第二章 おでかけに行きたい

#5 返事はまだかな?

 その夜、夜宵と水零のLINE画面に一枚のスクリーンショットが投下された。

 それはヒナとヴァンピィのツイッターDMのやりとりを切り取った一枚であり、内容はヒナがヴァンピィへ一緒に服を見に行こうと誘ったものだ。


『どどどどどどうしようどうしようどうしようどうしよう』


 スクショの投下と共に困惑する気持ちを書き込む夜宵。手の震えが書き込みにもそのまま現れていた。

 その画像を見たのだろう、すぐに水零のレスがつく。


『あら、デートのお誘いね。夜宵もやるじゃない』

『デデデデデデートじゃないから、ちょっと一緒にお買い物に行こうって誘われただけだから』

『はいはい、そういうことにしといてあげる』


 書き込みとともに、はいはいする赤ん坊のスタンプを投下する水零。


『それで、どうしよう?』


 改めて夜宵が相談を持ちかける。


『そうねー、まず夜宵の気持ちを確認したいんだけど、太陽くんとお出かけに行きたい? 行きたくない?』

『えっと、それは』


 返事を打つ手が止まる。

 ヒナとはツイッター上では長い付き合いになる。

 ネット上では冗談を言いあったり、クソリプを送ったり、ダル絡みをしても許容されるくらい仲良くなれたという自覚はある。

 だがツイッターで知れるお互いのことなど、うわべだけだ。

 ネットだけの付き合いなら自分のカッコ悪いところを見せなくて済んだ。

 自分の正体が不登校で引きこもりの陰キャコミュ障だなんて知られずに済んだ。

 このままもっと彼との距離が縮まれば、自分の本当の姿を晒すことになる。

 他人との会話もままならない、社交性の欠片もない、そんな自分を知っていけば彼に失望されるかもしれない、嫌われるかもしれない。

 考えるだけでも、彼と出掛けることにとてつもなく高いハードルを感じた。


『どちらかと言えば、行きたくない寄り』

『そっか、じゃあ断っちゃっおうか』

『でも、それはそれで』


 一度誘いを断った程度で嫌われるとまでは言わないが、やはり今後彼の中で夜宵に対する遠慮が生まれてしまうのではないか。そんな心配もある。


『一回断ったら、次からもう誘われなくなるってこともあるじゃん』


 不安を吐露する夜宵。

 本心でもまだ行くべきか断るべきか決めかねていた。だから水零に相談したのだ。


『迷ってるなら行ってみることをオススメするわ。太陽くんは紳士だから優しくエスコートしてくれるわよ』


 そんな風に背中を押されて、夜宵は改めて、うむむむと顔をしかめる。


『ちょっと考えてみる』


 そう書き込んで、スマホから手を離す。

 モヤモヤとした気持ちを抱えながら彼女はいつものようにゲーム機を起動した。

 いったん気分転換した上で、考えをまとめようと思った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 そして翌日の昼、夜宵は再びLINEにメッセージを書き込む。


『ねえ、水零』


 しかし暫く経っても返事はなく、既読がつく様子もない。


『そっか、今学校か。使えねー』


 水零がそれに返信したのは夕方になっての事だ。


『引きこもりニートの夜宵ちゃんヤッホー! 私がいない間、寂しかったかなー?』

『ウッザー』

『それで決めた? 太陽くんとお出かけに行くかどうか?』


 いきなり本題を切り出してきたが、それに対する答えは、夜宵も一晩考えて覚悟を決めていた。


『うん、ヒナとお出かけに、行きたいと思う』

『そっかそっか、決めてくれたかー』

『断ったら嫌われちゃう気がする』

『案外ネガティブな理由だったかー』


 汗を流した困り笑いのスタンプが投下され、水零の書き込みは続く。


『それで返信はもうしたの?』

『それなんだけどさ、なんて返事すればいいかなって』


 既にヒナのDMを受け取ってから大分時間が経過している。

 今メッセージを見て即答したみたいなテンションで返すのは難しい。

 どんな文面を送るべきか。


『そうねー、確かに時間が経ってるもんね。太陽くんも返事がなくて不安がってるかもね。ここは男の子を喜ばせる内容で返信しましょう』

『男の子を喜ばせる? それってどんなことを書けばいいの?』

『まずは、「お誘いいただきありがとうございます。とても嬉しいです」とか』

『なるほど』


 少々、言葉遣いが他人行儀な感はあるが、ニュアンスとしてはいい切り出し方だと夜宵も感じた。


『「日向くんの都合が合う日であれば是非ご一緒したいです。私は引きこもり不登校なので予定とかは無いので、いつでも大丈夫です」』

『よーし、喧嘩売ってるね水零。買うよ、一円未満なら買うよ』

『えっ! 夜宵、予定あるの?』


 水零はビックリという文字とともに、ムンクの叫びのようなスタンプを貼り、驚きを表現する。


『そりゃ、シーズン最終日とかは徹夜で魔法人形マドールしないといけないし』

『あー、そっか。一ヶ月を一シーズンとして区切って成績がつくんだっけ。シーズンの終わるタイミングの最終順位は大事ってことね』


 また一歩、水零が魔法人形マドール廃人への理解を深めてくれた。

 そこで水零は話を戻す。


『で、最後は「日向くんに可愛いお洋服たくさん選んで欲しいです。楽しみにしてますね(はあと)」って感じでいきましょ』

『な、な、何その勘違いされそうな文章! 書かないよ! ハートとか絶対書かないからね!』

『えー、私なら書いちゃうけどなー』


 とにもかくにも、水零のアドバイスのお陰で方向性は見えてきた。

 その後は夜宵が自分の言葉で文章を組み立て、DMへ返信を投下した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「来てしまった」


 自分のスマホを見ながら、俺はそう呟く。

 スマホに写るのはツイッターの画面。

 何が来たと言えば、それは通知だ。

 DMに一件のメッセージが届いたことを示す通知が表示されていた。


 昨夜、ヴァンピィさんこと夜宵に向けて一緒に服を見に行こうと誘うメッセージを送った。

 既読はすぐについたので、返事もすぐ来ると思っていた。

 しかし待てども待てども一向に彼女からの反応はなく。流石に不安になって来た。

 これだけ返事に時間がかかるということは、きっと相手を困らせてしまったのだろう。

 人間関係を維持するためには、お互いの距離感を把握することが大事だ。

 俺はネットの世界ではヴァンピィさんと仲良くなったつもりでいたが、リアルに踏み込んでいい関係性ではなかったのだ。

 失敗したかもしれない。やはり出会ったばかりで二人で出かけるなんて性急過ぎたんだ。

 きっと夜宵はどうしたら穏便に断れるか、文面に悩んでいたのだろう。

 時間が経てば経つほど、返信が届くのが怖くなった。それがついさっき届いたのだ。


 怖い、読むのが怖い。

 きっと断られる。

 きつい言葉でこちらを拒絶する文面が並べられているのか、それとも社交辞令を並べ立てながら丁重にお断りされるのか。

 画面をタップしてDMを開く。たったそれだけのことにとてつもない勇気がいる。

 うう、くそお! どうせ断られてるんだろ! わかってるよ、とっとと読んでやるよ!

 DMを開き、ヴァンピィさんからのメッセージを読む。


――返信が遅くなってごめんなさい。それと誘っていただき、ありがとうございます。

――私はコミュ障だし、友達と遠くへ出かけることも今までなかったから、男の子からお出かけの誘いを貰って、正直どうしたらいいのかわかりませんでした。

――ただ誘ってもらえたこと自体はとても嬉しいです。


 あっ、これは駄目な奴だ。

 お気持ちはありがたいですが、なんやかんやの理由があって丁重にお断りしますって流れだ。


――不安な気持ちもありますが、折角のお誘いなので行きたいと思います。

――ヒナならきっと優しくエスコートしてくれるよね。


 あれ?

 あ、あれ?

 えっ、つまり、これはオッケーってこと?

 ていうか、最後の一文だけ敬語じゃなくなってて、そこが本当に夜宵の本音だってわかって。

 やべえ、メチャクチャ嬉しい。

 する! めっちゃエスコートする! 世界一優しくする!

 それから俺は舞い上がって、日付と時間の相談をDMで済ませた。

 うああああああ、そうだ、行く店とか交通手段とか調べないと。

 それとお昼食べる場所とか決めておかないと。

 服は何着てこうか?

 今から当日まで準備することは山ほどあるぞおおおおおお!


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 一方その頃、夜宵と水零のLINE画面には、夜宵の魂の叫びが書き込まれていた。


『服を買いに行く服がない!』

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