02.
うちの会社の社長は、重要な選択をぜったいに間違わない。社員を大事にするくせに、重要な部分や、間違ってはいけない部分を全て背負い込んでいた。
「まあ、しかたないだろ。インフラ関連サイバー事業なんだから」
「それはそう、だけどさ」
一歩間違えば、五桁レベルの被害者が簡単に出る。そういう仕事だった。ダムの治水なんかは、街が丸ごとなくなる可能性だってある。
「あ」
「ん?」
同僚。さっきからずっとプレッツェル食べてる。この会社は、お茶くみ以外全員が女性社員。
「ダムの治水さ。あれ、どうなったわけ。みしなとガイガーカウンターは?」
「外注だってさ。ふたりは引き継ぎ。なんか政治家の意向がどうこうとか」
「政治家?」
重要な政策決定は、ほとんど人工知能だった。政治家は誰も責任をとりたくないらしい。そんなことをやってるから、うちの社長の肩に責任ばかりがのしかかる。
「電話して確認してみようかな」
「いいんでないの。お茶くみさあん。お茶くださあい」
奥から、はあい、という声。
電話してみる。
目の前でプレッツェル食いまくってるのが、プレッツ。
そして自分は、
電話。十回以上のコール音。
「暇してるぞ、このふたり」
「暇なのはいいことだよ?」
「社長が心配だな」
『はい、みしな』
「あ、そっちどう。うまくいってる?」
『うまくいってるっていうかさ、なんか、外注の人に政治家の人が付いてきてさ』
「政治家?」
『うん。なんかダム事業を決めた政治家だって』
「いや、政策決定は人工知能じゃん?」
『なんかどうやら違うらしくて。もしかしたら社長、いまその選択を強いられてるんじゃないかって』
「ふうん。伝えたほういいかな?」
『いらないと思う。社長集中させてあげよう』
「わかった。ガイガーカウンターは?」
『いま蕎麦食ってるけど』
「あ、元気ならいいわ。じゃ」
『はいはい。社長が出てきたらまた電話してね』
「社長確認連絡了解」
電話を切った。
お茶くみさんがお茶を持ってきている。
「あ、私にも一杯おねがいします」
「はいはい」
「プレッツェルとお茶。おいしい」
このお茶くみだけが男性社員。どこかの法律に引っ掛かりそうな社員構成だけど、会社の性質を見れば妥当ではある。
基本的に、並行処理能力は女性のほうが高い。男性のほうが基本的に力が強いのと、同じような原理。だから、社長のもとで処理能力を活かすとなると、だいたい女性が集まる。
お茶くみは、社長がいないときの代理になる。戦略的な選択力は、男性のほうが高い。普段は優しげにお茶やお菓子を配って書類や電子情報をゆっくり整理したりしているけど、戦略的な切れ味は凄まじいものを持っていた。
たぶん、生まれた時代を間違っていたタイプの人間。その気になれば春秋戦国時代ぐらいは制覇できたのかもしれない。
「なに考えてんの?」
「春秋戦国時代について」
「むずかしいこと考えてるね」
「プレッツェルちょうだい?」
「どうぞ」
そして、社長。
ここにいる全員が、ひとつの目的をもって、ここにいる。この会社は、社長が作ったのではなく、私たちが、作った。
「お茶です」
「ありがとう。あっついな。あちち」
プレッツェルを頬張って、お茶をすする。
社長の背中。重要なことを、全て背負って、ひとりぼっちで、闘い続ける。たぶん、自分の命すらも、簡単に投げ出すんだろう。
「そんなことはさせない」
社長は、私たち全員で守る。社長の選択に対して私たちが力になれなくても、それでも。社長を守る。社員だから。
「なんか、お前の考えること、なんとなく分かるよ」
「あ?」
「春秋戦国時代」
「お茶がおいしいなあ」
「お茶は春秋戦国時代の前からあるよ」
「へえ」
雑談で、なんとか気を紛らわせる。
社長を心配してるのは、全員が、同じだから。
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