CHAPTER6  2018年9月21日午後4時16分

 「あの、昨日の……こと君? は何者なんですか」

一定の間隔で訪れる微かな衝撃音の合間を縫って、私の声が電車内に揺蕩う。

 それを拾い上げて、伊乃里いのりさんはにこやかに微笑んだ。

「気になりましたか」

「ええ」

流石に言葉は選んだけれど、私の疑念は余すところなく伝わってしまっているような気もした。

 次の停車駅を告げるアナウンスの向こう側で、伊乃里さんは言う。

「アドバイザー、という返答では不十分ですね。……恐らくお察しとは思いますが、彼もまた異能を持ち合わせた人間です」

怒涛のように知識を浴びせる所長の語り口とは違い、あくまで伊乃里さんは穏やかに、こちらの様子を窺いながら言葉を紡いでいく。

「彼は相伝性異能を受け継ぎ続けた一族の生まれです。私も詳しくは存じ上げませんが、限りなく成功に近い失敗作、あるいは限りなく失敗に近い成功作だと、所長は評していました」

ここから先は全て所長の受け売りですけれど、と前置きして、伊乃里さんは風鈴にも似た声音で滔々と囁く。

上留かみどめ一族の目的は、神を人の身に留めること。――――彼はその歴史の最後に生まれたもの。全てを視通し、全てを識る、およそ全能に近しい存在なのです」

この人たちの常識外れにはもう慣れたと、それほど驚くこともないだろうと、そんな自信が粉々に砕けた音がした。

 いっそ冗談だと、世間知らずの小娘をかついだのだと言ってくれた方が、何百倍も信用できそうだった。

 だというのに、目の前の彼女がそんな言葉を口にする様子はない。それどころか、やはり信じられませんよね、などと苦笑してみせる。いっそ笑えるくらいに、彼女の生きる世界と私の生きてきた世界はかけ離れていた。

 それでも、そんな隔たりを超えてなお通用する一般論だってある。

「なら、どうして彼がさっさと見つけないんですか」

脳の制御を振り切って、勢い込んだ舌が思っていた以上の強さでそう言い放つ。

 それを気にした風もなく、伊乃里さんは形の良い眉をさらに下げた。

「そう思う気持ちもわかりますが、彼は常にあらゆる全能を使い続けることはできないのです。――――肉体が人間である以上、脳の機能には限界があります。もし、その限界を超えるようなことがあれば、彼はになってしまうのです」

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