第30話 神主との会話


「豊穣祭?」


「そうです。場所は昔の神社跡なのですから何もない広場なのですが、その時に、供物を神に捧げる所作やしきたりとかありますか?」


「俺の知っている限りでは、それほど難しいことなんて考えていなかったけどな。神様に供物を捧げて、その前で舞を舞い、それからみんなで宴会だ」


「たったそれだけですか?」


「うん。たったそれだけだ。でも、これには意味があるんだ。俺が神主の後を継ぐ際に聞いているのは、いつも守ってくれる神さまをもてなして舞を舞い、一緒に騒いで食事する。そういったのが祭りだそうだ。神様が俺たちと一緒に楽しめたのなら、また、豊かにしてくれるだろうってな」


「そういう事ですか。ふむ、神をもてなすか」


「おい、そんな考え込まなくてもいいんじゃないか?神様にも感情がある。そう思えば、楽しませる意味もあるだろう?人間、辛いこともあるだろうが、神様にもそいつに辛い決定を下す事は嫌だろうから」


「だから、一緒に楽しむ時間だと・・・」


 さすが神職だ。

 見た目はただのおっさんだが、その言葉の一つ一つが心に響く。




「そうだ、お前の父親もよく悩んでいたぞ。領主としては辛い決定をする事も多かったからな。領主としての仕事は、俺たちにとっては神さまみたいなところもあるから、一度決定したら一般人には逆らえない」


「えっ、あのいつも楽しげだった父が?」


「知らなくて当然だ。息子の前で悲しい顔や困った顔を見せるか。心配させるだけで何もいい事ないだろ。アイツはすぐに落ち込むから、その分、俺たちがいつも一緒に騒いでやっていたんだ」


「あなたっ、坊ちゃんの前でなんて事を。あなたはただ、酒飲みに行っていただけでしょ。子どもにとって父の威厳は大切なんだから、それをバラすなんてダメよ」


 いや、何気なくバラしているのは奥さんの方なんだが・・・。





「話は戻りますが、豊穣祭の供物は狩った鹿で、それを使って占いをしたと聞いた事があるのですが・・・」


「ほう、よく知っているね。さすが領主の跡取り。鹿の肩の骨を焼いてヒビを見るらしいのだがね、丸の中にいくつも文字が書いてある道具は残っているが、占いのやり方と言うかヒビの見方・・いや読み方がサッパリわからん。あの事件で親父が俺に伝える前に死んだからどうしようもないんだ。だから豊穣の占いは無理だな」


「そこは形だけでもいいのじゃないですか。今作っている里、まあ街と言ううべきもの自体の開発も、元になる里の復旧がベースになっているんですよ」


「へえ、元々村があったところの再開発なのか。それで、何で廃れたんだ。土地がやせてるのか?それとも水不足か?」


「どちらでもないですね。ある日突然、全員が眠るように亡くなったそうです」


「おいおい、呪いか?それで俺を呼んだのか。俺は地鎮祭はできるが、呪いの浄化とかやった事ないぞ」


「やった事ないって、やり方を知っているみたいじゃないですか。そもそもあれは不幸な事故ですよ。偶然が重なって起きた悲劇に間違いないです。だから、対策もやりました」


「そうか、スマン。なんか、あの事件以来すぐに興奮するようになってしまってな。悪いが気にしないでくれ」


「まあ、あれを思い出すと俺もおかしくなりそうだから気持ちはわかりますよ。でも、それをどうにかするための足掛かりがこの開発なんです」


「わかった、いや、坊ちゃんがやっていることはわからんが・・・。まあ、反撃の糸口と思って協力すればいいんだな」


「そうです。それとそろそろ、夫婦そろって『坊ちゃん』は止めてくださいね。まだ俺の事を知っている領主様の前だからいいですけど・・・。開発中の街の中だったら他の人がびっくりしますよ。それにここでの俺は『ナイト』。記憶を無くした事になってますので、お忘れなく」





 ここで、領主が間に入ってきた。


「ナイト。久しぶりに会って懐かしい話もたくさんあるだろうが、そろそろいいかな?開発村へ移動する前に、私の方からもいくつか注意点があるんだ」


「はい、お願いします」


「どこで秘密が漏れるかわからないからね。注意するに越したことはない。先ず第一に開発村ではお互い初対面であるようにふるまう事。これはナイトの故郷を隠すためだ。出所から推測されることもあるからね。残りはナイトに対しての注意だ」


「はい、続けてください」


「第二に、名物料理についてだが、調味料については、領地内の他の町村にも広めるから使用は構わないが、できる限り故郷の料理から離れてくれ。同じものがあるとそこから推測されるかもしれない。これから建築する建物の様式は、言わずもがなだ。第三は、費用についてだ。これは今後に影響することだが、今のところ、まだ余裕はあるが、この調子で開発地につぎ込んでいると、領地自体が傾いて破綻するだろう。ナイトには、その対策を講じてもらいたい」


「わかりました。簡単に言うと、開発費用をねん出するための事業を起こせということですね」


「そういうことになるな」


「それは、一応考えております。でも、実行するには、人材が必要ですね」


「まあ、そうなるよな」


「この領地内で、石鹸とシャンプーそれにスポンジを量産します。初めは領都からですが、その普及の為に、公衆風呂を領地内の至る所に作りましょう。ただ、病気対策として、風呂を頻繁に洗い、その度にお湯は取り替えないといけません」


「お湯を沸かすのにも大量の薪が必要だし、お湯を頻繁に変えるとすれば、薪にする為に森が無くなるたろうな。そこはどうする?」


「そもそもが、一般人は風呂にあまり入りませんからね。薪は食事の煮炊きと暖房の為に使うのが普通ですから、数件の公衆風呂くらいならそれほど変わらないと思います」


「それでは答えになっていないぞ。将来的にはもっと増やすつもりだろ?」


「はい。今開拓中の里の近くに黒い燃える石が産出するのをご存知ですか?里では鉄を溶かすのに使うほど火力が高いのですけど」


「なるほど。今の鍛冶屋が湯水のように使う薪をそれに変えると言うことか」


「今は、手掘りですけど、その石の採掘鉱山開発も必要ですね」





「領民を清潔にするために風呂を作り、石鹸などを使わせて良さを知らせる。そして、民間に普及したら他の土地へ輸出する・・・」


「獣臭くない植物性石鹸はすぐに広まるでしょうが、シャンプーやスポンジなどは実際に使ってみないと良さがわかりませんからね。公衆風呂では、自由に使えるようにすれば早く広まりますよ」


「それと、香りが良く見栄えのいい石鹸を開発して領主会議の時などのお土産として他の領地へ広めれば、噂くらいにはなると共います」


「そうだな、ミエをはる領主が多いから、それなら周りに自慢するだろう。そして、この領地に発注するか・・・なかなか良い考えだと思うぞ」


「ただ、一つ一つの値段を領民が買えるくらいの設定にする為、莫大に量産しますが、それでもあまり儲からないと思います」


「香り付きの石鹸もそれ程の価格にはできないだろうからな」


「ただ、領民が頻繁に手や体を洗うようになれば、流行病の発生は減ってくるはずですし、やるだけの価値はあるはずですよ」


「そして、この公衆風呂に併設して食事処を作るのです。風呂のお湯を沸かすので、ついでにその火力を調理に使えばいいでしょう」


「そうしたら、他の店が潰れないか?」


「ここで、領地の名物料理を試作し広めるのですよ。もちろん里と違うものにします。他の店の事は、この際我慢してもらいましょう。美味しければ、それなりに残っていくはずですから」


先の事はわからないが、とりあえずこの手順で費用捻出だ。


















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