第28話 奪還、破邪の剣


 シオンの決めた決行の日がやってきた。

 深夜、たった1人で挑戦するミッションである。

 集中するために、師匠が同席すると言うのを断ってまで準備してきたのだ。

 失敗する訳にはいかない。


 いよいよ父が大事にしていた剣をこの手に取り戻すのである。

 屋敷に住む者たちがすでに寝静まったのは確認済みだから、後は、実行するのみなのだ。





 シオンが移動するために重量を減らす必要があり、装備は最低だし防具も革製にした。

 転移のために軽さを重要視した細身の剣は心許ないが、軽いので使いやすいし、それ程長さもない為に室内で使うには最適である。

 振り回す度に『ヒュン、ヒュン』と風を切る音が心地いい。

 補助武器として師匠からクナイを4本借りているが、コレは最悪の場合必要になるだろう。



 シオンがここに戻る為の式神も隣で待機済みだ。

 作戦を確実にこなす為に、予め作っておいたチェックする為の項目一つ一つを確認したのも失敗しないためである。

 実際、実行時の緊張により、大事な手順を漏らす事はよくあるので、前もって準備しておいた。



 トイレも済ませたし、目的地の屋敷内にはシオンの放った式神たちが敵の動きを把握する為に何匹も待機している。

 今のところ屋敷内で動きだす者はいない。

 起きているのは屋敷の門番くらいなので、シオンが大きな物音さえ立てなければこのミッションは成功するだろう。

 移動して剣を手に入れた後は、再度術が使えるようになるまで1時間だけ向こうで持ち堪えられればいいだけだ。





 いよいよ決行だ。

 シオンは緊張するあまり顔がこわばる。

 式神を使って何度も遠くから見ているのだが、あの領地に自分が戻るとなるとどうしてもあの悲劇を思い出してしまう。

 いくら自分があの時より強くなったとしても、あの時感じた恐怖と悲しみは無くならないのだ。




 シオンは心を落ち着かせ、転移先の式神を強く意識する。

 目標にしている式神と意識が繋がり、視覚、聴覚が一体化して・・・その先にある物をを掴むと、体が入れ替わった。


(うん?)


 式神の目では見えていたのだが、自分の目では真っ暗で、何も聞こえない空間にいる。

 まあ、コレは想定内だ。


(臭っ!)


 この真っ暗な部屋の中自体が何やら臭い。

 転移した途端、視覚を奪われ悪臭に歓迎された。

 かつて嗅いだ事のある嫌な臭い、そう死臭だ。

 それに何やら嫌な感じも辺りに漂っている。




 転移自体は成功したようだが、状況は?

 先に放っていた屋敷の式神たちに意識を向けると、この部屋に予備で放った式神と繋がった。

 明かりを灯すわけにはいかないので、その式神の視力が頼りだ。

 自分の体の先を別の目で見る感覚は、自分を遠隔操作するようでどうも勝手が違うが、だんだんと慣れてきた。


 目的の刀はすぐ手前に見つかったので懐にしまう。

 部屋の中を見渡す限り、死臭の元となるものは無いから、外から漂ってくるのだろうが、他の式神の目から見た感じでは、屋敷内に死体がないのが不思議である。


 式神の嗅覚を試してみる事も考えたが、視力や聴覚でも人よりも敏感なのだから、嗅覚なら確実に酷い目に合う事は間違いないと思いやめた。

 我ながらよく決断したと思う。

 興味がてら試してみたら悲惨な事になっただろう。


 まあ、1時間ほど、ここで我慢すればミッション達成である。

 だが・・・暇だ。

 時間が過ぎるのが遅い、いや、遅すぎる。

 何もする事がないとそう感じるものだと自分に言い聞かせるが、それでもイライラしてくるのは、この臭いのせいだろう。

 普段なら慣れるにつれてある程度麻痺してくるものなのだが、この臭いには耐えられない。


(そう言えば、この地下倉庫は?)


 思い出した。

 ここには、小さな隠し扉がある。

 この屋敷が建つ前にあった建物はここに移住した時のもので、建て替えた今の屋敷ように堅牢では無かったから地下に宝物庫を作ったらしく、お爺ちゃんのそのまたお爺ちゃんくらいの頃まで宝物庫として使われていたと聞いた覚えがある。


 屋敷を建て替えた時に宝物庫を移したので、ここは倉庫として使われるようになったようだ。


(確かこの辺・・・有った!)


 壁のタイルが横にズレて、中の取っ手を引くと・・・動いた。

 見つかったのは、本が数冊入るくらいの小さな空間だ。

 隠し扉は開いたが、中から出てきたのは・・・。

 シオンが幼少の時の落書きした紙や下手な字で『ちちうえ ながいきしてね』と書いた手紙・・・。


「馬鹿オヤジ・・・こんな物大切にしまって・・・」


 シオンは父が隠したであろう息子の想い出の品を見て涙が溢れてきた。

 声も出さずにひとしきり泣いたシオンは、自分の幼少期に作った作品の後ろに何かあるのを見つけた。

 手前にあった物を取り出したからわかったのだ。


 そこに有ったのは、秘伝書と書かれた薄い厚さの本だった。

 だが、この部屋の天井の小さな明り採りからの薄明かりでは、表紙に書かれた大きな文字以外は式神の目でも読めなかったので、持ち帰ってゆっくり読む事にした。





 シオンが秘伝書も懐にしまうと元の通りに扉を閉めた。

 もう、ここには用は無い。

 確認すると、既に1時間は過ぎている。

 シオンは、里の式神を意識して転移した。


(・・・明るい。帰ってきたんだ・・・)


 シオンが、元の場所に戻ると明かりが灯されている。

 眩しくは無いが、何故か安心できる明るさだ。

 こんな事を意識した事もないのだが、あの嫌な臭いもしないし、薄寒く真っ暗な空間から何事も無く脱出できたのが、何故こんなに嬉しいのか不思議だ。

 安心と共にシオンに眠気が襲ってきたので、明かりを消して自分の部屋へ就寝のため移動する。


 シオンはベッドに横たわると、この小さな冒険の成功を噛み締め眠りに落ちていった・・・。





 翌日、シオンが目を覚ますと辺りは明るくなっていた。

 朝の訓練時間はとっくに過ぎていたのだが、師匠は気を利かして起こさなかったのだろう。

 ベッド横には、持ち帰った剣と秘伝書があるから、昨日のあれは夢ではないと思うと、ジワジワと成功した嬉しさに包まれてくる。


(それにしても・・・あの死臭は何だったのだろう・・・)


 シオンは、不思議に思うが、今は何の手がかりもない。

 元の屋敷に残っている式神に意識を向けても、怪しい様子はなかった。

 これ以上考えても、何の結論も出ないし、あの屋敷の事など師匠に相談してもわからないだろうから、気にはなるがどうしようもない事だと諦めた。


 もうひとつの気になる事。


 秘伝書の存在である。


 多分、あの場所に仕舞ったのは父で間違い無いはずだから、息子であるシオンの品と同等程度かそれ以上に大事に思っていたものだと推測できる。


(まあ、読めばわかるだろう)


 と、安易に考えて本を開いた。


 そこに書かれていたのは、シオンが先祖代々からと聞いていた口伝とほぼ内容は同じだが、今いる里の詳細な場所やシオンが卑弥呼の残留意識と会話したラタカナの事がハッキリと書かれていたのだが、シオンが学んだヲシテ文字で書かれているので、現在読めるのはシオンくらいのものだろう。





 伝言ゲームのように代を重ねる毎に伝わる内容は変わるから、心配したご先祖様が書面に認めたらしいのだが、読めなければ伝わるものも伝わらない。


 自分の先祖を悪く言いたくないが、何代目かが残念な人物だったのだろう。

 使う文字が変わったのなら、読めるうちに翻訳するか、この本を基に正確に伝える手段を取るべきだったのだ。

 折角、卑弥呼さまが、子孫に警告してくれていたのに、上手く伝わっていなかったのだ。

 未来に何らかの危機が有ると知っていれば、何かしらの危機管理体制が整っていたかもしれないのに・・・。

 今となってはどうしようもないが、シオンは歯がゆい思いを感じていた。
























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