第29話 懐かしき出会い


 シオンが昔住んでいた屋敷から取り返した秘伝書の厚さは薄いが、その内容はとても濃かった。


 シオンが聞いた先祖の話から始まって、将来の悲劇を回避しようと里を離れ、苦労して新たに土地を切り開き、人の住めるように開拓を続けた事や敵対文化から発した魔法なる物との戦い、現地の人たちとの交流など、卑弥呼さまから伝えられた後の先祖の苦労話が殆どだった。



 その争いに満ちた中で生まれた魔を持つ穢れた生き物がいるらしい。

 生き物という形態が無く、悪意のある霊体、つまり悪霊または妖怪と呼ばれるものである。

 人の弱みに寄生し、意識を乗っ取る寄生生物。

 寄生された人物は、生気を吸われ、吸い尽くされると生ける屍となり寄生生物の傀儡となるようだ。

 ある日を境に性格が残忍になったり、人を貶めるような異常行動をするようになったらほぼ、取り憑かれているとも書いてある。



 ご先祖さまたちは、呪術を応用する事によってコレを退治したり、封じて来たようだ。

 確かに呪術の中には死体を使役する死霊術や封印術などもあるから、シオンでも出来ない訳では無いのだが、いかんせん、経験不足というかスキルが足りない。

 今のシオンでは、想定外の事にはとても対処できないだろう。





 だが、この秘伝書を読み進めるうちに気になる部分もあった。

『呪術に乏しい者が、神剣である破邪の剣を使って魔を滅ぼす』とある。


 破邪の剣は生き物は傷つけず、取り付いた霊体のみに効果があるシロモノらしい。


(呪術が使えなくても魔に対応できるか・・・。でも、『魔』って何だ?)


 憑依された者を助けるには、生気である魂が残っているうちに魔を祓う事である。

 遅ければ、骸が残るだけだそうだ。


(これって?間違いなくアレだよなぁ)


 神剣で生き物は切れない・・・。

 どう考えてもあの、父が大事にしていた剣の事だと思う。


 手元にある剣を調べても、刃が無い事以外わからないが、何やら神々しさはあるし、夢で見た社殿で舞う剣舞で使われていたもので間違いないはずだ。


 秘伝書には、生き物は切れないと書かれているが、これで斬りつけられれば、とても酷いアザぐらいは残りそうだ。




 あの自称神さまの事が書かれているかと期待したが、その辺りの記述は無かったので、この著者には、伝えられた事とその後の出来事を子孫に残すくらいの物としての認識だったのだろう。

 それは、秘伝と言うよりも、歴史書みたいな物だった。





 ついに、シオンの目論見通りに神主が移住してきた。

 この計画を最高状態に導いてくれた領主さまさまである。

 シオンが里の復興の次に望んだのが、この事であった。


 シオンとしては、手探り状態を打破して先に進む為に必要な助言を貰えるのは、あの自称神さまくらいである。

 神としてはダメダメな人物なのだが、時間が惜しいので、供物や占いのやり方などいろいろ教わりたいのだ。

 その為には、色々と残念なあの自称神さまと接触を図りたい。


 その手段として、神主の力に頼る事にしたのだ。

 だが、神主にも色々な宗派があるらしい。

 一番期待できるのは、元々はこの里に居たはずの神主の系譜に、此処へと移住してもらう事だ。

 つまりかつてシオンの住んでいた領地からこの里に来てもらう事になる。


 このシオンの思いをここの領主は快く受け入れて協力してくれたのであった。

 いや、そればかりか里の開発でもかなり世話になっている。




 領主に案内されて部屋に入ってきた一家族。

 部屋で待っていたシオンを見て、すぐに気がついたようだ。

 食い入るようにシオンを見つめ、急に緊張が解けたのか、破顔して涙する家長と思える人物。

 彼は、シオンの知る神主カミシロさんである。


「ああー、シオン坊ちゃん。生きておられたのですね・・・。大きくなって・・・」


 確かにここに来て、背丈も伸びている。

 自分の体の成長を意識したのは久しぶりだ。

 シオンは、普段意識することの無いこんな普通の日常の積み重ねが、いかに幸せな事なのだろうと改めて思う。




 領主の館で待っていたシオンを見て、感動のあまり涙ぐむとカミシロさん一家。


「待っていましたよ。皆さん無事に着いて良かったです」


「ああ、神様有難うございます。また、坊ちゃんに会えたなんて奇跡だわ。・・・坊ちゃん、大丈夫だったの?怪我しなかった?」


「まあ、何とか。それよりおばちゃんも元気そうで何よりです」


「そうか、隣の領地で保護されていたのかぁ。良かった」


「ええ、保護みたいな物とも言えるのですがね。ここの領主様には、とても良くしてもらっています。話せば長くなりますけど、実はここが我々先祖の土地であると・・」


 シオンは最後の方を誤魔化した。


「それと、ここではナイトと呼ばれていますので、そこのところをよろしくお願いします」


「そうだな、生きていると知れたら大変だ。『ナイト』と呼べばいいのだな。気をつけるよ」


「それでですね、実はこの領地の端の方に街を造っていまして・・・。カミシロさんにそこの神社をお任せしたいのですよ」


「神社・・・どこかの分社でも造ったのか?」


「どうやら、昔に存在したようで、それを復旧しているところなんです。多分ですが、宗派は同じはずです」


「そうか・・・詳しい事は聞かないが、まあ、その為に呼んだのだろう?何でも言ってくれ。で、いつ反旗をひるがえす?」


 カミシロさんって、こんなに血の気の多い人だったのかぁ。

 それほど仲良くしていたわけではないから、知らなかった。

 思えば、父の知り合いはこんな人ばっかりだったな。


 シオンの父は、強くはなかったのだが、その知り合いは戦闘狂が占めていて、集まると血生臭い話ばかりしていた。

 暇があると、率先して獣狩りに出かけるお陰で、領地内で肉に困ることはなかったほどだ。


「反旗って言われてもね。今の状態じゃあ、すぐに返り討ちにあいますよ。それに領地自体安定しているみたいじゃないですか。今、俺が戻れたとしても混乱するだけですよ」


「それは、お前の分家の者たちが、陰で頑張って支えているからだぞ。領民も、それに応えて色んな事を我慢しているんだ。今反撃できなくても、それだけはわかってくれ」


(そうなのか。領民が変わらず暮らしていたのは、分家の頑張りだったとは知らなかった)


「領地の事はわかりました。でも、今は、この手にした土地で資本力を持つつもりです。経済力も力の一つである事を示してみせますよ」


「そうか?まあ、今戦うのは確かに無理だろうな。死んだと思っていた坊ちゃんの元気な姿を見て、思わず血が騒いでしまったらしい。スマン」


「坊ちゃん、ごめんなさい。この人は本当馬鹿なんだがら、いつか仕返ししてやるって、そればっかり言っていたのよ。それも、すぐに役人に手を出し兼ねないくらいにね。それでこの人の頭を冷やすのに領地を出るのがいいと思ったのもあるけどね。でも、坊ちゃんに会えたのだから、正解だったわ」


「そうですか。暴走しなくて良かったですね。カミシロさんまで亡くなったら、俺の悲しい思いが増えますから」


「そうか。喜んでいいのかな。でも、弾圧が無くなったわけじゃない。一見平和に見えても、根本的に争っているんだ。それを忘れないでくれ」


「それなら、ますます俺の生きている事を隠さないといけないな。もし、俺が生きていると知ったら、早まった事をする人が出てくるかもしれない」


「それは間違いない。内乱で領地内が血みどろになるぞ」


「そういう事で、俺の事はナイトで済ませてください。仲のいい人にもバラすのは禁止。後数名こちらに呼ぼうと企てていたのですが、その点は少し計画を見直します」


 とりあえずの再開は、こうして落ち着いたのだった。









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