#27 6月30日
六月三十日、二十三時。
月詠夜宵はパジャマ姿でリビングのテレビにゲーム機を繋いでいた。
この前のオフ会の優勝賞品として貰った
彼女の宝物であるそれは、以前使っていた
そしてあの日、ヒナから交換してもらった彼のAコンを
二つあるそれをグリップ付きの付属パーツと合体させ、一つにまとめることで操作性が向上する。
それと同時にこのAコンを使ってる間は、ヒナに守られているような気持ちになれるのだ。
コントローラーを片手にソファに座り、テレビに向き合う。
これで準備は整った。
今夜は六月シーズンの最終日。朝まで戦い抜く覚悟はできている。
母は夜勤に出ている為、家には自分一人だ。
スマホをテーブルに置いて、何気なくツイッターを開く。
彼女のアカウントは
最終日の夜のタイムラインは、ランキング戦に挑む
『今から潜るぞー』『現在三千位くらい、朝までに三桁順位目指す!』『うおおお! 二桁が見えてきたー!』『残業で終電無くなっちまった。ネカフェから最終日参戦します!』
千位以内とか百位以内、あるいは十位以内。人それぞれで目標順位は違うだろうが、
明日も平日なのに彼らは徹夜でゲームをして大丈夫なのだろうか?
大学生なら午前の講義が無いから大丈夫とか、社会人なら有休をとったりとか、あるいは自営業なので好きなタイミングで休める。そういった具合に人それぞれスケジュールを管理しているようだった。
中には
そういうタイプの人間は強い。引きこもりの自分同様、全ての時間をゲームにつぎ込めるのだ。
流石に自分のように完全な不登校は少数派だろうな、という自覚はある。
そんなタイムラインの中で毛色の違うツイートを見つけた。
『ジャックのアナログ絵完成。剣を描くのは難しいね』
それはたまごやきだった。
言葉通り、シャーペンで描いたと思しきジャック・ザ・ヴァンパイアのアナログ絵がアップされていた。
即座に夜宵はそれにいいねとリプライを送る。
『カッコいいです。たまごやきさんは女の子ばかり描いてるのを見てきましたが、男性キャラもカッコいいですね』
『ありがとう、ヴァンピィさん。この前のオフの影響もあって今後は
ツイッター上では年上のお兄さんっぽいキャラを演じる光流。
しかしその正体が年下の女の子であることを夜宵は知っている。
ちなみにヴァンピィはヒナ以外には年上・年下問わず大体敬語である。
『本当にこれ素晴らしいですよ。八重歯とか鎖骨とか萌えポイント高いですし!』
そこまでメッセージを送ったところで、ふと気付いた。
最終日なのに光流はさっきまでお絵かきしていたのか。ランキング戦はしないのだろうか?
『ところでたまごやきさんは、最終日これから潜るんですか?』
夜宵はその疑問をリプライで訊いてみる。
光流と琥珀のタッグはダブルスランキングで高順位に位置していた筈だ。
だがこのゲームは最終日に潜らなければ、どんどん順位を追い抜かれていく。
潜らないのは勿体ないと思っていた。
『明日は学校だしね。私も虎ちゃんもそろそろ寝るよ。ヴァンピィさんはトップ目指して頑張ってくれ』
そんなまともな回答を見て、夜宵は急速に現実に引き戻されたような気がした。
「学校か」
そうだ。普通の学生は明日も学校があるのだ。
自分が普通じゃない側の人間なのはわかっていた。
「夜の世界に生きるヴァンパイアは、昼の住人と同じ生活はできないから」
そんな厨二っぽいことを呟いてみるも、冷静に考えれば自分はヴァンパイアではなく人間だ。
ゲームをやる為に学校をサボり、昼夜逆転生活しているだけのダメ人間だ。
「私も、学校に行けるかなあ」
自分に問う。
一年の頃はクラスに友達なんていなかった。学校に何の楽しさも感じられなかった。
でも今はヒナも水零もいる。
今なら行けるかもしれない。自分にも普通の学校生活が送れる気がする。
だが
六月シーズン最終日の今日、一位を獲る。
そしてその目標が達成出来たら、
ゲームを封印し、遅れていた勉強を再開し、そして普通に学校に通う。
ヒナや水零と一緒に過ごせる学校生活。
他の子達とうまく付き合っていけるかは不安だが、今度は前向きに友達を作ろうと思う。
その為に今夜の戦いを勝ち抜く!
夜宵はゲームを操作し、ランキング戦に進む。
夕食前にやった時は五十位くらいで中断したが、今はどうなってるか。
現在の順位を確認する。七十五位だった。
やはり追い抜かれている。
最終日の順位変動は目まぐるしいのだ。
そこから夜宵はオン対戦を開始する。
開幕二連勝で調子よく順位を上げたものの、次の試合はジャック・ザ・ヴァンパイアが不利をとる天使タイプの相手とマッチングして敗北を喫した。
どうも今日は天使タイプのマドールが多い。
夜宵の実力なら並大抵の相手なら相性不利を地力の高さで覆すことが可能だ。
とは言え、マッチングする相手も二桁順位の猛者が多く、簡単に連勝はさせてくれない。
時折来る相性不利なマドールとのマッチングに苦戦しながらも試合数をこなしていく。
深夜三時まで対戦を続けたところで夜宵は一息ついた。
三十戦やって二十勝十敗。二歩進んで一歩下がるペースだ。
時間はかかるが、対戦数を稼げばやはり順位は上がっていく。
手応えはある。今夜は一位を狙える、と。
エナジードリンクを飲みながら、夜宵は気合を入れ直す。
眠気はない。昼夜逆転生活に慣れた自分の体はこういう戦いには強い。
それに半日くらいぶっ通しで対戦を続けることにも慣れている。
二十位以内に入ってからはさらに厳しい戦いが続いた。
一勝一敗ペースが続き、順位が伸び悩む。
それでも下に転落しないだけマシだ。まだ戦える。
そしてギリギリの戦いを制し、なんとか九位に浮上した!
『一桁順位来た!』
九位と表示された画面のスクリーンショットを撮り、ツイッターにアップする。
瞬く間にフォロワー達のいいねがついた。
だが瞬間九位なら以前も獲ったことがある。ここから上にこそ自分の目指す頂上はあるのだ。
既に窓の外は明るい。
朝六時だった。
そこからは興奮状態だった。
順位が一つ上がるごとに、夜宵自身の自己最高順位更新となる。
そして朝八時にはついに。
『二位!』
瞬間二位、目標としていた一位まであと一息。
記念にその画面もスクショし、ツイッターに上げた。
しかし六月シーズンはあと一時間で終わる。
早く次の対戦をこなし、順位を上げなければ。
同時にこれ以降一敗でもしたら、もう取り戻す時間はないだろうとも感じていた。
ランキング戦を続行し、次の対戦相手を探す。
しかしこの時間に潜っている人はもはや少ないのだろう。
多くのプレイヤーは自分の適性な順位で保存するか、諦めて撤退している。
マッチングまで時間がかかった末、対戦相手が表示された。
相手の順位は五十位!
バトルが開始され、相手のマドールを確認する。
これは――カモだ。瞬時に夜宵はそう判断した。
現在のシングルス環境でかなり流行っている騎士タイプのマドールだが、流行っているが故に対処手段は確立していた。
イージーウィンできる相手だ。
万に一つの負け筋も無いよう慎重に立ち回り、二十分の戦闘の末、夜宵は勝利した。
順位を更新し、確認する。
夜宵の順位は、二位のままだった。
まだ一位には届かないのか。
内部の持ち点で順位を決めているのだろうが、ゲーム画面には順位しか表示されない。
一体持ち点的には一位とどれほど離れているのだろう?
この時間だと既に現在の一位は、ここで保存すれば最終一位を獲れるかも、と考え始めてるかもしれない。
夜宵はリビングの時計を見る。
八時四十五分。もう時間がない、戦わなくては。
ランキング戦を続行、次の対戦相手を探す。
マッチング画面で長い時間待たされた。
もう潜ってる人は殆どいないのかもしれない。
お願い、マッチングして。
夜宵がそう願った瞬間、対戦相手が見つかった。
相手は、プレイヤーネーム『ねこるんば!』。順位、一位。
それは見覚えのあるプレイヤーネームだった。
ねこるんば! ツイッターのアカウント名は猫ルンバ。
自分の相互フォローであり、社会人でありながら高順位を維持する怪物プレイヤーである。
夜宵はツイッターのタイムラインを更新する。
丁度、ロボット掃除機に乗った猫のアイコンの人物が呟きを発していた。
『対戦よろしくお願いします』
それは特に宛先を指定したものではない空リプだったが、現在の対戦相手である自分に向けたものだとわかった。
夜宵はその呟きにリプライを送る。
『よろしくお願いします。なんでこの時間で保存してないんですか?』
『ヴァンピィくんが追い上げてきてるみたいだから安全圏まで差をつけておきたくてね。まさか直接対決になるとは思ってなかったけど』
ということはやはり、一位と二位の持ち点はそれほど差があるわけではなさそうだ。
この試合で自分が勝てば二位のヴァンピィには加点、一位の猫ルンバは減点となり順位の逆転は十分あり得る。
正真正銘、このシーズンの最終一位を決める戦い。
夜宵は神経を研ぎ澄まし、運命の一戦に臨む。
彼女は自分の集中力を引き出す為の言葉を口にした。
「コロス」
対戦ゲームとは、常にたった一人の勝者を決める為に行う。
本当に負けられない試合において必要なのは、相手の夢を打ち砕き、それを踏み台にして、自分が上に行くという強い気持ち。
相手の血液を根こそぎ吸い尽くす吸血鬼の様に。
勝利への貪欲さこそが夜宵の武器だった。
一位を獲る。そうしたらツイッターのみんなも祝福してくれる。
師匠のヒナにも恩を返すことができる。
何より自分はこのゲームで最高の結果を出したことで満足できる。
そうしたら
そして明日から学校に行こう。
夜宵の気力は漲っていた。
すでに十時間近く対戦を続けているが、極限の集中と高揚が勝り、体の疲れなど微塵も感じなかった。
勝ちたい理由は山ほどある。
自分は、この試合勝つんだ。
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