第7話
ネフィリムナイト。あのオモチャみたいなロボット兵器に対して戦車や戦闘機はまるで相手にならなかった。
物理法則すらねじ曲げる異星のテクノロジーの前には、物理法則に縛られた地球の兵器は同じリングにさえ立てなかったのだ。
戦闘機はのろまな亀のように翻弄され、戦車は紙細工みたいに踏み潰された。
戦艦が必死に弾をばらまいても、奴らは悠々とその隙間を潜り抜け、肉薄せしめた。
結局、相手ができたのは同じネフィリムナイトであるロザリオーだけ。
でもそれはパイロットのおかげもあるだろう。
彼女は――女の人だった――とても勇敢で、強くて、機転が利いて、つまり僕とは大違い。
だからファタの提案を聞いた僕の感想は、「できるわけがない」だ。
当然、イーサンも同意見だった。
「勝てるわけがない! 素人が乗って!」
「オリジナルロザリオーのパイロットも、初めて乗った時点では民間人でした。というより、あの時点で地球人類側に人型兵器操縦の経験者など1人もいなかったわけですが。しかし、彼女は勝利を重ねた――ですよね?」
歴史的事実の前にイーサンは押し黙るしかない。
ファタさんは更に畳みかける。
「ここでたった5機のネフィリムナイトに勝利できないのであれば、どうせこの危機を脱しても、さほどの戦果は挙げられないでしょう?」
「しかし、その機体は……まだ完成していない」
え?
ファタさんはメインスクリーンに機体のステータスウインドウを表示してくれた。
丸や四角で単純に表示されたロザリオーの全体図には左肘から先がない。右足は付け根の部分から細い棒になっている。
「せめて我々に操縦を替われ。そこの若造よりはアテになる」
そうしたいのは山々だけど、その場合こいつらは当初の目的通り輸送機を花火にして逃げるだろう。
「戦うのは僕がやる。でもってあんたらはその間に輸送機を安全な場所に逃がすんだ。それが呑めないなら、僕らだけでもデモノマターに投降する!」
「……わかった。だがいいか、おまえが逃げるか、ロザリオーがデモノマターに奪われるようなことがあれば――」
「僕はこの輸送機に戻ってくる」
生きて帰れたら、と続きは口の中だけに留めておいた。
たぶん無理だろう。いや、余計な期待なんかするべきじゃない。きっと無理だ。絶対無理。僕は死ぬ。
だけどもしも奇跡が起きて、もう一度輸送機に戻ってこられたとしたら。
その時はアル君に言ってやりたいことがある。
アル君。僕は君のお父さんを甦らせることなんてできない。
お母さんに会わせてあげられるかもわからない。たぶん無理だと思う。
それでも君のためにできることをしたかったんだ。
そうだ、僕が戦ったのは、自分のためじゃない。もしそうなら、とっとと逃げだしてる。
ファタさんのためでもない。他の乗客なんてオマケだ。僕は君のために戦ったんだ。
あのとき僕に手を差し伸べてくれた人がいたおかげで、僕は自分以外の人間が、自分を害するだけの存在ではないと知ることができた。
だから僕の行動が、君に、世界は君から大切なものを奪うだけじゃないって思わせられたなら、僕はうれしい。
「――行きますよ、サレオスさん」
CRUZの連中が貨物庫から退避したのを確認して、ファタさんが言った。
彼女は寒気がするとでも言いたげに、自分の肩をギュッとつかんでいる。
「……怖いですか、ファタさん?」
「怖いに決まってるじゃないですか。死ぬのも怖いけど……自分が誰かを殺してしまうのが、もっと怖い」
「すごいね、ファタさんは……。僕は自分が殺される心配だけで頭がいっぱいだ」
「……戦闘機動モードへ移行」
高まっていくモーター音。モニターやランプが眩く輝いた。
ずらりと並んだスイッチが触れてもいないのに切り替わっていく。
シフトレバーが稲妻を描くように走る。
「オールグリーン、とはいきませんね」
チェックリストにはいくつか赤い光が灯っていた。
未完成の状態で戦場に駆り出される機体が抗議してるみたいだ。
ごめんね、と僕は心の中で謝る。
「行きます」
輸送機の床を殴り抜いて、ロザリオーは空へ飛び出した。
† † † † † † † † †
「スタンレーさん! 出ました!」
「なんと!」
飛空戦艦のカメラは、輸送機の腹を食い破るように現れた敵の姿を捉えていた。
「あれがロザリオー。……なんと、醜い」
柳眉に嫌悪感をにじませ、スタンレーが呻く。
現れたロザリオーには左腕がなかった。右足は足の代わりに支柱のようなパーツがくっついている。
しかし五体満足だったとしてもスタンレーの評価は変わらなかっただろう。
くびれた腰や細く長い足は女性的なラインを持ち、凸凹の鉄の箱を積み重ねたネフィリムナイトよりはむしろ優美と言える。
だが、腕は採寸を間違えたかのように巨大で、そして大雑把な形をしていた。
結果的にその全体図は、小柄な女性モデルに高身長の男性ボディビルダーの腕を取りつけたかのような、奇怪極まりない不格好なシルエットになっている。
腕を伸ばせば拳は足首の辺りまで届く。その拳もまた鉄塊を人間の手の形に切り出したかのような無骨さだ。
ネフィリムナイトは兵器であると同時に作業機械でもある。その手は人間と同じように動く。
運搬、組み立て、地ならし――人間のやれる仕事は大抵できてしまえるのだ。
しかし目の前のロザリオーは違う。その手は握手さえ満足に果たせそうにない。殴りつける、ただそれだけの鈍器。
他者を傷つけ、破壊し、殺戮するためだけに存在する、兵器以外の何物でもなりえなかった。
胸に輝く巨大な十字架状のクリスタルが威圧的に発光する。
なぜ隊長があれだけロザリオーを怖れていたのか、スタンレーは心で理解できた気がした。
† † † † † † † † †
「うわっ!?」
外に出た途端、僕の目の前に『敵』がいた。
小窓みたいな単眼を持つ蒼い巨人。それが2体。
向こうも出会いを予想していなかったようで、驚いたように固まっている。
「うあ――っ!?」
鬨の声とは程遠い、情けない悲鳴が喉から飛び出していた。
反射的にレバーを握りしめた指先がなにかを押し込む。
カチリと小さな音がして、青白い閃光がまっすぐ前に飛び出していった。
現状ロザリオーが唯一装備している射撃武器、耳部連装レールガンの光だった。
電磁加速して撃ち出された鉛玉の連打を受けて、手前にいたネフィリムナイトの頭部が爆ぜる。
人間だったらそこで死んでいたけど、相手はただの乗り物だ。素早く僕から離れていく。まだやる気だ。
「あれ? もう1機は?」
「後ろです!」
振り返った僕は、ナイフを振り上げる敵の姿を見た。
逆光で黒い影になった敵の、目だけが光を発している。
逃げなければとはわかっていたけど、恐怖が僕を石に変えた。
ダメだ、おしまいだ。やられ――。
ヴンッ!
――なかった。
気がつくと僕は敵の背中を見つめていた。まばたきしたその一瞬で、ロザリオーと敵の位置が入れ替わっている。
ロザリオーの足が閃く。尖った爪先に上体を斬り裂かれ、ネフィリムナイトが爆発する。
僕は何もしていない。ファタさんだ。
「……ウキェラライ型ネフィリムナイト、1機撃墜」
「あ、ありがとう……助かったです、ファタさん。今のどうやったんです? 瞬間移動したみたいでしたね」
「…………」
ファタさんは返事をしない。離れていく敵の脱出ポッドに、じっと視線を向けている。
よかった、生きてる――と小さく呟くのが聞こえた。
「……あとは、お任せしていいですか」
振り返ったファタさんの顔は、ひどく疲れて見えた。
休ませてあげたい。けれど敵はまだ4体いる。
彼女の助力なしにこの場を切り抜けるなんて到底できそうになかった。
「ごめん、無理だと思う」
「ですよね」
ファタさんは泣きそうな顔で苦笑した。
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