第1話 え? 婚約破棄ですか(改)

 突き飛ばされて、倒れた身体が、痛い。


(やめてっ )[やめろ! ]


 何度も殴られ、蹴られ、己れを庇うこともできない。

 ユーリカは、第一王女付きの騎士に捩じ伏せられて、呻いた。


「逆賊め、王女に剣を向けるとは、身の程知らずも甚だしい」


「……違い ます 」[言い掛かりだっ]


「黙れ! 」 


 痛みに耐えながら上げた視界の先で、ユーリカの婚約者が冷たい言葉をくれる。

 さらに軋むほど捻られた腕が、上げようとした言葉を打ち消した。


 床に擦り付けた頬の側へ磨き上げた靴先が止まり、目線を上へと辿れば、険しい表情の婚約者が見下ろしていた。


「残念だよ、ユーリカ。姫とわたしの仲を邪推して弑逆しようなんて、もう婚約者ではいられない。実に愚かだね、君は」


 まるで、演じるような恍惚とした表情で、婚約者は宣った。

 異様としか言えない上気した顔は、怖気のふるう笑みに満たされる。


「自分の家族をも巻き込んだ事に、気がつかないのかい? 君のせいでフェンネル家は終わりだ。爵位も、剥奪か降格。もはや公爵家ではいられまい。君との婚約も、無かったことになる。自業自得だよ……さよなら、愚か者」


 大仰に振り上げた手を、婚約者は横へ払う。


「罪人を連れて行け」


 乱暴に扱われ、真っ白になった頭で、ユーリカは事態を把握をしようと、思いを巡らす。


(なぜ? わたくしが何を? )[なんだ、なんだってんだ? ]


 二重の思考が、ユーリカの内側でせめぎ合う。



 婚約者とともに第一王女アルカネットの招待に応え、王宮の薔薇園に伺候した。

 挨拶のあと目を上げれば、手の甲を押さえた王女に唖然となる。


 王女の側には抜き身の短剣を持つ侍女がいて、ユーリカの足元に血の付いたを投げてきた。その瞬間、王女が悲鳴を上げ、ユーリカは侍女に突き飛ばされた。


 そこまで思いを巡らせて、遅まきながら気がつく。


(…濡れ衣  なぜ? )[ふざけやがって! ]


 無理やり抗って振り向いた庭園には、ユーリカの婚約者に寄り添う王女がいた。


「反逆者ユーリカ・フェンネル。害悪な令嬢なんて、いらないわ。おまえのような咎人を出した公爵家も、同罪です。けれど、わたくしの温情をもって、おまえの家族は辺境に追放する事で、許します」


 幼さの残る唇が、言葉を紡ぐ。

 かろうじて保っていたユーリカの矜恃が、急速に萎れてゆく。

 慕わしい婚約者の傍で、高貴な姫君が、嗤った。


 痛みを堪えて抗えば、酷薄で冷え切った婚約者の視線が刺さる。


(…アレンさま )[クソッタレ! ]


 延々と廊下を引きずられ、押し込められた護送馬車が爆走する中で転げ回る。

 最後は真っ暗な石畳の上を乱暴に引きずり回されて、ユーリカは心身ともに麻痺していった。すでに、ここが何処なのかもわからない。


(アレ ン  さま )[なんだよ。ここは何処だよ! ]


 放り込まれて倒れたユーリカの意識を切り落とすように、鉄扉の閉じる重々しい音が響いた。


[アレンって、なんだよ。 どうなって?  おれ…] 


 静寂に包まれた暗闇の中、ユーリカの意識が途絶えた。

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