F

ネコイル (猫頭鷹と海豚🦉&🐬)

Focus 

 ほんとうに君のことを想うならこんなことすべきじゃないよな。


 伸ばした腕とそれをつかむ君の小さな手を見て、ぼくは今さら後悔の念に駆られた。君の写真を残したいなんて、バカみたいだ。ほんとうはただ、君だけを見つめていたかっただけだなんて言ったら、君はぼくのことを恨むだろうか。


 ぼくのそんな逡巡が伝わったのか、君は笑顔を見せてくれる。


 わたしは嬉しいよ、この瞬間もここにはあなたと私しかいないみたいで。あなたが私とだけいてくれるなんて、すごく嬉しいんだよって。


 ぼくはそれを聞いてやっぱり一緒にいてよかったと思った。ぼくも君も、ひとりでここに立つことなんてできなかっただろうから。


 君が今もここにいてくれること。

 となりに君がいることがぼくを奮い立たせてくれる。


 ぼくは張り切って君のことをこの高台のてっぺんに引きあげる。さくの向こうに広がる青空と静かな街並みに、君の白いワンピースがよく映える。


 君もその光景に気が付いて一瞬の間、我を忘れて見入っていた。


 ぼくはいそいでカメラを起動させて、レンズの向こうに君を覗いた。


 肩まで伸びた黒髪は不器用に整えられている。君はそんな髪も好きだって言ってくれた。

 ぼくはそんな君のことが大好きだ。


 愛しい君をこの世界に焼き付けよう。

 カメラのフォーカスを君に合わせてシャッターをきった。


 新調したばかりの新鮮な音が響く。今この瞬間、機械とぼくの境界は消え去ってレンズに映った君の姿を鮮明に記録した。


 カメラから目を離したとき、空のうえに尾を引く白い影が映った。ちょうど君の真上を横切る軌道を示すその影は、まるで月の流れ星のようだった。


 真昼の太陽に照らされた、君と月の軌道はそこだけがまるで違う世界みたいでより幻想的だ。


 ぼくはカッコつけて言った。

 「月が、きれいだよ。とっても」


 君は急にどうしたの?って恥ずかしそうに身をよじる。

 ぼくはそんな君の自然な姿も残さずカメラに収めようと、再び一体化した。

 

 そのとき、かるい地響きに続いて地平線の向こう側に小さな赤い点が浮かび上がる。ちょうど月の流れ星が描いた曲線の終着点だ。


 ぼくも君も、互いに残された時間が少ないことを嫌でも知らされる。


 君の視線に抗えない恐怖と不安を感じ取ったぼくは、今すぐにでも君を連れて逃げ出したかった。


 こんなところに君を連れ出した少し前までのぼくを殴りつけたくなった。


 君を誘い出したことを後悔しかけた。

 でも君が大きくなっていく赤い光に背を向けてぼくに微笑みかける。


 君がいう、写真を撮って。と


 君の目じりから小さく涙がこぼれたことには気付かないふりをして、ぼくはレンズを覗いた。


 君の左後ろのほうにひろがる炎ような光が大きくなっていく。


 きれいな半円を描くその光はまるで水平線から顔を出した太陽のようだけど、その光を浴びるころにはぼくも君もいなくなっているだろう。


 だからこうして記録に残そう。

 ぼくと君のあいだにだけ残る記録を。

 

 太陽を背にした君の泣きはらした笑顔にフォーカスを合わせて、シャッターをきった。

 

 そうしたら世界の時間も止まってくれないか。


 そんなぼくの願いも虚しく、炎はどんどん広がってぼくたちごと世界を焼こうとする。


 ぼくがカメラを手にした腕を無力感によって垂らすと、君もまた今にも泣き崩れてしまいそうだった。

 

 ぼくたちは感情が瓦解するのをこらえながら、互いに歩み寄った。

 それは炎の進む速度と比べれば、たまらなく遅かったと思う。


 ようやく腕を伸ばせば触れるかどうかという距離まで近づいたとき、ぼくたちは互いに引き寄せ合い、強く抱きしめ合った。


 ぼくは君の肩を強く握って振り返らせないように踏ん張った。

 君があの光を見ないでいるように。


 震える君を抱きしめながら、ぼくはささやき続けた。


 君が大好きだ。君を好きでよかった。


 愛してる・・・。愛してる・・・と

 炎がぼくたちを焼くその瞬間まで、ぼくはやめなかった。

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F ネコイル (猫頭鷹と海豚🦉&🐬) @Stupid_my_Life

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