#4 デートのお誘い

「ねえ、太陽くん。私は詳しくないんだけど、魔法人形マドールのランキングってどうやって順位付けされるの?」


 夜宵の家からの帰り道、水零がそう訊いてきた。


「簡単に言えば勝ったら加点、負けたら減点されて持ち点を競うって感じかな。勝ち越し数の多さでランキングが決まるんだよ」


 俺がそう説明すると、水零は顎に指を当てて難しい顔を見せる。


「勝ち越し数の多さってことは、例えば勝率六割くらいの人でも試合数をメチャクチャこなせば上位に行けるってことかしら? 夜宵の言う通り、暇人が圧倒的に有利なゲームなの?」

「いや、そんな単純な話でもないよ。オンラインのランキング戦は自分と順位の近い相手とマッチングする仕組みになってるから、上に行けば強者ばかりと戦うことになるんだ。勝率六割で下から上がってきた人が、強者に囲まれた中で勝率六割をキープできるかって言ったら、それは難しいだろ。

 現実は勝率五割になって伸び悩むか、勝率四割で下に蹴落とされるかってなる」


 だからこそ強者の中でさらに勝ち抜いて上に行くことに価値があるのだ。


「とはいえ、暇人が圧倒的有利っていうのは否定しないけどな」


 先ほど、夜宵のゲーム画面を見た時のことを思い出す。

 そこに表示されていたのは彼女の順位と、勝ち数と負け数と総試合数。


「試合数、五百戦もやってたよアイツは」

「それって多いの?」


 凄さが良くわからないという様子の水零に俺は答える。


「今の魔法人形マドールのランキング戦は一か月を一シーズンとして区切ってるんだ。シーズンが終われば戦績がリセットされる。

 で、今日は六月の十日だろ? 六月シーズンが始まって十日経ってるわけだ」

「十日で五百戦ってことは、一日平均五十戦!」


 その数字に水零の顔が引き攣った。

 彼女もライト勢ではあるが、魔法人形マドールで遊んだことはあるからイメージが湧いただろう。


「流石にゲームしすぎ。あれって一試合に十分から十五分くらいかかるわよね?」


 そうだ。大体それぐらいの時間がかかる。

 そこからざっくりと夜宵のゲームプレイ時間を計算する。


「一試合十五分と仮定すると一時間で四試合、五十試合やるには十二時間ちょっと必要だな」

「一日の半分以上ゲームしてるってこと? すごいわね」


 流石の水零もちょっと引いてるようだった。


「睡眠時間を八時間と仮定するなら、起きてる時間の七十五パーセント以上を魔法人形マドールに費やしてるな」

「ほぼご飯とお風呂以外の全ての時間でしょうねそれは」


 それはもう、それだけやってれば強くなるのも納得というわけだ。

 そしてこのゲームで頂点をとるなら、それぐらい普通の生活を捨てる必要があるということがわかってしまう。

 そこで水零は、ふうっと息を吐き出す。


「今日は太陽くんが一緒に来てくれてよかったわ。魔法人形マドールのことは太陽くんの方が詳しいし、お陰であの子が目指してるものが理解できた」


 言って彼女はスマホを取り出し、画面をタップする。

 そこにはヴァンピィさんのツイッターアカウントが表示されていた。

 彼女は夜宵のツイッターアカウントを知らなかったらしいので、学校からの帰り道で俺が教えたのだ。


「さて、問題です太陽くん。私は何故勉強をするでしょう?」


 にっこりと微笑みながら水零は唐突にそう言った。


「何故勉強するのか、か。学年一位の秀才、星河水零さんならきっと凡人とは違う理由があるんだろうなあ」


 さっぱり見当がつかないので、そう皮肉ってみる。


「将来の為とか、進学の為とか、そんな平凡な理由じゃないんだろうなあ」


 俺の言葉を聞いて、水零はクスクスと笑った。


「そんな高尚な話じゃないの。例えば小学校に入ったばかりの頃、その頃の私達って将来のことを考えて勉強なんかしてたかしら?」


 そりゃあ、してないだろうな流石に。


「答えは簡単よ。いい成績をとると褒めてもらえるから。親とか先生とか友達とかにね」


 それはとても納得できる理由だった。


「大人から見れば、学校に行かずゲームばかりしてる今の夜宵は理解できないかもしれない。でも私は少しわかって来た」


 彼女の視線がスマホの画面に向く。

 そこにはヴァンピィさんがゲーム画面のキャプチャをアップロードしていた。

 内容は俺も先ほど見たので知っている。

 十位だった彼女はそこから一勝し、九位に浮上した。

 ついに一桁順位の大台に乗ったのだ。

 ランキング九位の画像をツイッターに上げると瞬く間にフォロワー達のいいねとリツイートとリプライが飛んできた。

『流石はヴァンピィさん』『やっぱり強いですね』『おめでとうございます』等など、彼女を称賛する言葉の数々がそこに連なる。


「私達のような子供にはね、将来の事なんかよりもずっと大事なことなの。誰かに褒められることとか、誰かに認められることっていうのは。それを理解しない人には夜宵を学校へ連れ出すことはできないと思う」


 学校へ、か。

 当然と言えば当然だが、やはり水零も夜宵の不登校の件は心配してるのだろう。


「今なら理解できる。勉強を頑張る私も、ゲームを頑張るあの子も、本質的にはたいして変わらないんだって」


 水零はスマホをしまうと、俺の方へ向き、人差し指を一本立てる。


「北風と太陽ってお話し、知ってるでしょ」

「イソップ寓話だっけな」


 それは有名な話だ。

 あるところに旅人がいた。

 北風と太陽はその旅人の上着を脱がせることができるか勝負することになった。

 北風は突風を起こして旅人の上着を脱がせようとしたが、旅人は寒さに震え、より強く上着を着こむだけで脱がせることはできなかった。

 一方の太陽は暑い日差しで旅人を照らし、暑さに耐えかねた旅人に自ら上着を脱がせることに成功したのだ。

 水零は言う。


「強引な北風には夜宵を連れ出すことはきっとできない。けどね」


 俺の眼を真っ直ぐに見つめ、試すような表情で。


「キミならひょっとしたら、あの子の太陽になれるかもしれないわね」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 その日の夜、俺は自室のベッドに仰向けになり、ぼんやりと天井を見上げていた。


 太陽ね。


 水零はきっと俺に期待しているのだろう。

 俺との出会いが夜宵を変える。彼女が引きこもりを止めて学校に行けるようになることを願っている。


 俺の意志はどうだろう?

 まあ、折角一緒のクラスなんだし、夜宵には学校に来て欲しいかな。

 ヴァンピィさんとはネットの世界で長い付き合いになる。

 いつかリアルで会いたいとも思ってたし、実際に会った今、もっと仲良くなりたいと思う。

 それは相手が男でも女でも変わらない。

 いや、実際女の子だって知った時は驚いたけど。


 ツイッターのDMを開く。

 まずは行動を起こそう。

 彼女を遊びにでも誘ってみるか。

 そう言えば、外行きの服を持ってないって言ってたっけ。

 なら、一緒に服を見に行きませんか、と。

 文面を簡単に推敲し、送信を押す。

 正直緊張した。

 ヴァンピィさんと友達になりたい。相手が男でも女でも関係ない、そうは言ったけどやっぱり女の子を誘うって緊張するわ。

 ドキドキしながら返事を待つ。

 既読はすぐについた。

 しかし返事が来るまで、およそ二十四時間ほど待つことになった。

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