第6話


「――誰が撃った!?」


 スタンレイ・キャットフードはメインモニターを睨みつけ、歯ぎしりした。

 モニターに映る前方の空には、鋼鉄のブロックを13メートルの人型に積み上げた蒼いマシンが飛翔している。

 ロボットアニメから抜け出してきたようなそれは、デモノマターの主力兵器『ネフィリムナイト』だ。

 それが5機、オンボロ輸送機を追いかけている。


 スタンレーたちが輸送機に対し接触を試みたところ、輸送機は突如進路を変更、逃走しようとした。

 さらに輸送機内に潜んでいたテロリストは乗客を人質にデモノマターを牽制。

 それに対しスタンレーはネフィリムナイトを発進させた。

 輸送機の撃墜が目的ではない。テロ鎮圧用特殊部隊をネフィリムナイトに運ばせるだけだ。輸送機や乗客に極力傷をつけないよう、部下たちには徹底させた、つもりだったのだが。


 輸送機の船体左弦からは黒煙がたなびいていた。

 ネフィリムナイトの1機が発泡したのだ。

 それが功を焦った若い兵士ではなく、最も信頼していた隊長機によって引き起こされた現実に、スタンレーは戸惑いを隠せないでいた。


「撃てと言ったおぼえはないぞ、ハウエル隊長!」

「あんたはロザリオーの恐ろしさを知らないんだ、艦長」


 通信画面に呼び出された髭面のパイロット――ハウエルは、息子ほど年下の艦長に対しふてぶてしい態度を隠さない。

 瞼を縦に横切る古い傷痕を撫でて、彼は言った。


「あれの恐ろしさは俺が1番よく知っている。動きだしたら誰にも止められん。その前に葬るのがベストなんだ」

「乗客が人質になっている! 見捨てろというのか!」

「やむを得ない犠牲だ。ここで仕留め損なえば、何百倍もの犠牲者が出る」

「我々はデモノマターだ! 未来の犠牲者も、今の人質も両方救わねばならん! あなたが予定通り突入部隊を運んでくれたなら、それができたのだ!」


 憤るスタンレーに対し、ハウエルは聞き分けのない子供を見るような目をした。

 そういう目をする大人は、子供の言い分に理があるとは考えもしない。


「……ハウエルの指揮権を剥奪する! ウィルバー、以後は貴様が指揮をとれ! ハウエルを拘束せよ!」

「し、しかし……」


 ハウエルを信頼している、しかし凶行を肯定することも出来ない――板挟みになった残り4機のネフィリムナイトのパイロットたちはその場でオロオロと機体を浮遊させるばかりだ。


「いいんだ艦長。責任は全部俺が取る。あんたは少しの間、案山子みたいに突っ立ってくれればいい」


 一方的に、通信は切られた。



† † † † † † † † †



 ……デモノマターが、撃ってきた。人質がいるのに。


 人類が降伏して以来、デモノマターは武器を振りかざすことなく支配体制を整えていった。

 最初に圧倒的な力の差を見せつけられたのが大きい。人々は抵抗らしい抵抗もせず、だからデモノマターも力を誇示する必要に迫られなかった。人類から異星人へ、政権交代はスムーズに、穏当に行われた。下手をすれば人類が自ら支配者の座を譲ったかのように錯覚する者まで出て来るほどに。


 そんなだから、多くの人たちにとってデモノマターはすっかり信頼されていた。

 僕もそうだ。デモノマターが人質を危険にさらすような真似をするわけがないと無条件に信じていた。

 それが裏切られた。


「これが宇宙人のやり方だ!」


 イーサンとかいうあのCRUZの構成員が勝ち誇ったように吠えた。


「しょせん奴らはエイリアンだ! 人間の命なんて、なんとも思っちゃいないんだ! これでもまだ、奴らが味方だと思うのか! いま戦わなければ、人類は奴らに滅ぼされるぞ!」


 撃たれた直後では、否定する言葉が浮かんでこない。


「ロザリオーから降りろ、若造!」

「降りたら、あなたたちはどうするんです?」

「ロザリオーで脱出する」

「輸送機の人たちは?」

「ロザリオーがいなければ、デモノマターはなにもしないはずだ。少なくとも撃墜しようなどとは思うまい」

「出て行ってくれるってことで、いいんですね?」


 ほっとした。

 僕はコクピットハッチを開くボタンを探す。

 けれどその時、ファタさんが言った。


「――では、あなた方が持ち込んだ爆薬はどうするんですか?」


 ……爆薬? 爆薬って言った?


「あなた方はロザリオーと一緒に大量の爆弾を持ち込んでいたはずです。この船に乗ってすぐどこかへ運び出しましたが、今どこにあるのですか?」

「…………」

「ロザリオーが無事に逃げるためには、足止めや目眩ましになるものが必要不可欠。あなた方は、この輸送機を爆破することでその役目を務めさせようと考えているのでは?」

「青年、ロザリオーから降りたまえ」


 わかりやすいくらいの猫撫で声で、イーサンは言った。


「そのAIは君を利用するためにありもしない嘘をついている。だが同じ人間と機械、どっちが信用に足るか、少し考えればわかるだろう?」

「そうですよね……。人間なんて、機械よりも異星人よりも信用ならないですね!」


 乗客を人質にとった奴など信用に値しないと、愚かな僕でもわかる。

 だけど、どうする?

 普通に考えればロザリオーを持ち出してデモノマターに投降するべきだ。

 しかしその場合、CRUZが乗客になにをするかわからない。

 デモノマターが降伏を受け容れてくれるかさえ、今の僕には確信できない。


 おまえみたいな馬鹿が考えるだけ無駄だ、目障りだから黙って言うことを聞いていればいい――そう言われ続けてきた。いっそいなくなってくれればうれしいとも。

 だから僕はこれまでそうしてきた。でも間違いだったと思う。大人しくわきまえていたって、そうしていろと言った奴が責任を持って僕たちの安全を保証してくれるわけじゃないのだ。

 もっと普段からものを考えていれば、こういうときにいい知恵を閃いただろうか?

 ……いや、それはないな。少なくとも僕の場合は。


「……ファタさん。なにか、ないですか……?」


 結局、僕はファタさんに丸投げした。

 ファタさんは――ファタさんの立体映像は考え込むような表情をとった。

 いや、既にプランはあって、でもそれを実行に移す決心が出ない。そんな感じだった。


「……サレオスさん。あなたからイーサン中尉に提案してもらえますか。彼はAIと対等に取引をしようなどとは考えないでしょうから」

「わかった。なんて言えばいいですか?」

「私たちがデモノマターを撃退する――と」

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