第4話


 オルク・サレオスがアルと出会った頃、彼の乗るスカイフェリーの後方120キロに浮かぶ巨大な影があった。

 広い滑走路を持つ巨大な空母だ。

 海の上であれば何の変哲もなかっただろう。けれどそれは、高度1万3千メートルに広がる雲の海原を進んでいた。


 デモノマターの科学技術は1つの都市さえ空に浮かべることができた。

 およそ空力や揚力といったものとは無縁の巨影が天空を横切るたび、地球人類は異星文明の素晴らしさと自らの矮小さを実感させられるのだった。


 そんなデモノマターではあるが、その構成員中、地球外知性体が占める割合はほんのわずか――片手の指で足りるほどに過ぎない。

 大多数は異星人の思想に賛同した地球人で占められる。

 ナック・ネシケット級飛空戦艦3番艦『ハトホル』の艦長席に座るクマさんパジャマの青年、スタンレイ・キャットフードもその1人だった――。


「いやおかしいだろ。なんでクマさんパジャマなんスか、スタンレーさん」


 副長バン・アレンは四角い顔に渋面をにじませる。

 上官の奇行は今にはじまったことではないが、見なかったことにしておけないのが彼の性分だ。


「なんだ、わからんのかアレン」


 困った奴だ、と肩までの長い黒髪を揺らし微笑むスタンレー。

 黙っていれば端整な二枚目に見えなくもない。黙っていてもファンシーなパジャマで台無しだが。


「わからんというかわかりたくないというか。お気に入りの寝間着を見せびらかしたいってところですか」

「アレン、今がどういうときか、わかっているのか? テロリストが秘密兵器を輸送せんと暗躍している、その渦中なのだぞ」

「あ、それちゃんと理解してたんですね。驚きです」


 CRUZが超兵器を完成させ、それを工場から基地へ輸送しようとしている――というタレコミが入った。

 それで阻止にやってきたのがスタンレーの部隊だ。既に7隻の不審船を沈めている。


「7隻目も囮でした。……で、その格好となんの関係が? 寝ぼけてたって正直に言えば許してあげますからさっさと着替えてきてください」

「この忙しい時だ。私が艦長席を離れるわけにはいくまい。なら、艦長席で寝るしかないではないか!」

「寝るつもりがあるなら大人しく部屋に戻ってろ! そのまま一生出てくんな! あ、入口に置いてあるでかいマットレス、布団か? 邪魔なんだよ片付けろ!」


 上官たちの言い争いを背中で聞きながら、ブリッジクルーは作業の片手間に転属願をしたためていた。


「……テロリストがロザリオーを作り上げたって話、本当ですかね」


 一息ついて、アレンが言った。

 ロザリオー。デモノマターの無敗神話に大きな泥をつけた、たった1機の人型兵器。

 直接対峙していないスタンレーやアレンの耳にも、その逸話は伝わっている。


「津波を止めただの地割れを起こしただの、戦車100両を拳1つで潰しただの、記録映像を見てなきゃ信じられませんよ」

「だがロザリオーはデモノマターでも再現できなかった、ユーラム博士の最高傑作だ。博士亡き今、テロリスト風情が生産に成功したとは考えられん。が、この念の入った陽動を見ればあながち法螺とも言い切れまい」


 8隻目になる不審船の轟沈報告が入ってきた。

 それも囮。


「本命はもう、もっと遠くに行っちゃってますねぇ」

「うむ。捜索範囲を拡大させよう。……おや、あれは?」


 レーダーマップの端に追加された輝点に目をやって、スタンレーは眉間に皺を寄せる。


「ああ、民間の物資輸送機です」

「輸送機……」

「『仕事ごっこ』の連中ですよ。目障りな」


 いやなものを見た、という顔のアレン。

 人類側の強い要請により、デモノマターは社会運営業務の一部を民間団体に委託している。

 だがそうした『企業』が労働者を集めるやり方には問題が多く、また往々にして労働環境も劣悪だった。

 そうした企業はデモノマターの取り締まり対象となる。

 おかげでアレンたちの仕事も増えるというわけだ。


「『下っ端をこき使っちゃ駄目なら、なんのために経営者をやるんだ?』って真顔で訊いてくるバカいましたね。撃ち殺しときゃよかった、スタンレーさんごと」

「私は良き上官だろう!?」

「あー、喉が渇いたなー」

「そうか待っていろアレン、今コーヒーを淹れてきてやろう」

「肩こったな」

「おっと、こんなところにスタンレー印の『かたたたき券』があるぞぉ☆ アレン、貴様に特別に進呈してやろう! なんと1枚につき5秒が5枚組だ!」

「幼稚園児でももっと根性見せません? ……痛い痛い痛い! そこ延髄えんずい! こんな肩叩きヘタクソな奴、初めて見た! もういいですよ!」


「――それで、どうします?」


 嫌がるアレンの肩をなおも叩こうとするスタンレーに、通信士が尋ねた。


「そうそう、輸送機であったな。積み荷は?」

「飛行計画書によると、重機や工場の機械。あと人間も運んでますね」

「……ふむ……」

「スタンレーさん? なにか気になることでも?」

「――本艦は民間輸送船に対し、空中臨検を行う」

「まさか、あんな型落ちのオンボロぶねにロザリオーが積んであるとでも? いやまさか……」


 アレンは露骨に嫌そうな顔をする。

 臨検を行えばそのぶん物資の到着は遅れる。スケジュールが狂ったことで各都市の管理官からチクチク文句を言われるのは自明の理だ。


「文句を言いたい者には言わせておけばよい! ロザリオーがテロリストに渡れば、クレームどころではすまぬのだ。なに、責任はすべてアレンが背負う、問題ない!」

「なんで俺!? そこは1番偉いあんたが全責任を負えよ!」


 そうは言いつつも、アレンは上官の指示をクルーに素早く周知させた。

 一見不審なところのない輸送機にスタンレーがなにか不穏なものを感じ取ったのなら、確かめる価値はあるのだろうと思う。

 もちろん自分が責任を負うのは断固として拒否するつもりだが。


「輸送機に追いつくまで5分ってところですね。今のうちに着替えてくださいよ、士気に関わります」

「心得た」


 スタンレーはその場でパジャマの前を引き裂くように広げ、一気に脱ぎ去った。

 その下にはデモノマターの高級士官――黄金騎士ゴールドナイトの階級章が煌めく蒼い制服がある。


「常在戦場の心構えで、パジャマの下にはこの通り、軍服を着込んであるッ!」

「パジャマ着てる意味なくねえ!?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る