第13話 赤ちゃん竜と 竜の民

 暖かいお湯で洗われた小竜たちは、タオルに包まれて籠の中で鳴いていた。

 か細く庇護欲をそそる鳴き声も、ふかふかの毛並みも、しっかりと心を掴んでくる。

「竜の赤ちゃんって、何を食べるの? 俺、母乳なんて出ないよ」

 とんでも発言をするアンリに、マダムは何度目かのため息をついた。

『バカな事を言っていないで、あなたの魔力をあげれば宜しいのですよ』

「へ? 俺には無理っぽいって、言ってたよね。魔力 あるの? 」

 一瞬、しまったという反応をしたマダムが、いつものように斜め上を向く。

『仕方がありません。もう少し馴染むまでと思っておりましたが、良い機会でしょう。魔力の循環訓練の代わりに致しましょう。どこでも構いませんが、授乳する必要はございませんので、指でも咥えさせてあげれば宜しいかと』

 マダムに言われるまま、アンリは人差し指を小竜の口元にあてる。と、小竜が指先に吸い付いた。

 マグマグと指先の一点を吸われる感触に、なんとも言えない微妙な感じがする。

「くすぐったい。 ん? 」

 小竜の口の中に、指先から暖かな何かが出て行く。それに引っ張られて、何かが腕の中を動き出した。ゆっくりと、少しづつ。

 その動きが肩から胸に及び、下腹に達した時点で小竜が吸いつくのを止めた。

 可愛らしくげっぷをしたかと思えば、そのまま寝落ちして。。

「…なんか、自由なやつだな」

 アンリの真似をして魔力を与えていたユーリカとジーナも、満足して眠った小竜を覗き込んでいる。

 テーブルに三つの籠を並べると、固体によって色の違いがはっきりした。

 乾いてふかふかな毛並みに埋もれ、二本の角はほとんど見えない。

 三頭とも、見た目は白い長毛犬だ。大きさは鶏のヒヨコくらいだが。。

 アンリの小竜は薄い金の毛が混じって、金色の角をしていた。

 ユーリカの小竜は薄い若草色の毛が混じり、角は翡翠色。ジーナの小竜は薄紅の毛が混じって、紅玉色の角だ。

 どれも目立つほど大きな突起ではない。小豆大の透き通ったものだった。

 愛らしい寝姿を見ているうちに、ジーナも魔力を与えていたと気がついた。

 前に、アンリも魔法が使えるのかと聞いた時、はぐらかされた覚えがある。

 ジーナが小竜に魔力を与えていたと気がついて、何故あの時、マダムが助けるように指示したのか想像してしまった。

 これ以上、先送りにはできそうもない。

 どうせドップリと関わったのだからと、アンリは腹を括った。

「あのさ、マダム。身体の中を何かが動いたけど、あれって精霊力じゃなくて、魔力? 俺はさ、自分の身体に文句なんてないよ。元々無かった命だ。だから、理由を聞いても良いかな。もう、聞きたくないなんて言わないからさ」

 ユーリカを北の領地にいる家族の所まで送るなら、何も知らずにはいられないだろう。それに、アンリにとってここは異世界だ。

 前の世界には無かった魔法に、少なからず心が躍る。そんな想いの中で、ふと、引っかかっていた違和感の原因を掴んだ。

 この卵は、何処から出てきたのかと。。

「マダム、竜の卵って、どこから出てきたんだろう」

 互いの視線が交差して、自然とジーナの方へ集中した。

「原因は ジーナしか考えられないよな。聞かせてくれるよね」

 決まり悪げにモジモジしていたジーナが、急に泣きべそをかく。

「アンリ 意地悪! ジーナは 悪くないわ」

 ジーナを庇うユーリカが、頬を膨らませた。

「え、おれ? 意地悪? えぇ! 誤解だ、冤罪だ。マジやめて」

 ユーリカの感覚では、ジーナは守るべき妹分なのだろう。

「いや、ちょっと聞きたかっただけだから。なんでかなぁ、なんてさ。悪いなんて…」

 口をきくほど悪化するのか、ジーナを庇うユーリカの目が冷たくなるような気がした。

『アンリは、少し外してください』

 丁寧なようで命令形のマダムの念話に、逆らうなと本能が言った。

「…はい」

 心では(なんでだよぅ)と思っても、雰囲気を壊してはならない、気がした。

 辛抱強く待っていたスカルに声をかけ、馬車を進める。

 女子の話しは大抵長いと、朧な記憶にある。

 文句は厳禁だ。

 ひとり寂しく手綱を握るのも、良い経験だろう。

 陽もだいぶ傾いている。暗くなるまでに少しでも距離を稼いで、北に行きたい。

(今夜は塔に帰るのかな)

 旅立った一日目。

 色んな事があった。もう、お腹がいっぱいになるくらい。

 治安の酷さも体験したし、自分の無力さも実感した。

 子供の身体である以上、物理的な抵抗力は期待できない。

(ここはやっぱり、魔法使い一択だな)

 無双したいわけではないが、簡単に制圧されてはユーリカを守れない。ましてや今は、ジーナもいる。

(どこかで戦闘訓練なんて、無理かなぁ)

 単調な蹄の音を聞きながらぼんやりしていると、座席の隣にマダムが飛び乗った。

『お疲れ様です。陽が暮れるまでに、あの木の下で野宿の用意を致しましょう』

 剥き出しの道が続く先に、低く疎らな木々が見える。

『ああいった場所には、たいてい水場があるようです』

 昨日のうちに、大雑把な周辺地図は確認していた。

 王都郊外に広がる穀倉地帯は、主要な街道に沿ってオ・ロンの街まで続いている。

 地図上では、街道を挟んだ両側に麦畑が広がっていた。ただ間道沿いでは、丈の短い草地が、所々麦畑を分断するように覆っている。

 草原には疎らな森が点在していて、炭焼き小屋らしきものがあった。

 硬い岩盤に浅く土が積もり、農耕には向かない土地だが、点在する森や林には、何故か必ず泉が湧いていた。いや、泉があるからこそ、木々が育つのかもしれない。

『結界を張りますので、ご安心ください』

「 はい」

 指示通りに馬車を進める。

『ジーナですが、やはり草原の民でした。小竜の事も、あなたの魔力の事も、今夜少しお話し致しましょう。そうそう、思った通り、ジーナは生き物が入れる虚空庫持ちでございましたよ』

「…虚空庫。拡張領域みたいな物か。 少しの話しねぇ。 分かった」

 少しどころか、大変に長い話しを聞くのだろうかと、速攻でため息がでた。

『ほんの少しでございますよ』

 あてにはならないなどと、思っていても言ってはいけない。

 アンリだって、学習はする。 

 目指した木の下は、柔らかな土の広場の片隅に、泉が湧く窪地を抱えていた。


***** 

 焚き火に小枝をべ、アンリは温めたミルクをふたりに渡した。

 ぼんやり炎を眺めるふたりは、ミルクを飲みながら、うつらうつらしている。

 お腹がいっぱいになると同時に、瞼が下がり始めたようだ。

 それぞれの膝にはタオルにくるまった小竜がいて、指先から魔力を吸っている。

『おふたりは、そろそろ寝袋でお休み下さい。明日は早くに出発致しましょう』

 マダムに促されて立ち上がったふたりは、大事そうに小竜を抱いた。

(だめだな、どっちも寝落ちしそうだ)

 朦朧としているふたりから小竜を受け取り、籠に寝かせる。

「馬車に行くぞ。上まで送るから、歩いてくれよ」

 手間の掛かる妹が増えたようで、こそばゆい笑みを浮かべるアンリ。

『…精霊たちに手伝わせましょう』

 途中から皆の世話を精霊に任せ、焚き火の側に戻る。

 マダムは自分専用のクッションに寝そべって、金の小竜の頭を毛繕いしていた。

 アンリは温くなったミルクを飲み干し、肩まで毛布を引き上げて車輪にもたれる。

「んで? ジーナの事だっけ? 」

 黙っていれば朝まで喋りそうもないマダムに、声をかける。

『えぇ。小竜の事とあなたのオドの事もお伝えせねば。まずはジーナのオドですが、あの子は体内に核を持った種族です。けれど、決して魔獣のたぐいではございません』

 人族は獣と魔獣の区別を、体内に核を持つかどうかで判断する。

 核を持たない動物が獣。核を持つものが魔獣だ。

 人であっても体内に核を持つなら、魔族と呼んで討伐対象だと判断する。

『草原の民の中には、竜を片割れにする部族が居ります。竜と共に生まれ、絆を結んで共生する竜使いの民です。ジーナは、いなくなった兄姉の片割れ竜の卵を、村人に盗られたくなくて、逃げようとしていたようです』

 ひとりに対し、一頭の竜。

 卵から生まれた時、赤ちゃん竜は最初にオドをくれた者を親だと判断する。

 片割れとはそんな関係だ。

 ジーナひとりでは、三頭もの竜と誓約はできない。

 オドのない村人を、竜は片割れとは思わない。

 初乳にも似たオドを貰えなかった竜は、肉が主食だと本能に刷り込み、凶暴化する。どちらにしろ、村人に捕まった竜に未来はない。

 死に物狂いで逃げたジーナの気持ちを思うと、アンリは腹立たしさに唇を噛んだ。

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