第35話 古武術


「昔、まだ、俺が故郷で暮らしていた頃の話なのですが、他所から来た友人に、お前たちは、数多くの偽りの神を何故信じるのだと尋ねられた事があるのですが、真に崇拝する神が力を示すまでと答えました。そしたら友人はビックリしていましたよ」


「そうだろうなぁ。困った時に何かにすがりたいのは人の弱いところだ。その自分の信じる神が何も叶えてくれないなら、そうした答えを聞いた時に心は揺らぐだろうね」


「そこに『魔』がつけ込むと言う事ですね」


「そうだ。どの宗教にも魔を払う技が存在するようだから、神の本体は、別な呼び名があるだけで基本は同じなのかもしれないな。ただ、自分たちの信じる神以外は悪魔と呼ぶ宗教もあるらしいから、そうなると、神と悪魔は同一となるのだが」


「事実、俺の夢枕に立った神が未だに何者なのかわかりませんし、龍や狐などの様な神の眷属でも無い限り、神が自ら名乗ることは無いでしょうからね。もし、それが不満なら何らかの啓示か神託があるでしょう」


 他の領地では、神が固定されているから、それはそれで大変だと聞いている分、この自由度は大切だと思うシオンであった。





「全くそのとおりだな。誰もが自分の信じる神を大切にすれば良いのだが、新たな神社では、全知全能の創造神を中心に豊穣の神と武勇の神の3柱を立てておこう。さっき、意見は聞いたが、こちらの方が側から見ても自然だと思う。だが、他にも少し気になっている事もある」


「俺の故郷に関する事ですか?」


「そうだ。ここだけの話だが、俺にとってあの故郷の事件には、何らかの魔が関与しているように思えてならないんだ。全般的に土地がだんだんと穢れている。感じる者は少ないようだが、支配者が変わってから、領地内に死臭がすると言う噂が絶えないのもそのせいだろう」


「やはりそうですか」


 シオンはそれから、破邪の剣を取り戻しに行った時に感じた違和感をカミシロさんに話したのだ。





「そうか。それならば、今後の修行で式神の視力を高めてみるのもいいと思う。精霊系の視界はまた別の何かが見えるはずだ」


「そうですか。何となくですがその方向はできるような気がします。実際、臭気については可能でしたからね」


「それとだが、他言しないから、俺に式神を操るやり方を教えてくれないか?俺に出来るのかはわからないが、神に仕える身としては、何とか身につけたいと思うんだ」


「それは、願っても無い事です。式神が増えれば、情報も増えますからね」


 それからは、式神の使い方をカミシロさんに教え、代わりに武術を教わることになった。





 カミシロさんが言うには、シオンのカズマ師匠が使うのは、暗殺系であり、多数の敵を相手にするのに向いていないそうだ。


 そのことを知ってか、カズマ師匠は暗殺術をシオンに教えてこなかった経緯もある。


 それに、カズマ師匠とカミシロさんが手合わせで仲良くなったついでに、古武術について知っている事をシオンに教えて欲しいと頼まれたらしい。





「ナイトは、今も早朝に武術鍛錬しているようだが、それは剣術を含め、やめた方がいい」


「何故ですか?生まれてこのかた、教え込まれてきた物だがら、コレを捨てるのはちょっと抵抗がありますね」


「我々の使う古武術は、基本的な考え方が違うんだ。領主のところの兵士たちが使う剣術や武術それに魔術は、技を含めて力任せというか、自分によるものが大きいのは知っているよね」


「はい。そのために自己鍛錬は欠かせません」


「そうだ。筋力や身体能力を高めるのは悪い事じゃないが、いくら鍛えても生まれつき身体的に優遇された者が特出するのはしかたのないことだよな」


「ええ。そうです」


「それを超えるには、技で対処する事になるが、相手が同じように技を極めていけば差は埋まらない事がわかるだろう?」


「それは、そうですけど」


「まあ、見方を変えればわかりやすいのかもしれないな。例えば、包丁で考えてみようか。野菜を切るのには、包丁を上から押さえても切れるよな」


「そうですね。俺も料理するのでわかります」


「それが脂身の多い肉だったら切りにくいだろう?」


「そんな時は、引き切りか押し切りしますね」


「つまり、そういう事だ。我々が使うのは力の効果的な伝え方だ。そもそもだが、力で叩き斬るやり方では、破邪の剣は使えないんだ。考えてみるとわかるだろうが、破邪の剣で撫で斬りする事は、波紋に見える文字をスライドさせる事で違う文字が連続して対象物に当たる事になる。つまりは、そういう事」


「文字が次々に変わるのが、呪文を唱えるのと同じ効果を持つ事になるのですね」


「そう。それが魔を斬る」


「取り憑いた者だけを斬るために刃がないという事ですか?」


「魔力を纏わせれは、どちらも斬れるから正解ではないが、概ね合っているぞ」


「なんか、色々納得できました。だから剣が反っているのですね」


「それが撫で斬りするのに向いているからな」


 あと、使う前に人差し指と中指に念を込め、束か刃先に向かって、刀の刃を手先でひと撫でするのも教わった。


 その動きは、偶然にもあの剣舞に始まり時の動きだった。




 カミシロさんの使う古武術についても、目から鱗が落ちるような事ばかりである。


 人の立ち姿の場合に、相手に対して横向きで対応する事は武術の基本であることから始まって、からだ全体を使っての突きや回転による力の受け流し方、そのどれもに意味があり、説明を受けると理にかなっている。


 自然や相手の力を利用する事で、少ない力で大きな影響力を持つ事が基本であり、何より反発する力を受けないので、今までと違って体の何処かを痛めることもない。





 あれから、3ヶ月が過ぎた。


 カミシロさんが中心となって行った豊穣祭も滞りなく終わり、祭りで盛り上がっていた里は落ち着きを取り戻している。


 


 カミシロさんとの武術訓練も高度になった。


 そして今日は、楽しみにしていた手合わせの日である。


 シオンは今日こそ、カミシロさんに勝つのだと作戦を練ってきたのだ。


 縮地で距離を詰め、カミシロさんの肩を狙ったのだが躱されたので、その勢いのまま肘打ちを加えるが、それを避けられた。


 その途端、目の隅にカミシロさんの脚が見えた。


 脚蹴りしようとしたらしいが、反射的に膝と肘でカミシロさんの脚を砕こうとする。


「ほうっ、縮地、瞬雷、富嶽を連携する組み合わせか。なかなかいいぞ」


「それを躱せる、カミシロさんにも驚きですけどね」


「ナイトは、体術の基礎と応用技をほぼ覚えたようだから、俺の教える事はこれで終わりだな。あとは、組手相手を変えながらの経験を積む事だ。同じ相手だと、パターン化するので悪い癖がついてしまうから、兵士たちを訓練相手にしたらどうだろうか?」


「そうですか。カミシロさんから教わらないのは残念ですけど、後で兵士長に頼んでみます」


「いやっ、まだ俺が式神を使いこなせていないから、悪いけれどまだまだ俺との付き合いは続くぞ」


 そう言ってカミシロさんが笑う。


 流石に神職と言うべきなのか、式神使いとしての基本的なところはすぐに理解したのだが、実行に移すとなると中々先へと進まなかった。


 シオンの場合、何となくでも出来るようになったのは、卑弥呼さまたちとの接触によるもののようだ。


 カミシロさんの努力の賜物なのか、それでも、式神自体の感覚共有が何気にわかるようになったらしいが、まだ先は長そうだ。


 











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シオン 時を超えた呪術師 小碓命 @mikoto-silent

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