第三章 オフ会に行きたい

#12 オフ会の始まり

 オフ会の会場は都心にある公共のイベントホールだった。

 二百人前後を収容できる大きな多目的ルーム内には、いくつかのテーブルに分けられて参加者達が着席している。

 今回のオフ会には最初に自己紹介タイムが設けられ、参加者一人一人にマイクを回しながらそれぞれが紹介をしていたらしい。

 司会を務める大学生くらいのお兄さんが、マイクを通して言葉を放つ。


「えー、では最後に遅れて到着したキャンプファイアのお二人に自己紹介をしていただきます」


 俺と夜宵のチーム名・キャンプファイアの名を呼びながら、そう宣言される。

 はい、すいません。駅を出てからの道に迷って十分ほど遅刻しました!

 ごめんよ夜宵、俺が方向音痴なばかりに。

 隣を見る。

 白いTシャツの上から黒のフリルキャミソールを重ね着て、キャミソールとセットの黒いフリルスカートを履いた夜宵は今日も可愛い。

 じゃなく、ガッチガッチに緊張している様子の引きこもりコミュ障少女の姿が見てとれた。

 よし、ここは俺が先に自己紹介をして彼女の緊張を和らげよう。

 マイクを受け取り、口を開く。


「初めまして、キャンプファイアのヒナって言います。普段はシングルスばかりやってますが、今日の為にダブルスを練習してきました」


 あとはそうだな、無難に好きな物や嫌いの物の話でもすれば夜宵のお手本として十分な自己紹介になるだろう。

 俺は今期の好きなアニメやキャラの話題を口にし、最後に宜しくお願いしますと言って自己紹介を締めた。

 次は夜宵の番だ。

 未だ緊張で震えてる彼女にマイクを手渡す。

 頑張れよ、と小声で囁いて。

 夜宵がマイクを握り、そこに声を吹き込む。


「え、えと、は、初めまして。キャンプファイアのヴァンピィです。吸血鬼ヴァンパイア一般人パンピーという意味で名付けました」


 この子のハンドルネームの正確な由来を初めて知ったわ。

 大半の参加者は静かに夜宵の自己紹介を聞いているものの、一部の人間がひそひそと話す声がこちらに漏れ聞こえてくる。


「あの子がヴァンピィさん?」「えっ、女の子なのか」「ツイッターの発言だと男にしか思えなかったのに」等々の言葉が耳に届く。


 そういう反応になるのは尤もだろう。

 ヴァンピィ自身は魔法人形マドール界隈ではそれなりに有名なプレイヤーであるが、オフ会に参加したことは一度もなく、みんな彼女の正体を今まで知らなかった筈だ。

 夜宵がマイクを握る手に力を籠め、言葉を続ける。


「す、好きな物は二次元の可愛い女の子。嫌いな物はリア充です。ここここの会場にも男女連れっぽい人がちらほらいますが、り、リア充は容赦なく爆破します! 宜しくお願いします」


 よーし、ちょっと舌が回ってなかったけど最後まで言い切れたな。

 まあリア充を爆破するくだりはブーメランな気もするが。


「以上、キャンプファイアのお二人でしたー!」


 司会のその言葉に会場中から暖かい拍手が返ってくる。


 同時に、「ヴァンピィさんだ」「間違いなくヴァンピィさんだな」「ツイッターのキャラそのまんまだ」と納得の声も聞こえてきた。


「お疲れ、ヴァンピィ」


 俺は彼女の肩を叩きながら労う。

 夜宵は俺の顔を見返し、息を荒くしながら言葉を返した。


「ヒナ、私のコミュ力ポイント、今ので大分減った」


 コミュ障にとってコミュ力とは人と話せば話すほど減っていく消耗品らしい。


「よしよし頑張ったな、席に行こうぜ」


 ポンポンと彼女の背中を叩くと、運営の人に俺達の席を聞いて、テーブルに移動する。

 しかしこの会場に沢山いる人の中の誰が虎衛門なのやら。

 彼も自己紹介をしたのだろうが、遅れてきたせいで聞くことができなかった。

 あれから一週間、虎衛門のアカウントを俺は監視してきた。

 最初は捨て垢かとも疑ったが、奴は魔法人形マドール界隈の人間と徐々に交流していき、フォロー・フォロワー数を増やしていった。

 そしてこの双子座オフもエントリー締め切りギリギリに参加申請したようだ。

 チーム名はバニートラップ。メンバーは虎衛門とたまごやき。

 これは予想外の組み合わせだった。

 虎衛門はこの短期間でたまごやきさんと仲良くなり、チームを組むのに至ったのか。

 それとも、たまごやきさんとはアカウントを作る前からの知り合いだったのか。


 とにかく、大会に意識を集中しよう。

 大会形式はまず予選をいくつかのブロックに分け、ブロック内で総当たり戦を行うらしい。

 そして各ブロックの勝ち数上位二チームが決勝トーナメントに進出する。

 今回は人数も多く、予選を二部屋に分けることになったという。

 ブロック分けを確認したところ、バニートラップはもう一つの部屋で予選を行っていることがわかった。

 つまり決勝トーナメントまで行かないと虎衛門とは会えないのか。


 そんなことを考えながら、俺達は予選ブロックのテーブルに着く。

 大学生から社会人くらいの男女数名が一緒のテーブルを囲っていた。

 流石に俺達みたいな高校生は珍しいか。

 対戦の準備を行うために鞄からゲーム機を取り出す。

 Standスタンドと呼ばれる小型ゲーム機だ。

 長方形のこの機械は、その面積の八割ほどがゲーム画面を映すスクリーンとなっており、両端にはゲームの操作をする各種ボタンやアナログスティックがついている。

 このゲーム機を使ったプレイスタイルは主に三つある。

 一つはスクリーンにゲーム画面を表示してプレイする携帯モード。

 二つ目はテレビに繋いで、テレビ画面にゲームを映すテレビモード。

 そして三つ目、スタンドモード。

 しかしスタンドモードで遊ぶにはそれなりのスペースが必要になるし、予選のテーブルそれぞれにテレビを配置するなんてこともできない。運営の予算的に。

 必然的に予選は携帯モードでプレイすることになる。


「ヒナさん、ヒナさん!」


 先にテーブルについていた茶髪の青年が人懐っこい笑みを浮かべながら俺に話しかけてきた。


「初めまして、俺、グルグルって言います」

「えっ、グルグルさん!」


 ツイッターで相互フォローかつそれなりに絡みの多い人だった。

 しかし会うのは初めてになる。


「どうですヒナさん、最初の試合はうちのチームとやりません?」


 その申し出を断る理由もない。

 予選は同じテーブルについたチーム全員の総当たり戦。対戦の順番は決められておらず、各自話し合いの上、自由に進めていいことになっている。


「いいですよ、やりましょう。ヴァンピィもいいよな?」


 俺は確認をこめて夜宵の方を見る。

 すると彼女はグルグルさんの隣に座る綺麗なお姉さんを見つめていた。

 夜宵の視線に気づいたのか、グルグルさんは説明してくれる。


「紹介します。俺のチームメイトのモコモコです。チーム名はグレイシアーズ」


 よろしくね、と人当たりのいい笑顔を浮かべるモコモコお姉さん。

 そんな二人を見て、夜宵がポツリと呟いた。


「リア充だ」


 あっ、なんか火がついたっぽい。

 彼女は鞄からStandスタンドを取り出し、ゲームの準備を始める


「しょ、勝負、しましょう。り、リア充は全員爆破します」


 こうして戦いの火蓋は切られた。

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