣りのユーリカの両手には、翠色と深い濃藍色の球体があった。
『基本の属性球ができましたね。それが自身の持つオドの、具現化した姿です。これを、魔術と申します。体内に核を持たない人族には、決して扱えない魔法です。属性を明らかに致しますので、ジーナから順番に草原へ向けて飛ばして下さい。それで大凡の属性が分かります』
はしゃいで力一杯投げようとした緋色の属性球が、ふわりとジーナの手から逸れて、アンリの透明な球体に接触した。
「はっ、 ぇ? 」
弾けるか消滅するかと身体を強張らせたアンリだが、緋色の属性球を吸収して蠢いた内部が、文字やら図形やらに変換されてゆく。
「…まさか 」
幾つかの円と複雑に交差する直線が走り、空白を埋める歪んだ文字の羅列が、妙に見慣れた映像に似ている。
「これ、どうすればいい? 投げる? 」
慌てふためくアンリ。
『…えぇ、投げてください。慎重にお願い致します』
「わかった」
念のために馬車を止め、離れた場所でアンリはゆっくりと投げた。
軽いせいか、ふよふよと漂うように落ちてゆく。
着地した瞬間に、丸い光が草の上を這った。
意識して十まで数え、慎重に光が広がった辺りまで近づいてみる。
「これって…魔法陣? いや、精霊陣だったか……? 」
地面には、紅く複雑な図形が燃えていた。
人ひとり立てるくらいの円陣が、草を焦がして所々に焔が上がる。だが、くっきりと存在する陣に揺らぎはなかった。
そっと右手の指を近づけた途端、掲げていた左手の球体が引きずられる。
驚いている内に金線の渦巻く球体が広がり、地面に固定された陣に重なった。
思わず身構えるアンリの前で金線が陣をなぞり、色を変える。
『…これは 立陣? 』
肩に飛び乗ったマダムが呟く。
『なぜ、マルトルの陣が』
見る間に収縮した陣の塊が、唐突に跳る。
「わっ! 」
骨髄反射宜しく腕を交差させ、顔を庇ったアンリの左手に、塊がぶつかった。
「アンリ! 」
「にーに! 」
安全のために離れていたユーリカとジーナが、悲鳴をあげる。
一拍の後、驚きで固まっていたアンリの身体から、ゆっくりと力が抜けた。
左の手の平が赤くなったほかは、痛みもない。
大事にならなくて、安堵の息をつく。
「大丈夫。なんともない」
『良かった。では、立陣の話は後で宜しいでしょう。それより、ジーナのもうひとつの属性を、確かめてみましょう』
「後でって……分かった」
やる気満々なマダムに、横槍を入れる気は起きない。
『ジーナ、もうひとつも投げて下さい』
今度はゆっくりと投げるジーナの手から銀色の属性球が離れ、いまだ燻っている場所へと落ちていった。
着地するなり弾けて広がった後、細かな銀粉が舞い、円筒状に光が立ち昇る。
焼け焦げた地面から、白い小花がいっせいに芽吹いた。
『…なるほど、聖域の花、エルタですか。分かりました。次にユーリ、翠のほうを投げてください』
「はい」
慎重に、ユーリカが属性球を投げる。
やはりふよふよと離れて着地した瞬間、着地点から外側に突風が吹き抜けた。
『お上手です。では、濃藍のほうを』
「…はい」
投げ出されて空中を漂う属性球が、不意に落下した。
地面に弾けて飛沫を上げる。
『おおかたの予想通りでございました。では、馬車を出しましょう。説明は後程』
三人はいそいそと御者席に収まり、マダムの合図でスカルが歩み出す。
『ユーリカの属性は、青より上位の濃藍の水属性と、翠の木…風属性です。ジーナは銀の聖属性と、緋の炎属性でした。アンリの金の渦は、多属性の精霊陣の生成です。核を持たないマルトルが得意とした精霊陣の生成なのですが、なぜ核持ちのアンリに精霊陣が構築できたのか、理不尽なほど疑問です。それも、あんなに鮮明な精霊陣など、初めて…』
口籠もるマダムの言葉から、アンリは直感で理解した。
マナから生成される精霊陣は、人の頭で構築できるほど単純な図形ではない。
恐らく人の意思を発動の鍵として精霊が立ち上げるから、複雑な図形も一瞬で創れる。ただ、精霊と術者の意思疎通がどれほど完璧でも、思い描く像は同じではない。
僅かな齟齬で、精霊陣にブレが生じるはずだ。
マダムが鮮明と評したアンリの陣は、マナではなく自身のオドで構築した。
自ら練ったオドは、他の存在を介さずに構築した分、ブレがない。
マナとオドの違いが、精霊陣の完成度に違いをもたらしたのではないか。
(オドでできたんだから、魔法陣でいいよな、これ)
マダムによれば、魔法は精霊陣の代わりに核が属性魔法を発動するため、陣を立ち上げる必要はない。無理に陣を立てる必要がない為、魔法で構築する陣は存在しない。
ジーナの炎球を取り込み、解析したと思える透明な球体を、金渦の球体が取り込んで陣を複製したように思う。いや、再生のほうが近いかもしれない。
透明な球体に解析と構築の能力があるのなら、試してみる価値はある。
「ジーナ。聖属性で、基本の属性球を出してくれる? 」
不安そうなジーナの頭を撫でながら、アンリは穏やかに笑みを浮かべた。
「うん、わかった」
真剣な顔で左手を見つめる事暫し、銀色の属性球が出現する。
「よし、動かないで」
アンリがそっと透明球を近づけると、銀色の球が吸収されて分解した。
陣に変換される過程は、さっきと同じだ。それを金の渦に取り込み暫く待つ。やはり収縮した陣は小豆大の球になり、左の手の平へ吸収されていった。
「これって吸収された陣は、無くなるのかな? 」
左の手の平に何気なく魔力を集めた途端、緋と銀のふたつの球が浮かび上がった。
「なるほど、こう来るか」
おそらく透明の球体は、解析と構築をするのだろう。それを金色渦巻きの球体が、保存と再生をする。
「これ、工夫次第で色々できるかも」
自己解析に夢中なアンリをほったらかして、ジーナとユーリカはマダムの指導のもと、属性球を変化させる練習をしていた。
息を詰めて身体に力を入れるジーナと、難しい顔で目を細めるユーリカ。
『こんな形にしたいと、思ってください』
ジーナの緋色の属性球は、小刻みに収縮を繰り返し、ユーリカの濃藍の属性球は静止したままだ。
(形にしたいと思う…やっぱりイメージか? )
手の平の上で回転させていたふたつの球体のうち、緋色の属性球を選びたいと思うと、銀色が消滅した。
(おぉ、便利だ)
試しに銀色を選ぶと、入れ替わる。もう一度緋色の属性球を選び、燃え上がるイメージをする。
(ろうそくから、バーナー)
最初から小豆大だった属性球が小指を立てたくらいの炎に変化し、さらに引き伸ばされて三倍の大きさになった。
揺らぐ炎は、本物に見える。
「にーに、すごい」
「…ジーナ。こんなふうに、できるか? 」
実物を見てイメージが固まったのか、ジーナの属性球が炎に変化した。
「できた」
アンリを挟んで、ユーリカが膨れっ面になる。
「むぅ、ずるい。わたしも…」
炎を消して透明球を出したアンリは、いまだ静止している濃藍の属性球を吸収する。
多少時間は掛かったものの、解析して水属性の魔法陣ができた。
(水…だめだ、噴水しか思い付かない。ミニサイズなら…)
ゆっくりと変化した水球が、アンリの手の平の上で噴き上がった。
小さな噴水から溢れる水しぶきに、膝が濡れる。
「ふぁ。 そっか」
何かを納得したのか、ユーリカの水球も噴水に形を変える。
「ちょ、止めて。濡れてる、さむい」
慌てて消しても、濡れた服はそのままだ。
「やばい、濡れたままだと風邪をひく。着替えるか、マダムに乾かして…ん? 」
ふと思いついて、アンリは動きを止めた。
(乾燥…熱風。温風? いけるか)
乾燥機ならできるかと、アンリは透明球を出した。
「ユーリ。風の属性球、出してくれる? 」
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