第25話 現実と幻術?
ついに里の復旧、いや、開発が始まった。
「何じゃ?この奇妙な形の物は?」
そこにあったのは、シオンの試作した水洗トイレである。
この辺りは、地面に穴を掘ったボットン便所が普通で、高級なのは下が穴でなく壺などで簡単に交換できる物が主流である。
「トイレの試作品ですが、テストでは上手くいったので。今回は、そこの上にあるタンクの水しか無いので、何度も出来ませんが、まあ、見ててくださいよ」
シオンが紐を引くと、トイレの中を水がジャバーと流れる。
「・・・・・また、ナイトは凄い物を作ったな」
「この前の風車も凄かったものな」
「あれは、失敗でしたね。風が強くても耐えられる作りのはずだったのですけど、まさかあんな強風が吹くとは考えてなかったですから」
シオンは、井戸水を汲み上げる風車を作ったのだが、その日の夜に思いもよらない突風が吹いて風車は倒れ壊れてしまった。
あれだけ苦労して作ったのに、壊れるのは一瞬の事だった。
強風も視野に入れて作った力作だったし、風車がそれだけの強度に耐える自信があっただけに、シオンは自然の力を改めて考えさせられたのである。
(風車が完成した途端にあんな風が吹くなんて・・・考えを改めて他の方策を取れということか?あの神が出てくれば色々と聞けるのだけれどもな)
シオンが卑弥呼に会って以来、あの自称神は現れてくれない。
構想としては、家の屋根に水のタンクを作り、風車で汲み上げた水を溜めてその水圧を生活に利用するつもりだったのだが、その目論見通りにはいかなかったのである。
その目論見の一部である、水洗トイレと蛇口の試作については成功していた。
それで、風車を諦め、山の中腹に湧き出る湧き水を使い、そこからこの里との高低差を利用しようと考えたのである。
その為には、水圧を逃さないパイプ状の水路が必要であるが、金属加工の知識だけは、卑弥呼からシオンが授かったのだ。
技術を直接学べない以上、その知識を実現化する為に試行錯誤して技術を身につける必要がある。
それでシオンは、毎日のように工夫しながら試作品を作る作業をしていた。
上水道に使う管路部品は、水圧に耐える強度が必要になる。
特に継手部分や各戸への取り出し部用のバルブは、強度ばかりでなく、密閉性が求められる重要な所だ。
この作業にシオンは苦労していたが、ついに完成し、日の目をみる事になる。
時々カズマが手伝ったので、試作品の部品には歪な形の物も含まれているが、精度には問題無いはずだ。
こうして上下水道の配管部品が完成し、次の日から地中に管路を埋めていく作業が始まるのだ。
シオンとしては、各戸へ温泉も引きたかったのだが、それは反対された。
共同風呂は里の復旧で存在しているし、風呂文化の浸透していないこの風土では、各世帯に温泉を引くのは無駄になると思われたらしい。
それでも、厳冬時に道の雪を溶かしたり、ハウス栽培に利用出来そうなので、シオンは折れる事なく反対する者達を説得し、配管だけは道の下に埋める事を許されたのである。
シオンが里の家に使う試作品作りに没頭している間に里の周りに堀と壁が完成した。
これは、畑の作物を狙う獣被害を減らす為、シオンことナイトが主張して造られたものなのだが、里の防衛の一端も兼ねている。
それでも、小鳥が空から穀物を狙うのはどうしようもない。
防鳥ネットでもあればいいのだが、ここにいる者達ができるのは、せいぜい案山子を立てるくらいであり、ほぼ効果が無かった。
他に無い里が完成し、観光者を募れば、歓迎しない者もやって来る筈だが、入り口を限定すればある程度は選別する事も可能である。
今までは、シオンの式神が里に来ている人たちに見つからないように里を守っていたのだが、これでシオンの負担も軽くなった。
「これが俺の目標です」
シオンは、皆んなの前でこの里の未来を映し出していた。
幻術を使って幻覚を見せる事が出来るならと、シオンが術を改良してシオンの描いた未来をこの集まった者たちの前で披露したのだ。
口で説明するよりも見たほうが理解が早い。
「凄いな。こんな事が出来るなら早く教えてくれればいいのに!」
「そんなこと言っても、最初にこんな事を見せたら信用しなかったでしょ?」
「確かに。警戒するだろうな」
シオンの描いた未来。そこには、統一された家々が建ち並び、楽しげに笑う人々の姿があった。
道は広く平らでゴミひとつ落ちていないし、家の中には見たこともない設備が整っている。
「雑ですが、こんな感じの里が出来るのを考えています。まだ、未開発の技術もありますが、みなさんが協力してくれればそれも可能だと思うのです」
「確かに心踊るような街並みだ。だが、今後、此処に来る者たちは、第一陣のような技術者じゃないぞ。街に住めない乱暴者もいるかもしれない。ナイトはそれも受け入れるのだろ?」
「そうですね・・・確かに見分けがつかない以上、来る者たちは拒めないでしょうし、人を選んでいると噂が広まれば此処に来るのを躊躇する者もいるでしょうね」
「そうなると、自警力も必要になるな。自警団を結成しても良いが・・・。それとも領主に頼んで衛兵を配置するか?」
「一部の腐敗者のためにそこまでする必要も無いと思いますよ。それに、領主様にこれ以上負担をかけるのは私として望むところではありません。私としては、何とかそんな人たちも利用できるような仕組みを考えれば良いのだと思っています」
「ここは、この領地の繁栄のために必要なのだと領主様に言われて来たのだが、違うのか?優れた人を集めるのは当たり前だと思うぞ」
「確かにそうかもしれません。私は、この里を住み良くするし、どこにも無かった特産物を作るつもりですが、それはこの領地の他の街にも広めるつもりです。それに、此処に優れた者たちだけを集めると、今の中心である領都の力を削ぐことにもなるかもしれませんし、私個人がやっていれば、脅威とみなされる場合もあるでしょう。そこは、領主と親しい皆さんの協力が必要なのだと思います。あくまでも、領主の意向でやっている事だと広めてください」
こうして里の開発は着々と進んでいった。
各々がシオンの目的とするところを理解した為か、想像以上にスムーズに事が進む。
「なあっ、ナイトが隠しているのは他にもあるんだろ?」
「そうかもしれないし、そうで無いかもしれませんよ。現時点ではいくら師匠でも話せる事は限られていますし。それは、我が目標達成のために大切な事ですから」
「それは、まだ、何かあると告白したような物だぞ。それに、ナイトの目標達成と言うと、領地の奪還か?」
「そうですね。祖先からの領地の人たちのために急がなきゃとと思っていましたが、安定しているようですし状況的には時間もありますから。それよりも自分のスキル上げが急務だと思っていますよ」
「それで毎日俺との組手を欠かさないのか?」
「確かにそれもありますが、体術については色々と試してみたい事があるのですよ。師匠なら大概の技なら避けられるでしょ?それに技がバレても問題ありませんから」
「それもそうだな。お陰で俺も色々と学ばせて貰っているがな。それはそうと、今朝の技は何だ?人の動きを超えていたぞ?」
「あれは、技の合間に幻術を混ぜてみたのですよ。実体がなくても相手が反応するか見たかったので・・・。でも、集中力がかなり必要だから、あまり良い使い勝手では無かったですね」
「いや。俺は良いと思うぞ。久しぶりにヒヤッとしたからな。集中力については、回数を重ねれば慣れてくると思うし、あとは使い所を誤らなけらば良いだけだ」
「わかりました。もう少し研究してみます」
こうして、静かに日々が過ぎていった。
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