#28 世界一位への挑戦
猫ルンバの使用機体は迷彩服に身を包んだ二足歩行の猫型マドールだ。その名をアーミーミーミーという。
右手に持ったナイフで近接攻撃を、左手のライフル銃で遠隔攻撃を可能とするテクニカルな機体だ。
夜宵の操るジャック・ザ・ヴァンパイアは早々に相手の懐に入り込み、接近戦に持ち込んだ。
両者の実力は拮抗していた。
夜宵が相手の
そして勝負は最終局面を迎える。
アーミーミーミーとジャックが睨み合う。
猫型マドールはふらつきながらも一歩足を踏み出す。そこで地面の窪みに足をとられ体のバランスを崩した。
アーミーミーミーの左半身が揺らぎ、倒れそうになる。
チャンスだ! と夜宵は瞬時に判断した。
ジャックは敵に接近し、右手の魔剣を猫の頭部を狙って突き出す。
コンマ数秒先の未来に魔剣がアーミーミーミーの
その時、彼女は勝利を確信した。
しかし次の瞬間、敵マドールは上半身をひねり器用に魔剣を躱す。
剣は勢いそのままに猫の顔の横を通過、それを持つジャックが近づいたタイミングで敵は右手を伸ばし、その手に持ったナイフでジャック・ザ・ヴァンパイアの喉元を切り裂いた。
ジャックの頭部装甲ゲージがゼロを示し破壊、そして
まさか、体勢を崩したように見えたのはわざと?
こちらの攻撃を誘われていた?
攻勢に出たジャックにカウンターを仕掛け、防御の隙を与えず倒す算段だったのか。
自分は勝ちを焦って罠にかかったのか?
様々な考えが頭の中を巡る。
夜宵は呆然とテレビ画面を見つめた。
YOU LOSEの文字が表示された後、画面が切り替わり、今の敗戦が成績に反映される。
夜宵の順位が五位まで下がった。
時刻は朝九時過ぎ、これで六月シーズンは終わったのだ。
勝てなかった。
一位まであとちょっと、あと一勝だったのに。
拳をソファに打ち付ける。
気付けば瞳から熱いものが溢れ出していた。
喪失感が胸に広がる。
何が悪かった? どこが敗因だった? あの場面か? いやあそこで判断を誤らなければ。
だがいくら試合を振り返っても結果は変わらない。
夜宵はテーブルのスマホを拾い、ツイッターを見る。
『対戦ありがとうございました』
猫ルンバがそう呟いていた。
すぐにそれにリプライを送る。
『ありがとうございました。最後の場面、わざと隙を作って、こちらの攻撃を誘ったんですか?』
『そうだよ。とは言ってもヴァンピィくんは勘がいいから罠にかかってくれるかは賭けだった。正直ギリギリの戦いだったよ』
ギリギリ、か。
世界ランキング一位にギリギリの戦いと言わしめたのだ。
夜宵は思う。
恐らく実力の差は殆どなかった。十回戦えば五分五分くらいには持ち込めただろう。
だが現実は一発勝負で、自分は負けた。それが厳然たる結果だ。
テレビを消し、Aコンをゲーム機に付け直す。
しかし
部屋に入り、ベッドに横たわる。
あとちょっとだった。なにかの行動が一つ変わるだけで勝敗は逆転していたかもしれない。
いくら後悔してもしたりない。
この気持ちをどう処理すればいいのかわからず、夜宵はもう一度スマホを見た。
ツイッターのタイムラインに表示されている猫ルンバのアカウント。
『最終一位をとったぞ』
そのツイートに多くのいいねとリプライがついている。
それを見るだけで悔しくて、夜宵は気持ちを吐き出す先を決めた。
自分も猫ルンバにリプライを送る。
『一位おめでとうございます。少しDMでお話ししても大丈夫ですか?』
『うん。これから会社に行かなきゃいけないから、移動中で良ければ』
何の用件かも告げてないのに
夜宵は折角なのでその優しさに甘えることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『俺は高校生です。
でも学校には行ってません。
ずっと家に籠って
けど最近、クラスの友達が俺の家に来るようになって、少しづつ気持ちに変化がありました。
このままじゃいけないって、学校に行かなきゃって思うようになりました。
だからこのシーズンで一位を達成したら
夜宵の独白がDMに投下される。
何かを期待していたわけではない。ただ誰かに自分の気持ちを聞いて欲しかった。
猫ルンバからの返事はすぐに来た。
『そうか、それは悪いことをしたね。さっきの勝負で僕が負けていれば、ヴァンピィくんは学校へ復帰できたわけだ』
『いえ、猫ルンバさんは悪くありません。真剣勝負ですから、本気で戦ってくれてありがとうございました』
別に相手を責めたくてこんな話をしているわけじゃない。
そこで夜宵は一つ気になったことがあり、質問を投げる。
『猫ルンバさんは一位をとった今、次のシーズンはどうするつもりですか?』
『もちろん、連続一位を狙うよ。それを達成したらさらに次のシーズンも一位をとりにいく』
その答えを聞いて息が詰まった。
自分は
『ねえ、ヴァンピィくん。僕は思うんだ。
もしキミが最終一位をとれたとして、本当に
『どういう意味ですか?』
『一位をとれたらそれは自信になる。次もまた行けるんじゃないかってね。
人の欲に際限は無いからね。自分に一位をとれる実力があるとわかったら
それは言われてみればそうかもしれない。
『この試合で勝ったらやめるとか、何かの結果に任せるんじゃなくてさ。キミが本気で
あまりにも真っ直ぐな意見に夜宵は何も言えなくなった。
猫ルンバのメッセージは続く。
『僕の友人の話をしよう。
彼は漫画家を目指していたんだ。長いことアシスタントのバイトをしながら連載を狙っていたが、夢は叶うこと無く時間ばかりが過ぎていった。
夢を追う少年の心を忘れない彼はずっと漫画一筋で打ち込んでいた。しかし学生時代の友人は定職につき、結婚し、家庭を作っていく中、彼の夢は何年経っても一歩も前に進まなかった。
そして二十代の中頃、彼は漫画を描くのをやめた。その後は就職し、恋人を作り、今は新婚生活真っ只中だよ。
さあ、今の話を聞いてヴァンピィくんはどう感じた?』
『正直に言っていいですか?』
『夢を捨てた敗北者だと思うかい?』
『そうは思いません。でも漫画を描き続けていればひょっとしたら大ヒットする可能性はあったんじゃないかなって』
『なるほど、若い人はそういう感想を持つのか』
画面の向こうにいる相手の顔はわからない。
だが夜宵には笑っているように感じた。
『彼も同じことを言っていたよ。自分の投稿していた雑誌で新連載を見たりアニメ化作品が出る度に、自分もあの時諦めなければひょっとして、と思うことがあるとね』
『後悔してる、ということですか?』
『いや、人生はそんな単純じゃない。もしも漫画を描き続けて例え大成したとしても、もっと若い内に恋をしていれば、自分はどんな人生を歩んでいただろう、と考える日があったかもしれない。
人の一生は一度しかないからね。自分が選ばなかった道がどんな未来に続いていたかは誰にもわからない。
あり得たかもしれない自分の別の可能性に思いを馳せることを後悔と呼ぶなら、後悔しない生き方なんてどこにもない』
『その人は漫画と恋を両方追うことはできなかった』
『そうだよ。一つの夢に全力を尽くすというのは、同時に自分の他の可能性を捨て続けることでもある。
世の中にはいくつもの夢を同時に叶える器用な人間もいるのかもしれないけど、大抵の人はそうじゃない。
きっとがむしゃらに夢を追う若い人には見えていないもの、だけども夢を追う気持ちと同じくらい大事なものが、もうひとつあると思うんだ』
『夢を追う以外に大事なもの、ですか?』
『そう、それは夢を諦める勇気だよ。
その勇気があったからこそ彼は漫画の道を諦め、恋を掴むことができた』
夢を諦める勇気。そんなものを夜宵は聞いたことがなかった。
『ヴァンピィくん、
だけど今のキミにはあるんじゃないか? 今まで
学校へ行って、やりたいことがあるんじゃないかい?
人は誰だって変わっていく。一番の目標だったものがやがて一番ではなくなり、他に優先したいものが生まれる。
夢を達成できないまま
彼の言葉は、夜宵の心に響いた。
『猫ルンバさん、一つ訊いていいですか?
その友達は、ずっと漫画を描いてきて、それをやめる時、勿体ないと思わなかったんですか? 今まで積み重ねてきた技術とか経験とか』
『さて、どうだろうね? それでも今、彼はこう言ってるよ。漫画に打ち込んだ日々は、自分が新たな夢に出会うまで必要な時間だったんだって。だから無駄なんかじゃない、ってね』
そっか、と夜宵は思った。
だったらたとえ一位をとれなかったとしても、今までの時間は無駄じゃないんだ。
彼の話を聞いて、いつしか夜宵の心は軽くなっていた。
『あっ、それとさっき結婚の話が出たけど、猫ルンバさんはいつ結婚するんですか、ってのは禁句だよ?
僕は今の生活が気に入ってるんだよ。ほら、結婚して家庭を持ったらこんな風にゲームする時間が減っちゃうし。たまにオフ会で皆と会って飲むのは楽しいしね。
僕には僕の納得する人生があるように、キミはキミが納得できる生き方を選ぶんだ。キミ自身の意思でね』
自分の意志で。
勝負の結果に委ねるのではなく、自分の道は自分で決める。自分で選ぶ。
その言葉は夜宵の胸に刺さった。
『まあ
間違っても僕みたいな人間に憧れたり、カッコいいとか思ったら駄目だよ』
冗談めかした物言いに、夜宵は自然と笑みが漏れた。
『なんだか説教くさくなっちゃってごめんね。そろそろ電車を降りる頃だ。
ヴァンピィくん、他に何か訊きたいことがあれば今のうちだよ』
そう言われて、夜宵は気になってることを訊ねることにした。
『じゃあ一つだけ教えてください』
『うんうん、何でも訊いてくれ』
『猫ルンバさんは何歳なんですか?』
『そんなもの、十七歳JKに決まってるだろ』
その返事を読んで、夜宵は苦笑した。
そうだ、インターネットとはこう言う場所だった。
『奇遇ですね。実は俺もJKなんです』
そう返した。
きっと相手からはヴァンピィは男だと思われているだろうけど。
夜宵の手からスマホがベッドへ滑り落ちる。
急に眠気が襲って来た。
時刻は朝十時。窓の外は明るい。
枕に顔をうずめ、少しづつ曖昧になる意識の中で、夜宵は思う。
――ねえ、ヒナ。
――もしも私が
その答えは、もう出ている気がした。
この前のオフ会で、ヒナから言われた言葉を思い出す。
夜宵とチームを組めば、勝っても負けても楽しいと。
夜宵が強いからパートナーに選んだのではない。一緒にいて楽しからチームを組んだんだって、そう言っていた。
この前のオフ会は楽しかったな。
ネットで知り合った
――そうか。一位はとれなくても、私の欲しかったものはもう、とっくに手に入っていたのかもしれない。
そんなことを思いながら、夜宵の意識は柔らかい布団の感触に包まれていった。
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