第11話 旅の始まりと 拾い物?

 秋晴れの空の下を、軽快に幌馬車が行く。

 馬体の縦横に走っていたスカルの傷も、痛々しく盛り上がっていたものが、随分と癒されたのか薄い傷になっていた。

 わずかな時間でここまで回復した事に、ユーリカもアンリも安堵した。

 旅で一番負担を被るのが、軍馬のスカルだ。

 まだ若く、これからどんどん逞しくなる時期に入るとはいえ、酷い体罰を受けた後だ。どんな後遺症が出るのか、分からない。

 体調によっては塔に帰る事も考慮し、状況判断はマダムに従うと決めている。

『焦らず、ゆっくりと行きましょう』

 御者席の前面。仕切り板に乗るマダムの毛並みを、向かい風が梳いて行く。

 早朝の風が冷たく感じられ、程よく引き締まる気がした。

 道の両側は黄金色の穀倉地帯で、遠くに刈り入れする人々が見える。

 手綱を捌きながら、アンリは膝枕で眠っているユーリカの頭を撫でた。

 興奮して夜明け前から起きていたのが、祟ったらしい。

 出発してすぐに、うたた寝を始めた。今は毛布にくるまって、熟睡している。

「ユーリが、ものすごく幼児退行している気がする」

 振り返ったマダムの視線が、ユーリカに落ちた。

『…おそらく、安心されたのではないかと、お見受け致します。守られている安心感? 魂は肉体の年齢に引かれると申しますし。問題はございません』

「そっか。 なら、このままで良いや」

 僅かに眉を寄せたアンリが、ため息を吐く。

 自分が生き延びるのを諦めていれば、ユーリカは年齢通りの肉体を手に入れただろう。

 申し訳なく思っても、消えてしまうのは怖かった。

 消えれば意識も無いはずだが、どうしても生きたかった。

 肉体を得て目覚めた日。

 幼くなったユーリカを見て、家族と出会った時にどうなるのかと心配になった。

 子供に戻った娘を、家族は受け入れられるのかと、思い至った。

 もう一人の自分の人生を、アンリは歪めてしまった。その後悔が苦しい。が、どれほど後悔しようとも、実際今はどうしようもない。

 マダムが口にした「問題ない」が、アンリの後悔も「問題ない」と言って欲しかった。

 都合の良い望みを思いついて、自己嫌悪に落ち込む。

(甘いよな、俺って)

 遥か先に続く道が、落ち込んだアンリには果てし無くて、やるせないため息が溢れた。

『少し先に行くと、小さな村があります。立ち寄って時間を取るのは、面倒かと』

 念話に混じる微妙な言い回しに、素通りしろと言うマダムの意思を感じる。

「…なんか、ヤバイわけ? 」

 フイッと小首を傾げたマダムが、振り返る。

『あまり宜しくない気配を感じます。些か危なげで、ハッキリとは申せませんが』

「わかった、気をつけるよ。 ユーリを中に移した方が良い? 」

 暫く集中した後、マダムは頭を振った。

『…いえ、人との関わりに慣れて頂かなくては』

「そっか。でも、危なくなれば、守ってくれよ」

『えぇ、ユーリの事はお任せを』

 しれっと流すマダムに頷きかけて、アンリは目を剥いた。

「えー、おれはー? 冷たくない? 」

 大げさに顔を逸らすマダムに、アンリは肩を落とした。

「やっぱり、おまけかよぉ〜、俺ってぇ」

 なんだかんだ言いながら眺めていた景色に、違和感を覚える。

 王都から離れるほど、穀物の手入れが雑になっている気がした。

 麦穂の重さが違うのか、軽々と風に揺れている。

「なんか、荒れている感じだよね」

 不意に止まったスカルが、緊張して小さく嘶いた。

「どうし た? 」

 ざわりと麦穂が割れ、黒い塊がスカルの足元に転がり出る。

 反射的に右前足を上げたスカルが、そのまま躊躇って動きを止めた。

『あれは!  アンリ、助けてください! 』

 言われるがままに飛び降りて、倒れている物を引き寄せれば、気を失った子供だ。

「なんだよ、これ 」

 猛烈に、臭い。

『塔に送ります。扉を開けてください』

 御者台では、起き抜けのユーリカを急き立て、マダムが転移の扉を開いていた。

『良くない気配が、近づいて来ます。急いで』

 吐きそうになりながら、アンリは子供を抱き上げる。

 大きさの割に、驚くほど軽い。

 待ち構えていた精霊に子供を渡し、すぐに扉を閉めた。

 ユーリカも塔に帰せば良かったと思ったが、麦穂を掻き分けて男たちが現れた後だ。

 異様な殺気を放ちながら、ぐるりと馬車を囲む者に、アンリは唾を飲み込んだ。

「ここに子供が来ただろう。出せ」

 御者席の仕切り板に手をかけた厳つい男が、舐めるような視線でユーリカを見る。

 薄汚い身形みなりだが、剥き出しの腕はそれほど汚れてはいない。

 農作業で土に塗れているような具合だ。ただ、浮かべる表情は酷薄だった。

「…何の事? 俺たち、ここを通っていただけだよ。おじさんたちにビックリして、馬が止まったんだけど。退いてくれる? 」

 眠い目を擦るユーリカを抱き寄せて、アンリは周りに目を走らせた。

 手綱を掴もうとした別の男が、スカルに威嚇されて飛び退った。

 道の両脇から湧いてきたのは五人。前方に三人が立ち塞がる。

 馬車の後方で扉を開ける音がして、勝手に入り込んだのか背後の扉が開く。

 鍵を掛けていなかったのが、悔やまれた。

「いないっ、何処へ行きやがった! 」

 興奮して鎌を振りながら出てきた男が、大声を上げた。

「うるさいぞ、カジ!」

 最初に声をかけてきた厳つい男が怒鳴ると、カジと呼ばれた男は火が消えたように、おとなしくなった。 

「悪かったな。俺はこの村の村長、タジンだ。逃げ出したガキを探している。おまえたちの他に、誰かいるのか? 」

 話しかけてくるタジンの視線が、カジに合図を送った。

「いいや、俺たちだけだ」

 不意に首を締められたアンリの腕から、タジンがユーリカを奪い取る。

 ガッチリと食い込んだ腕が、汗臭い。

「何を する」

 周りから湧き上がる嘲笑に、ゾッとなった。

「決まってんだろ。道具の補充だ」

 答えるタジンに、そういう事かと納得した。

 反抗できない者を捕まえ、この村は使役しているんだと、怒りが湧く。

『アンリ。何でも良いので、呪文を』

 一瞬、わけが分からなくて惚けるが、懸命に抗うユーリカを見て、思いついた言葉を叫んだ。

「スタンショット!」

『んっもう! 何ですか、それは! 』

 マダムの駄目出しが聞こえた次の瞬間、落雷の振動と光、弾ける音が響き渡る。

「は? 」

 本格的に惚けたアンリの目の前で、ユーリカを抱きかかえたタジンが白目を剥いて崩れ落ち、アンリを羽交い締めていたカジが、御者席から転げ落ちた。

 笑っていた者の顎も落ち、硬直して事態に追い付いていない。

 誰かが「術使いだ」と呟いている。

 タジンの腕から抜け出したユーリカを、アンリは手招いて御者席に引き上げる。

『早く、今の内に馬車を出して下さい』

 前方で突っ立っていた男たちは、足を踏み鳴らすスカルに追い払われて逃げ散った。

 アンリが手綱を取るのと同時に、スカルが駆け出す。

「ユーリ、守れなくて、ごめん。もう大丈夫だから」

 力一杯しがみ付いたユーリカが、首を振った。

「だい じょぶ。 へいき」

 片手で手綱を握り、もう片手でユーリカを抱き寄せる。

 子供の体力では結構きついが、震えているのを見過ごせない。

『追って来られないように、足止めを致します』

 さっきより派手な轟音がして、馬車が跳ねた。

「…まさか、死んでないよね? 」

『何をおっしゃいますやら。万死に値致します』

 マダムの低音に、背筋が冷える。

「ね ねぇ、 死んでないよね。  ねぇってばぁ」

 爽やかな風に、アンリの叫び声が乗った。

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